桜庭一樹読書日記

2013.03.05

まだ桜庭一樹読書日記 【第7回】(1/4)[2013年3月]

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またたびアイス
【またたびアイス】北海道の流氷前のホテルにて。猫じゃないので酔わなかった。(桜庭撮影)

1月某日

 金色の首輪がほしい
 金色の首輪がほしい
 金色の首輪がほしい
 と野犬はいつも
 思っていた
 野犬はある日
 指輪をひろった
 18金の結婚指輪

 この輪が首輪であったなら
 この輪が首輪であったなら

 野犬はいつも思ってた
 野犬はだんだん
 小さくなって
 輪のある茶色の
 毛虫になった
 今日はおおばこ
 たべている

で、黄味子の勝ち


――『ディーゼルカー』


桜庭「乾杯! ……ウッ?!」

 夜七時。
 池袋サンシャイン水族館の中である。
 今日は某ミステリ作家さん(新郎も新婦もよく知っていて、とてもめでたい!)の結婚パーティーだ。
 夜の水族館を借り切ってのイベントで、かつ、出席してる人たち(作家さん、編集さん、書店員さん、お友達……)のほとんどはまだ知らないが、じつはミステリイベントにもなっている。パーティーの始まりに、先輩作家として乾杯の音頭を取ったわたしが、グラスに口をつけた途端、胸をかきむしって苦しみだして、倒れる(当初、K子女史が角川映画から血糊を拝借してこようとしてたけど、水族館から床が汚れるからと断られた……らしい……)。倒れるときに忘れないのは、まず床にお酒をこぼさないことと、それと、手にダイイングメッセージの紙をちゃんと持つことだ。
 よし、うまく倒れる。
 と……。

お客さん「転んだの?」
お客さん「どうしたっ」
お客さん「桜庭さん、転んだらしい……!」
お客さん「エッ? 乾杯の音頭で? どうして?」

 ちっ、ちがう、ちがう!
 新婦の悲鳴の助太刀と、サスペンス風の音楽の始まりと、新郎にダイイングメッセージを読みあげてもらったのとで、ぶじにミステリイベントがスタートする。
 司会者の書店員さんの、

司会者「では、ここからは桜庭さんには幽霊としてパーティーに参加していただきます~」

 で、ようやく立ちあがる。……転んだんじゃないからねっ。
 喧騒の会場を歩いていると、今日はどうも、会う人、会う人が同じ人の噂話をしてくる。のに、本人にはぜんぜん会わない、という、不思議なような、よくあることのような事態になった。

K浜氏 「よぅ、死んでたね~」
わたし 「ふふふ(←褒めてほしい)」
K浜氏 「(←でも褒めない)そういやFがさ、昨日桜庭さんの夢を見たって、さっき言ってたよ」
わたし 「へっ? わたしの?」
K浜氏 「ウン。今日のパーティーのためのシェフを命じられたっていう夢でさ。桜庭さんがサブシェフで手伝ってて、二人でメイン料理のホビットを丸焼きにしたんだってさ。『ちゃんと肋骨が22本あったんですよ。ククク……』って、いま……。あれっ、本人はどこ行ったんだ?」
わたし 「肋骨が22本?(ファンタジーが苦手で、じつは『指輪物語』『ホビットの冒険』も読んでないのでよくわからない)」
K子女史「あっ、いたいた! ちょっと聞いてくださいよ。Fさんったらね……」

 と、K子女史までやってきた。おっ、今日は着物姿でビシッときまっている。
 人波のほうを指さしながら、

K子女史「『ご親族の方ですね』って言ったら、真顔で『は? 都市伝説の方?』って。いったいどういう耳をしてるんですか、Fさんは、もー……。あれっ?」

 指さすほうを、わたしたちも見るが、もういない。
 すると、K浜氏とK子女史が、顔を見合わせて、うなずく。

K浜氏 「今夜も、FはFだなぁ~」
K子女史「そうなんです。しかも、絶好調なんです!(先生に言いつける口調で)」
わたし 「えっ、そうなんですか? わたしまだFさんに会えてないけど……。どこ行ったのかなー」
K浜氏 「こらこら、サブシェフなんだから、ちゃんと手伝わないと」
K子女史「って、サブシェフってなんですか?」
わたし 「それが、どうやら夢の中で、わたしとFさんが悪魔のシェフになってて、ホビットを丸焼きに……あれっ、そういえば、ホビットの肋骨って、22本なんですか?」
K子女史「ムムッ(←そういえば『指輪物語』マニアだった)」

