桜庭一樹読書日記

2012.09.04

まだ桜庭一樹読書日記 【第4回】(1/3)[2012年9月]

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いい人説が強まるケッチャムの…
【いい人説が強まるケッチャムの…】フェアを展開中の紀伊國屋書店新宿本店。ほんとにいい人なのかなー。 (桜庭撮影)

7月某日

「ヘンリー、世の中にはじつにたくさんの悪がある。ルヴィーンさんが血を見ると気が遠くなるのはそのせいだ。この人が、ここにすわって、来る日も来る日も自分の村を作り直し、住んでいた人たちを再現し、呼びもどそうとしているのもそのせいなんだ……」
「村になにか悪いことでも起きたんですか」
「ナチスだよ(略)


――『ぼくの心の闇の声』



 奴隷制度に終止符を打つために始まった長い戦いがその目的をとげるには、その制度によってもっとも苦しんだ者が戦い、死ななくてはならなかった。黒人たちはそれをしたのだ。


――『あなたがもし奴隷だったら…』



わたしの世界は崩れかかっていました。


――『13の理由』



「そうだと思っていたよ……兵隊さん、名前を教えてくれないかい?」
「カスパールです」カスパールは、答えた。
 老人はうなずくと、長いため息をひとつついた。そして目を閉じた。


――『りっぱな兵士になりたかった男の話』



 きみの人生にたくさんの幸福が訪れますように。
               いつまでもきみの友だち
                    サディード・バヤト


――『はるかなるアフガニスタン』

 明け方。
 夢を見てる。
 どうしてかわからないけど、南方の戦場にいる。頭上を冗談みたいに弾丸が飛び交ってる。目の前に銃を抱えた後輩の戦士がいて、わたしが、彼に早口でアドバイスしてる。

わたし 「戦場では、自分のドッペルゲンガーに会ってしまうことがある。だがな、そいつの言うことを聞いてはだめだぞ。やつは“シャドウ”で、君を破滅させようとしているんだから」
後輩戦士「はい?」
わたし 「よしっ、行けッ!(真顔)」

 バッと立ちあがり、勇ましく銃を撃ちながら、塹壕(?)から飛びだしていく。焼けつくような夕日が眩しい……。
 ……ハッ?
 と、起きた。
 いまの何?
 どこ? ドッペルゲンガー?
 後輩って誰さ?
 忙しいときに抽象的な説教してごめんな……と思いながら、布団の奥にモゾモゾもぐって、もう一回寝た。
 10時半に、今度は目覚ましが鳴ったので、起きた。
 今日は、毎年やってる「夏の文学教室」という、一週間の開催期間にいろんな作家さんが毎日三人ずつきて各自一時間講演をするイベントに出演する日だ。壇上で一人でしゃべるのは初めて(対談とかインタビュアーさんがいてくれるのしかやったことない)なので、もしかすると、危ないかもしれない……。今年のテーマは「文学、土地の力」だから、ジェームズ・ジョイスのダブリンと自分の『赤朽葉家の伝説』、作家が特定の土地を舞台に書き続けることの「箱庭療法」的意義について話す、と決め、ここしばらく、資料を読むやら、考えちゃいけないかもしれない領域まで試しに考えるやらで、確かにドッペルゲンガーにもウッカリ会いそうな(?)気分だった。
 引用したり、朗読したりする用に、十冊近く本を抱えて、会場の読売ホールに向かう。ダイジェスト版を〈ミステリーズ!〉に掲載する予定なので、K島氏とF嬢、新人Z嬢が、あと会議をぶっちぎってK子女史も駆けつけてくれた。客席に文春S藤女史と、中央公論のT松氏(デビュー作担当だった)、読売新聞のS藤氏もきてくれてた。
 時間になって、壇上へ。
 一段高くなってて、お客さんがギッシリ。アッ、ここは以前清水ミチコさんのコンサートを聞きにきたことがある場所じゃないか、と急に思いだして、うわっすごい会場じゃん、と気づいたら激しく緊張しだした。
 ……がんばる。
 まず小説の舞台を旅することについて、ジョイスのダブリンについて、自分の作品について話して、さて「箱庭療法というのはですね……」と説明しようとして、積みあげた本から資料を探したら……。
 ない。

わたし「!?」

 記憶を総動員して、なんとか説明した。(な、なんとかなった……)
 最後に、この説をもとに自伝を書いてみては、というお話をして、レジュメ通りに終わったら、時間がなんと十分も余っていた。「あぁぁ、余った……。すみません……!」と誰にともなく謝りながら、壇上から走り去る。
 後からK子女史たちに「時間が余ったぁぁっ、と慌てだした途端に、縮んで三等身になっちゃって、しかも走って消えてビックリしました」とヤイヤイ言われる。
 有楽町ルミネ三階のブックカフェでパンケーキを食べて、帰宅。仕事部屋を覗いたら、プリンタの上に箱庭療法の資料が置いてあった。どうして……?
 慣れないことをすると妙に疲れる(サイン会とか、選考会とかも、初めてのときはやっぱり後でパッタリとなった……)。だからちょっと寝て、起きて、読みやすいのをと、最近買いこんだ児童書を開いてみた。
 小学生の夏の読書用に、各出版社の児童書担当(とか海外文学担当?)さんたちが自社のお勧め本を三冊ずつ上げたWebページがあって、そこに当たりが多かったのだ。(講談社は三冊全部大当たりで、編集さんの名前も思わず覚えた!)ここ数日で、『わたしは忘れない』『13の理由』『こぶたのレーズン』『りっぱな兵士になりたかった男の話』『あなたがもし奴隷だったら…』『はるかなるアフガニスタン』『チョコレート・ウォー』とか、当たりがよく出る読書を続けてきた。で、『チョコレート・ウォー』からロバート・コーミアが気になってきて、作家買いしてみることにして、『ぼくの心の闇の声』も買ったのだ。今日はこれを読むことにする。
 ヘンリーは11歳の少年。苦しい家計を助けるために、ネオナチ親父の経営する店でバイトしている。ある日、ナチス収容所で生き残ったユダヤ人の老人ルヴィーンと知りあい、心を通わせあうようになる。老人は彫刻刀を使い、箱庭の中にミニチュアの村を作り続けていた。それは、破壊された故郷と、殺されてしまった愛しい人たちを再現する試みだった。だがある日、例のネオナチ親父が……! こいつがっ!!
“怪物”を出すことで、それと戦わざるをえない“善”の苦い勝利を描きだすのが、作風なのかな。それにしても、シンプルなストーリーなのに、ひぃぃっ……と内部に爪をギュンギュン立てられるようなやな感じがする。あっ、そういやこないだK島氏が「えっ、ロバート・コーミア!?(←ものすごい顔)あぁ、昔『フェイド』でとっても恐ろしい思いをしましたね。いい作家だけど、苦手です……」と言ってたな。で、それを聞いて「もしかして、F嬢のケッチャム説(本人はいい人で毎日庭に水を撒く)の逆で、コーミア本人がナチュラルにオッカナイ人なのかもー」「あぁー……」とか話してたのを思いだした。
『フェイド』も読んでみよう、オッカナイやつだけど、確かになにかがある作家だもの、と思って、ギュンギュン悶えながらもなんとか無事に読み終わった。



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