桜庭一樹読書日記

2014.01.08

まだ桜庭一樹読書日記 【第12回】[2014年1月]

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ゴリラのぬいぐるみ
【ゴリラのぬいぐるみ】12月26日。取材日。タクシーで移動中、「クリスマス翌日に捨てられたおおきなゴリラのぬいぐるみ」を見た。持ち主になにがあったのか……。人生はドラマに満ちている。(桜庭撮影)

12月26日

 茜はわたしに全身をあずけて、か細い声をあげて泣きつづけた。
 ふとその泣き声は、賽の河原で石を積み、片っぱしから鬼につき崩されていく、小さな亡者の子供の泣き声を連想させ、わたしの心の芯まで、寒々と凍ってきた。

 こんなことしていられない
 こんなことしていられない


――『爛』

 もちろん母の上にも
 いや…
 歳月はやはり平等に吹いてるんだ
 母の中で
 風はゆっくりゆっくり
 時を撹拌する

 まなざしを感じる
 この陽だまりを見つめる
 遠い日のまなざしを


――『ペコロスの母に会いに行く』


わたし 「K子さん、今日、繊細ですか?」
K子女史「は??」
わたし 「えーっと、まちがえた、今日、すさんでますか?」
K子女史「はぁっ???」
わたし 「……もっとまちがえました。お疲れですか?」
K子女史「……最初からそう言ってくださいよ! なんなんですかいったい!」

 師走である。
 眠い。
『GOSICK RED』の刊行に合わせて、サイン本を作ったりインタビューを受けたりとちょうどバタバタしている。移動中にふっと隣を見たら、K子女史が半目で口も開いていたので、気遣おうとして、ことごとく言葉選びを間違える……。自分もどうもワサワサだ……。
 新聞のインタビューの後、ラジオ収録のために急いで六本木J-WAVEに向かいながら、

K子女史「そういえば、昨日、映画『赤×ピンク』の試写会だったじゃないですか」
わたし 「ええ」
K子女史「じつはわたし、出だしから泣いてて……女の子が殴ったり蹴ったりしてるのを観てるたびに、胸が痛んでずっと……」
わたし 「エッ。明るくなった途端に、脱兎のごとく飛びだしていったから、こちらはてっきり……」
K子女史「てっきり、なんですか?(不穏)」
わたし 「あっ、いや……(動揺)」
K子女史「あのねっ。自分がどんな顔してるのかわかんなかったんで、トイレに駆けこんだんですよ! ……で、帰ってからも家でずっと泣いてて。今日ゲッソリしてるのは泣き疲れかもしれないです……」
わたし 「お、おぅ……」

 ……よかった。
 わたしにとって格闘技のある生活は、格闘技でしか生きるという穴が開いていない肉体を抱えて暴れる日々は、日常だった。でもそうではない人に、そのときの精神の痛みとときどき見いだされるわけのわからない光が、理屈を超えた身体感覚で伝わってこそ、商品となりうる物語だと思う。
 あっ、そういえば『GOSICK』もそうだな。ミステリーのことをよく知らない人が読んで、なんか面白い、と興味持てるように、と思って書いてたんだった……。
 この日は、サイン本を大量に作っている途中で一度朦朧としたところを、となりでずっと半目のK子女史から、

K子女史  「あなたは桜庭一樹のプロだろう! しっかりしろ!」
わたし   「はい……」
K子女史  「フン!」
わたし   「……………(二分ほど経過)えっ、“桜庭一樹のプロ”っていったい何?」
後輩編集さん「えっ! 会話がちゃんと成立してたので、お二人の間では何年もおなじみのやり取りなんだとばかり思って聞いてましたけど」
わたし   「いや、初めて聞きましたよ。プロ……?」
K子女史  「いいからちゃっちゃとやってくださいよー。桜庭プロー」
わたし   「は、はい……」

 と叱咤(?)されたり、串揚げ屋で飲んで帰るとき、K子女史が金色だけどやけにペラペラのカード(ヨドバシカメラのポイントカード)を取りだしてお会計しようとしたり、朝から夜までいろいろあった。
 大雨の中をようやく帰宅して、バッタリ。
 お風呂で『ペコロスの母に会いに行く』を読んだ。長崎のタウン誌の編集長が、認知症を患う母との日々についてマンガ連載していたところを、詩人の伊藤比呂美さんが読んで周囲に紹介。評判になり、自費出版から商業出版へ。そしていま確か映画化されて公開されてるところ、のはず……。
 苦労しつくした老母のもとに、過去が優しくなって、繰り返し訪ねるようになる。虚無に覆われつつある記憶の領域に、愛と、感謝と、過去という故郷への郷愁が広がることで、ゆっくり、じっくり、人生そのものが肯定されていく。
 過去の人々の戻り方が、ロバート・F・ヤングとか……ジャック・フィニイとか……? 古き良きSFファンタジー風で、それと人生の実感がよいバランスで支えあってる作風で、しみじみ読みながらも、著者の読書歴を知りたくなってくる。描かれてることが事実なのと同時に、読書という教養に支えられているような安定感がある。
 さて、自分に過去が会いにくることがあるだろうか、とお風呂の中で自分の夜を思いかえしてみる。……まだない。未来にやみくもに歩いている途上だな。いつかくるのかな? 誰が何を肯定しに、それとも……いまさら何を奪いにやってくるのかな?
 で、お風呂を出て、今度は83歳の女流人形作家を取り巻く愛憎を描く『爛』を読んで、今度は「えええええ……」となって、女って何なんだよ、いや、とりあえず大変な1日だったのでまず寝よう、寝るんだ、寝なさい、と思った。

(2014年1月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』など多数。



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