桜庭一樹読書日記

2013.05.08

まだ桜庭一樹読書日記 【第8回】(1/3)[2013年5月]

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おりこうさん
【おりこうさん】なんだろう、こわいよ……!(桜庭撮影)

4月某日

「あのときのイギリス兵の死に顔を見せてやりたいもんだ。血だらけの目をクワッと見開いて、舌を喉に詰まらせるようにして死んでたんだ。わははははははっ」

「おまえもいずれは戦争に行くのだ。そのときはわしの教訓を思い出せ。ならば、どんな敵にも負けない」

「次は死んでも負けません」


――『死んでも負けない』


K子女史「おりこうさん」
わたし 「えっ?」
K子女史「ほら。おりこうさんって!」

 冬の終わりというか、春の始まりの夜である。
 神楽坂を上がりきったところにあるNYスタイルのハンバーガー屋さんで、K子女史と二人、ウォッカマティーニを飲みながら人を待っている。
 この辺り、東京創元社と近いな、みんな元気かな、こないだ見かけたときは、確か編集部一同で元気に「海外作家のミドルネームで山手線ゲーム」をやってたような記憶があるけど。「J・G・バラード!」「グレアム!」とか。誰一人として答えられぬ者のいない、妖怪変化の悪魔のゲームを……(なんなのだろう。あの人たちの底知れないパワーは……)。
 とかなんとか、半目になって考えてたら、向かいに座るK子女史がとつぜん「おりこうさん」とつぶやいたので、我にかえって、えっ、と聞きかえす。
 すると、自分のあいふぉんの画面をズズイッと差しだしてくる。どことなく、ネズミを捕ってきたネコのようなへんな顔つきである。こっちもまた……。いったいどうしたの?

K子女史「ほらっ。このメモ帳機能のところに、たった一言“おりこうさん”って。これ、なんでしょうね?」
わたし 「さ、さぁ……? って、なんでわたしに聞くんですか? 自分のあいふぉんなのに?」
K子女史「どうせなにか知ってるんだろうと思って!」
わたし 「って、なにも知りませんよっ! なになに、50日前のメモ……。2月14日……。えっ、2月14日? って、バレンタインじゃないですか! いったいどこでなにしてて、なにを思いついて『おりこうさん』って一言だけメモったんですか? へんなのっ」
K子女史「だから、どうせ桜庭さんと打ち合わせでもしてて、なにか考えついたんだろうなと思って、いま聞いたんじゃないですか!」
わたし 「わたしじゃないですよっ!(怒)」
Y田氏 「お待たせしましたー。あれっ、なにもめてるんですか? さて、このマカオで買った不気味なタバコを吸ってもいいですか?」
わたし 「……はっ?」
K子女史「マカオの煙草?」

 謎の小競り合いになっていたところを、二人、顔を上げる。
 病院のベッドでさまざまなチューブに繋がれた病人の恐ろしすぎる写真と、「吸煙危害健康」という文字が躍る煙草の箱を持った男性が、真顔で立っている。
〈野性時代〉のY田氏の到着だ。えぇと、〈野性時代〉担当だったM宅氏は、編集長になって、『無花果とムーン』の原稿を全部入稿した後、さらに偉い人になって、で、去年から新担当がこのY田氏になり……。と思ったら今年、そのY田氏が新編集長になったのだ。
 Y田氏とは家も近い。というか、担当している作家3人……わたし、『テンペスト』の池上永一さん、『粘膜人間』の飴村行さんの3人の家を見えない線で結んだちょうど真ん中辺りのマンションに、うっかり住んでしまっている(編集版「エコエコアザラク」みたい。そ、そこに住んでても大丈夫なのか……?!)。
 さて、ハンバーガーとかラビオリ、骨付き羊肉を頼んで、乾杯する。Y田氏は最近「『ルパン三世』の原作漫画を全巻買って、一気読みしましたよ」「あらっ、わたしはDVDBOXを買って観てましたよ。原作との違いって……」とかなんとか、話す。
 それから、〈野性時代〉でいま乙一さんがやってる小説の書き方研究みたいな(だっけ?)企画の話になった。あと、星新一さんのシステム(作品を解析して、人工知能によって新作を自動生成する、だったっけ? むずかしい……)開発が去年から始まってて、瀬名秀明さんが顧問をしてるらしい。それも気になるなぁ。
 作家は、自分の脳内に詰めたイロイロがコンピュータみたいに作用して物語をカタカタ出していく、あの“システム”の存在を知ってるから、論理的な人ほど、さてこれを可視化できないものか、もっと言えば、他者にも使えるようにマニュアル化できないか、と考え始めるのは、なんだか、わかる。だからある種の作家さんは、小説の書き方本を出したり考察し続けたりして、システムの謎と果敢に“戦ってみる”のだろう。
 と、ふっと思いだしたようにK子女史が、

K子女史「こないだ、ロボットの話で“不気味の谷”っていうのを聞いたんですよ。ロボットの造形を人間に近づけていくほどに、ちょっとの違いが気になって、不気味な感じになる、っていう話」
Y田氏 「あぁ!」
わたし 「確かに、リアルなロボットって死体みたいに見えることが」
K子女史「小説でも、もしそういうことが起こるとしたら……」
わたし 「逆に、ちょっと読んでみたいですね。人間が書いた文章にとても近くて、でも、どっか死んでるみたいな……。わざとそう書くのは大変そう……」
K子女史「不気味の谷の小説!」

