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11月某日 沢木 よほど強烈な体験だったんですね。 高倉 ええ、強烈だったですね。何かが見えたという感じでした。寝袋から救出されて、立ったままブリザードが鎮まるのを見ているとき、やっぱり何かが見えたという感じがしましたね。 沢木 その何かというのはどんなものなんでしょう。これからの仕事につながる何かですか。 高倉 生き方にはつながるかもしれませんね。本当に人の命には限りがある……そう言うとおおげさですけど、目の前で時が流れていくのを見たような気がしました。 沢木 その『南極物語』に続いて『居酒屋兆治』ですね。 高倉 沢木さんは、こういう何かを書くというお仕事以外にやられるとしたら、一番おやりになりたいことは何ですか。 沢木 それは単純に、できるかどうかは別としてですが、何がいまでもしたいかというと、たとえば、イメージでしかないので、しゃべるのも恥ずかしいのですが、豆腐屋さんになりたいわけです。四角くてきちっとして、そういうものをつくる仕事に、どうして俺はつかなかったんだろうと思います。 高倉 豆腐屋さん……。 ――『貧乏だけど贅沢』 | |
わたし 「K島氏をやっつけるなら、今! 今日ですよ、今日!」 女4人、いつになく恐ろしい笑顔でうなずきあい、同時に振りむく。さわやかに「A君オハヨウ!」「大荷物だねぇー」「なに、長編のゲラが入ってる? 年明けに出る本? いま旅行しても大丈夫?」「眠そうだねぇ」とわぁわぁ話す。A君の「……だから、大丈夫じゃないんですってば!」という声が聞こえたような気もするけど、人いきれにかき消されて、羽田空港の高い天井の上のほうに、消えていく……。 事の起こりは、と説明しようと思ったけど、そういや、よくわからない……。とにかくわたしとK子女史が、今月K島氏が函館に帰省しておいしいものをたらふく食べると聞いて、旅行がてらついていくことにし、仲のいい人たちを誘ったところ、編集女史、ライター女史の4人旅になり、それを伝え聞いたK島氏が“怖くなって”(って、自分もオツボウーメンなのに!)、いっそ男性分を増やして中和しよう(?)として周りを誘い、さらに人数が増えたという、出だしが自分とはいえ謎すぎる旅行に出発するところである。 東京創元社でも、先週その話題になり、 SF班K浜氏「K島の帰省に、K子さんたちがゾロゾロついていくって? なんで」 というやりとりがあったらしい。 ともかく、わぁわぁ話しているうちに、アッ、もう飛行機が出る。我先にと飛行機に乗った。 席が隣りあった編集女史と、 編集女史「北海道仕様の厚着できたから、さすがに機内は暑いですねー。でも1枚脱いだら、下着が微妙に透けてるシャツなんですよねぇ。脱いでも、いいかなぁ」 汗をかきながら、大人として迷ってるうちに、アッ、もう函館に着いた。近い! おぉ、空港に、いつになくキョトンとしたK島氏がお迎えにきてくれていた。 噂によると、函館のおいしいお店に連れてこうとしてくれてるけど、女たちの口に合うかと思うと不安で、それもあって、どうも弱ってるらしい。 会ったかと思うと、すごくキョトンとしたまま(いつもと顔がちがう)、 K島氏「あ、桜庭さん……?」 って、会話の全部に「?」がついてるような……。不安そう過ぎる……。こんなところ見たことない……。どことなく、親鳥とはぐれた小鳥のよう……。故郷なのに、寄る辺ない……(って、わたしたちのせいか……?)。 とりあえず、お寿司食べて、ソフトクリームも食べて、函館観光ということで、K島氏の後をツアーのようにゾロゾロと付いて歩く。観光名所の一つ、旧函館区公会堂(明治時代に建設された素敵な西洋館!)の敷地内の坂を上がりながら、いかにも居心地のよさそうな芝生の一角を指さして、 K島氏「高校生のころ、ここで授業をさぼって、たまに本を読んでたんですよ。観光地は先生も見回りにきませんから。でも、たちまち真っ赤に日焼けして、母にばれて怒られました」 ぜんぜん想像できない……。あと、いま、全員の声が見事にハモったからか、演劇とかである、主役の台詞を舞台にいる全員で声をそろえて反復するシーンみたいだった……。 公会堂に入って、街と港を一望できる2階のテラスで写真を撮ったり、青函連絡船「洞爺丸」海難事故事件のパネルの前で、 K島氏「さて、みなさん! この事件をモデルに書かれた有名な作品があります。御存じでしょう? 『虚無への供物』、『氷点』、そして『飢餓海峡』ですね」 公会堂を出て、きれいな教会が集まってる街角を歩いて、茶屋で囲炉裏を囲んでお茶を飲んで。夜のキラキラのイルミネーションを見下ろしながら、やっぱり観光名所の坂を下っていくと、一軒の小さな店を指さして、 K島氏「みなさん! そしてこの店が、有吉佐和子の『開幕ベルは華やかに』に登場したハムを作ってる店です。戦前に日本に渡ってきたドイツ人が始めたのですが、どれもなかなかおいしいですよ」 と、函館の名所観光でありながら、まさに読書狂ツアーになってる……! さすがだ……。(あと、函館で読み返すといい本がそういやけっこうあった! また、ぬかった!) そして、夜。K島氏が子供のころから家族できてたという創作料理のお店に行く。なんだっ、ここ! めちゃくちゃおいしい! ホタテとリンゴをグラタンにしてたり、カレーとアワビごはんとか、面白いし、気軽に美味しいのに、全部アートっぽい? かっこいいー。 おいしい、おいしいと食べていたら、ようやくK島氏の顔からキョトンとしたような「?」「?」マークが消えた。どうやらほんとに、みんなの口に合うか心配してくれてたらしい。「おいしい!」「お手柄すぎる!」とわぁわぁ盛りあがっていると、K子女史がニヤッとして、 K子女史 「桜庭さんったら、くるとき『今日はK島氏をやっつける千載一遇のチャンス!』って言ってたんですよ」 と、ばらされる。冷汗をかく。やっぱり政権交代はむりだった……。 その後、ワインも進んで、A君に「ゲラは後でわたしがやっといてあげるから、まぁ飲みなよ」「それ、ホントですか」「任せて。この目を見て」「大事な伏線をサクサク削ったりしませんか……(疑)」「なぜ信用できない?(キリッとしたいい顔)」と言い争ってると、編集女史が「いっそ全員ロシア人の名前に変えたらどうでしょうか。きっとグッとよくなると思うし。カニスキーとか、ホタテスキーとか、ウニスキー」「それ、今日食べたものじゃないですか……」「結論としては、おいしかったってことです~」と言ってるうちに、デザートがきた。薔薇のシロップがかかってるカキ氷だ。これも、美味い……! 夜中にヨロヨロとホテルにもどって、ベッドにバタン。『海に消えた女』を開いて、あっ、これはしみじみ面白そうと思ったものの……。ぐー。 開いたまま、岸に打ち上げられた半魚人のように、寝てしまった。 |
本格ミステリの専門出版社|東京創元社