 その後も、会う人、会う人から、Fさんが今日も面白いという話を聞く。でも人が多いせいか、本人をいっこうにみつけられない……。
 新郎新婦にお祝いを言って、仲良しで集まって記念写真を撮って、おっ、ミステリイベントの正解者(米澤くん)が出て盛りあがって、書店員さんの連れてきたかわいい幼子に話しかけたら「……いやー!」と走って逃げられて(さっき死んでた人だからか?)、とだいぶ経ったころ。
 そういえば魚をちゃんと見てないぞ、と思って、でっかいエイがゆったりと泳いでいる巨大水槽の前に、一人ぽつんと立ってみた。周囲の喧騒がゆっくりと遠ざかっていって、時が止まったような、別世界にふっと移動したような、不思議な瞬間が訪れた、そのとき……。
 いつのまにか、ずっとどこにもいなかったはずのF嬢が、気配もなく隣に立っていた。

わたし 「あれっ、Fさん、いままでいったいどこにいたんですか」
F嬢  「ずっとそばにいましたよ……」
わたし 「えっ? ……まぁ、でも、水族館にやってくるなんて、そういえば久しぶりですよ、わたし」
F嬢  「わたしも、ここは小学生のとき以来ですね」
わたし 「へぇー? 東京の人なのに、意外ですね。まぁ、逆に地元だとそういうものかな……」
F嬢  「昔、父の仕事の会議が、このビルであったんですよ。それについてきて。そういやそのとき、会議室のおおきなマジックボードに『オズの魔法使い』シリーズの構成と分析をびっしり書いて、長々とプレゼンしたのをよく覚えてますね。あれはじつは一作目だけじゃなくて大河シリーズで、奥が深い物語なんですよ」
わたし 「……」

 確かに、今日もF嬢はF嬢だった。わたしがわたしであるように。あなたがあなたであるように……(って、酔ってきたのかな……)。
 それから、F嬢なら持ってるかもと思って先週聞いてみた『黒いアリス』というなかなかない絶版本(東京創元社にもともとあって、去年か一昨年、浅暮さんも探してたので、お貸しして、丁寧なお礼のお手紙とともにもどってきて、その後また誰かが探してて、で、いまも誰かがどこかで読んでるはず)の話をした。
 そのうち、徐々に周りの喧騒ももどってきて、気づいたらもとのパーティーの片隅にいた。
 とてもおめでたい日。祝福の和やかな喧騒……。
 で、ぶじにパーティーが終わって、仲間で二次会っぽくちょっと飲んで、帰宅。
 酔っぱらっててあまり難しいことはわからないので、買ったきり不安で開いてなかった大島弓子の絵本『ディーゼルカー』の復刻版を持ってきた。
 すごく好きな漫画家さんの、小説とか、エッセイとか、絵本とかを読むのは、ちょっとだけ怖い。ジャンルが代わるとあの濃い原液が薄まって感じられたり、なにかが変わってしまって、読んでガッカリ、ペシャンとなることもあるからだ。でも、これは……大当たりだったー! なんだ、眺め続けてないで、早く読めばよかった!
 幼なじみの黄味子と君太は、ある日、街からやってきた白無垢のお嫁さんを見る。二人とも花嫁になりたくなって、どっちがなるかで、競争をする。一勝一敗、激化する争いの中で、ついに二人は度胸試しのために、町を出るディーゼルカーに乗って、遠い世界に旅立っていく……。
 男の子が男でなく、女の子も女でなかった、善も悪も欲望も義務もなにもかもがあまりにもあいまいだった、あのころ。一緒に感じて、学んだことが、後にぶじに大人に(男に、女に)なった二人のあいだに、確かに残っている。さて、あのころから地続きのなにかが自分の中にも残ってないかと、心の下の、鍋なら焦げつきかけている辺りを、おたまでつつくように探しながら、今日のパーティーは素敵だったな、と思いながら、でもバッタリ。
 寝てしまった。



本格ミステリの専門出版社|東京創元社
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