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1月某日 金色の首輪がほしい 金色の首輪がほしい 金色の首輪がほしい と野犬はいつも 思っていた 野犬はある日 指輪をひろった 18金の結婚指輪 この輪が首輪であったなら この輪が首輪であったなら 野犬はいつも思ってた 野犬はだんだん 小さくなって 輪のある茶色の 毛虫になった 今日はおおばこ たべている で、黄味子の勝ち ――『ディーゼルカー』 | |
桜庭「乾杯! ……ウッ?!」 夜七時。 池袋サンシャイン水族館の中である。 今日は某ミステリ作家さん(新郎も新婦もよく知っていて、とてもめでたい!)の結婚パーティーだ。 夜の水族館を借り切ってのイベントで、かつ、出席してる人たち(作家さん、編集さん、書店員さん、お友達……)のほとんどはまだ知らないが、じつはミステリイベントにもなっている。パーティーの始まりに、先輩作家として乾杯の音頭を取ったわたしが、グラスに口をつけた途端、胸をかきむしって苦しみだして、倒れる(当初、K子女史が角川映画から血糊を拝借してこようとしてたけど、水族館から床が汚れるからと断られた……らしい……)。倒れるときに忘れないのは、まず床にお酒をこぼさないことと、それと、手にダイイングメッセージの紙をちゃんと持つことだ。 よし、うまく倒れる。 と……。 お客さん「転んだの?」 ちっ、ちがう、ちがう! 新婦の悲鳴の助太刀と、サスペンス風の音楽の始まりと、新郎にダイイングメッセージを読みあげてもらったのとで、ぶじにミステリイベントがスタートする。 司会者の書店員さんの、 司会者「では、ここからは桜庭さんには幽霊としてパーティーに参加していただきます~」 で、ようやく立ちあがる。……転んだんじゃないからねっ。 喧騒の会場を歩いていると、今日はどうも、会う人、会う人が同じ人の噂話をしてくる。のに、本人にはぜんぜん会わない、という、不思議なような、よくあることのような事態になった。 K浜氏 「よぅ、死んでたね~」 と、K子女史までやってきた。おっ、今日は着物姿でビシッときまっている。 人波のほうを指さしながら、 K子女史「『ご親族の方ですね』って言ったら、真顔で『は? 都市伝説の方?』って。いったいどういう耳をしてるんですか、Fさんは、もー……。あれっ?」 指さすほうを、わたしたちも見るが、もういない。 すると、K浜氏とK子女史が、顔を見合わせて、うなずく。 K浜氏 「今夜も、FはFだなぁ~」 その後も、会う人、会う人から、Fさんが今日も面白いという話を聞く。でも人が多いせいか、本人をいっこうにみつけられない……。 新郎新婦にお祝いを言って、仲良しで集まって記念写真を撮って、おっ、ミステリイベントの正解者(米澤くん)が出て盛りあがって、書店員さんの連れてきたかわいい幼子に話しかけたら「……いやー!」と走って逃げられて(さっき死んでた人だからか?)、とだいぶ経ったころ。 そういえば魚をちゃんと見てないぞ、と思って、でっかいエイがゆったりと泳いでいる巨大水槽の前に、一人ぽつんと立ってみた。周囲の喧騒がゆっくりと遠ざかっていって、時が止まったような、別世界にふっと移動したような、不思議な瞬間が訪れた、そのとき……。 いつのまにか、ずっとどこにもいなかったはずのF嬢が、気配もなく隣に立っていた。 わたし 「あれっ、Fさん、いままでいったいどこにいたんですか」 確かに、今日もF嬢はF嬢だった。わたしがわたしであるように。あなたがあなたであるように……(って、酔ってきたのかな……)。 それから、F嬢なら持ってるかもと思って先週聞いてみた『黒いアリス』というなかなかない絶版本(東京創元社にもともとあって、去年か一昨年、浅暮さんも探してたので、お貸しして、丁寧なお礼のお手紙とともにもどってきて、その後また誰かが探してて、で、いまも誰かがどこかで読んでるはず)の話をした。 そのうち、徐々に周りの喧騒ももどってきて、気づいたらもとのパーティーの片隅にいた。 とてもおめでたい日。祝福の和やかな喧騒……。 で、ぶじにパーティーが終わって、仲間で二次会っぽくちょっと飲んで、帰宅。 酔っぱらっててあまり難しいことはわからないので、買ったきり不安で開いてなかった大島弓子の絵本『ディーゼルカー』の復刻版を持ってきた。 すごく好きな漫画家さんの、小説とか、エッセイとか、絵本とかを読むのは、ちょっとだけ怖い。ジャンルが代わるとあの濃い原液が薄まって感じられたり、なにかが変わってしまって、読んでガッカリ、ペシャンとなることもあるからだ。でも、これは……大当たりだったー! なんだ、眺め続けてないで、早く読めばよかった! 幼なじみの黄味子と君太は、ある日、街からやってきた白無垢のお嫁さんを見る。二人とも花嫁になりたくなって、どっちがなるかで、競争をする。一勝一敗、激化する争いの中で、ついに二人は度胸試しのために、町を出るディーゼルカーに乗って、遠い世界に旅立っていく……。 男の子が男でなく、女の子も女でなかった、善も悪も欲望も義務もなにもかもがあまりにもあいまいだった、あのころ。一緒に感じて、学んだことが、後にぶじに大人に(男に、女に)なった二人のあいだに、確かに残っている。さて、あのころから地続きのなにかが自分の中にも残ってないかと、心の下の、鍋なら焦げつきかけている辺りを、おたまでつつくように探しながら、今日のパーティーは素敵だったな、と思いながら、でもバッタリ。 寝てしまった。 |
本格ミステリの専門出版社|東京創元社