桜庭一樹読書日記

2013.11.06

まだ桜庭一樹読書日記 【第11回】[2013年11月]

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ファイヤー
【ファイヤー】ここしばらくはやたら炎の上がる料理を食べていた。これは日本酒の鍋!(桜庭撮影)

10月31日

  メキシコでイヌと闘ったとき俺は若かった。当時ドッグ・ファイターは何人もいたが俺ほど体が大きくて物静かな男はいなかった。そのころ俺は自分の言葉に確信がもてなかった。だが闘いはいつだって俺が巧みに語れる言葉だった。


――『ドッグ・ファイター』


 書き下ろし長編の原稿が上がって、K子女史に渡して、ゲラになってもどってくるのを待つあいだの、夕方。角川書店で〈野性時代〉担当のY田氏と打ち合わせる。途中からK子女史もやってくる。
 先日、『赤×ピンク』撮影を見学してから2カ月弱。あれ以来「じつはちょっと様子がおかしくて……書きたくなったものがある」と話していて、K子女史に「えっ……。でも自分が原作を書いた映画ですよね……。それで刺激を受けて……それは……なんというマッチポンプ……」とあきれられつつ、長編が上がったのでつぎのの打ち合わせになった。
 内容と、必要な資料と取材、開始号と締切などを相談して、よしよしとゴハンに。Y田氏がなにげなく、

Y田氏「先日、ふと漫画喫茶に入って、『闇金ウシジマくん』を全巻一気読みしたんですよね……。それでね、内容が……」


 と話すのを聞いていて、ふと、思いだす情景があった。前担当のM宅氏が「漫画喫茶で『ゴリラーマン』を一気読みしたときに……」と話していたのを……。
 行動、似てるのかなぁ……と思いつつ、食べて、飲んで、帰宅して。
 書きあがった長編も、今度のも、資料が大量に必要なので枕元に積んでどんどん読み崩しているのだけれど、たまには関係ないものも読みたい……と思って『ドッグ・ファイター』を開いた。
 祖父は物語のことを“秘密”と呼び、幼い俺に夜毎語って聞かせた。血と暴力の世界の魅力を。父と母はいやがったが、やがて暴君なる祖父が死んだときには、家庭ではすでになにもかもが手遅れだった。俺の耳には祖父の声が聞こえ続けていたから。曰く「敗北の経験こそが勝つための方法を教えてくれる」「闘いつづけるってことはただの言葉とはわけがちがう。そいつはもっとも美しくて難しいことだ」俺は家を出、喧嘩に明け暮れ、負けては祖父に申し訳なく思い涙を流しながら暮らした。母は死んだらしい。だが俺はまだ人を殺したことだけはなかった。ある日、暴力的な夫を持つ女と出逢う。彼女は俺を誘惑する。「あなた以外の誰ともいや」「信じてくれないの」「あいつさえいなくなれば」そして、俺は……。俺は……。ナイフを持った……。
 メキシコのある町で、満月の夜に行われるドッグ・ファイティング。そのリングで無敵のファイターとなった男の半生記を叩きつけるように文章にしてる。むせ返るような血と涙の臭い! これは……やばい……と思いながら、あぁでも資料も読まなきゃと悩みながら、いつまでも頁をめくっていた。


桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』など多数。



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