 NYスタイルの巨大ハンバーガー(肉100%で200g、齧ると中はレアで真っ赤だ)を咀嚼しながら、それぞれの想像する“不気味の谷からやってきた禁断の物語”に思いを馳せてみる。(3人とも、ぜんぜんちがうタイプのを妄想してそう……)
 もぐもぐ。もぐもぐ。すごいボリュームだ。もぐ……。
 もぐ……。はっ! 大事なことを思いだしたので、口に出してみる。

わたし 「そうだ。食べ終わるまで、このハンバーガー、お皿に置いちゃだめですよ……?」
Y田氏 「へっ?」
わたし 「昔、空手道場でごはんをたくさん食べなきゃいけなかったとき、全日本女子チャンピオンの先輩から奥義を教えてもらったんです。箸やフォークをお皿にもどすと、満腹中枢が働きだしちゃうから、食べ休んでるあいだも、とにかくずっと握ってろ、って。逆に、ダイエットするときは、一口食べるごとに箸置きにもどすとすぐお腹いっぱいになっていいらしいです(と、ハンバーガーを握りしめながら、真顔で)」
Y田氏 「へぇぇ?(握りしめながら)」
K子女史「へぇぇ?(握りしめながら)」

 で、ウォッカで酔っぱらった帰り路。
 遅くなったのでタクシーに乗る。
 中でK子女史と、ふとK島氏の話になった。

わたし 「なんだか最近、オツボメン、元気がなくないですか? こないだも、お花見ごはんで会ったときにね……」
K子女史「わたしもいましたよー。あれ、お方様、ションボリしてましたっけ?」
わたし 「いや、ずっと静かだから、ご機嫌が悪いのかしらと戦々恐々としてたら、ワタリガニのトマトクリームスパゲティの上に載ってるカニの頭をずーっとほじってたんですよ。横目で見てたらね、みんなの話をニコニコ聞きながら、とにかく、ずーっとほじってて……」
K子女史「あぁ、女6人で、なぜか、チーズフォンデュに入れたらまずいものについて激論してたんですよね。結果、優勝が糸こんにゃく、2位がナマコ、3位はスイカ、4位がしめさば。あっ、桜庭さんはレバニラって言って、料理はダメって失格になったんだったー。やーい、失格ー」
わたし 「くっ!(←じつは悔しい)……まぁ、それはともかく、その議論のあいだカニの頭をほじり続けてたK島氏が、ふっと顔を上げて……」
K子女史「えっ、なにがあったんですか? そこ、見てなかった」
わたし 「『はい、どうぞ?』って……あまりにも曇りのない、天使の笑顔で、わたしに微笑みかけて……」
K子女史「!?」
わたし 「せっかく手間をかけてほじったカニの身を、ぜんぶお皿に入れてくれたんですよ! ……ほらっ」
K子女史「ほらっ?(キョトン)」
わたし 「だから、元気ないでしょ? K島さん、さいきんずっと、なんだかへんなんですよ?」
K子女史「……」
わたし 「……」
K子女史「それ……。元気ないんじゃなくて、優しいんじゃない?」
わたし 「あれっ?」

 と言ってる間に、タクシーが家に着いた。
 つまり、ご機嫌ななめでプリプリしてると元気いっぱいに見えて、優しいとションボリしてるように見えるのか。男の子ってむずかしー。
 まぁ、でも、女6人で「チーズフォンデュに入れたらまずいもの」というテーマで小一時間も激論してたら、男の子は目の前のカニを一身にほじりだすものかもしれない……。
 あ、それで思いだしたけど、こないだトニー・ケンリック『スカイジャック』を読んで、飛行機まるごと乗客ごと消えちゃったっていう大胆な事件と、それを追う探偵と美人秘書のお洒落カップルのおかしさ(クレイグ・ライスとかパーネル・ホールとかが懐かしくなった!)が気に入って、K島氏に同じ作家のお勧めを聞いたんだった。確か最高傑作は『リリアンと悪党ども』で、好きなのは『マイ・フェア・レディーズ』だって言ってたな。それも読もう……。
 と、あれこれ考えながらも、帰宅。
 お風呂に入って、もともと好きな古処誠二さんの、あまりにも謎すぎる新刊『死んでも負けない』を読み始めた。息子と孫に、戦争体験バイオレンス(略すと……WV?)を繰り広げ続けるパワフルすぎる祖父を描いた、ユーモア小説だ。
 これを読むと、もしやホントにこういう祖父がいて、超困ってて、その影響で戦争小説を書いてるのかな、いやいや、これも創作かな、と迷うけど。古処さんが持つテーマ、作家にとっての創作の泉、人間のトラウマ……。やっぱり小説を書くには、人柱として埋まることが大事で、生きた人間のヤバイ犠牲があって初めて完成するもので、だから、だとしたら、不気味の谷の小説群は、どんなものになるだろう……。
 古処さんの描き続ける、未来の戦争(って、わたしにはどうしてもそう読める。なんでだろう)を思いだしながら……。
 バタリ。寝た。




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