桜庭一樹読書日記
2012.07.05
まだ桜庭一樹読書日記 【第3回】(1/4)[2012年7月]
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6月某日 ガース 『Deep Love』も『セカチュー』も、明らかに小説を読んだことのない人向けの小説、映画を観たことのない人向けの映画なんですよ。紋切型は山ほど出てくるけど、それは過去の映画へのオマージュなんかじゃない。書き手も読み手もよくあるパターンだと意識してない。原典も知らない。 ウェイン ハーラン・エリスン知らなかったようにか。 ガース そうそう。(略)『Deep Love』も『セカチュー』も小説なのに「描写」がない。主人公たちの台詞と考えてることが書いてあるだけで、情景や服装の緻密な描写がない。(略)映画版も同じ。すべてセリフでモロに説明される。暗示的な描写がない。 ウェイン 木の葉が落ちる描写で死を暗示したり? ガース それを見ても今の観客は「木の葉が落ちた」と思うだけなんですよ。 ウェイン「ボロ雑巾のように捨てられたのよ!」ってセリフで本当にボロ雑巾見せるとか。 ガース それは水野晴郎の映画だろ! ウェイン ふつうに映画や小説に親しんでたら、そんな恥ずかしいことできないけどな。みんな映画も小説も読まないで何してるんだ? マンガ読んでるの? ガース マンガもダメだもん。売れなくて。みんなケータイやってるんですよ。それが時代……誰も止められない……。 ウェイン その『Deep Love』文体やめろ! ――『映画欠席裁判』 恐ろしい野獣みたいに悲しみを閉じこめてはいけない。檻の扉をあけて、悲しみを解き放ってやらなければ。野獣が、かわいい小さな犬に変わるかもしれないじゃないか。 ――『波に消された記憶』 | |
平日の夜8時ちょっと前ぐらい。 いつもの紀伊國屋書店新宿本店。2階のレジ。 目を伏せて、いつになくコソコソと本を買っている。 2週間ぐらい前からまた缶詰に入っているのだけれど、どうもうまくいかなくて、3か月ぐらいかかって資料を読んでしっかり作ったプロットをエイヤと捨て、新しいプロットを作って、それも捨て……と、死にそうに迷っている。で、切羽詰まってフラフラと……なんと、作家になる方法みたいな本に手を伸ばしてしまったところだ。 レジには5人ぐらい並んでいるけれど、お客さんはたまたま誰もいない。あぁ、こういう本を買ったら作家志望の人と思われるだろうなぁ、すでに作家だってばれたら恥ずかしいなぁ、まぁでもそんなの自意識過剰ってものだ、お客さんは多いし、いちいちそんなさぁ……。と、考えすぎながら買って、目を伏せたままそっと歩きだそうとしたとき。レジ横の階段をさっそうと駆け降りてきた、私服に着替えた顔見知りの書店員さんが、大声で、 書店員さん「あれっ、そこにいるのは桜庭さんじゃないのー!!」 ちょうどお客さんが誰もいなくて書店員さんばかり5人もこっち向いて並んでるレジからの、かろうじての死角(ノンフィクションコーナー)に、小股の中腰でカタカタと走り、まさに脱兎の如く隠れこんだ。 はぁ、はぁ……。 と、書店員さんが横から覗きこんできて、 書店員さん「……そこで、なにしてるの?(←疑うことを知らぬつぶらな目)」 はぁはぁしながら、言葉を探し続けて、ようやく、こんな遅い時間にもあなたがいるとは思わなかった……、この売り場を待ち合わせに使う作家さんとか編集さんも、さすがにもういないとばかり……、だから誰にも会わないと信じていたのに……、と、きれぎれに告げると、 書店員さん「今日はサイン本作りの作家さんが多くて。あ、ついさっきまで、T先生と文春の担当のHさんもいらしてたよ。あれ、売り場でお会いしなかった?」 もう観念して、缶詰で煮詰まったあげく作家になる方法の本を買ってましたと震え声で告げると、ノンフィクションコーナーのタイルの床に、書店員さんがゆっくりと崩れ落ちていった(ビルの倒壊シーンをスローモーションで見るようだった)。 書店員さん「プッ……(震えてる)プロ……な、の、に……ぃ?」 身を縮めてますます震えながら、でもちゃんとしているところも見せねばと、ノンフィクションコーナーのあれこれを「いや、でも別の日にこれも買った、あれも買った!」と、とくに面白かった三冊、『さいごの色街 飛田』 悪いこと(?)はできないものだ。小説の神さまはいつも見ている(そしてこうやってからかう……)。 と、震えながらの、帰り道。 自分が作ったプロットのどこが原因でこうなってるのか、考える。 原因はいつも、必ず、ある。こういうときは向きあって戦わないと、トンネルを抜けられない。座ったり、休むと死ぬ。生きていたかったらずっと立っていることだ。 で、帰宅して、お風呂に入って、中でさいきんのお風呂本『映画欠席裁判』 町山さん(大好き)は安定の狂気のまっとうさで、柳下さんも、昔〈映画秘宝〉に寄稿してた『Deep Love~アユの物語~』 映画版の『ファイト・クラブ』 かつて〈映画秘宝〉でこの対談連載をしてて、〈ロッキング・オン〉には『渋松対談』 お風呂から出て、今度は小説にした。『波に消された記憶』 一族とはなにか。それは“歴史”である。そして歴史は、時に後世の権力者の都合によって、時に民の平和のために“つくられる”。つまり、一族とは実在するフィクションである。 あれ……。読みながら、後半に行くにしたがって脳にドクドクと蘇ってくる、不吉かつトンチキかつアナーキーな記憶があった。去年か一昨年の、お正月だ……。祖母の家だ。中国地方の、山奥の……。開け放された障子から、雪に染まった広い庭(『キル・ビル』のラストでルーシー・リューがカッパになる庭みたいな)が見えている。 口角泡を飛ばしながら話しているのは、鳥取一アナーキーな母だ。一族のルーツを調べる、みたいなの(テレビ番組でもときどきやってる、あれ)をやった結果、父(わたしにとっては祖父、祖母の夫)の先祖はなんと北条家だった、つまりこのわたしはあの北条政子の子孫なのである、と真顔で言っている。って、元旦になんというトンチキな話題……。すると祖母が、自分の血筋とは関係ない話だからか、つめたく言い捨てる。「北条政子って、評判悪いわよ~。だからあんたもそういう性格なの!」「なんだってぇ!!」瞬間、バフッとケムリのように舞う、すさまじい怨念!(『キル・ビル』に足りなかったやつ?)そして、アナーキズム、トンチキ、でもインテリっぽい語りでもあって、元旦なのになにがなんだかもうわからない……。権力者(母)の都合によって書き換えられようとしては、さらなる権力者(祖母)に阻止され、バレーボールのようにあっちにこっちにトスされて落下してくる、騙し絵の如き“ファミリーロマンス”……。わたしはとりあえず地酒をあおり、コタツの奥深くに潜って、時が川の流れのようにゆっくりとしかし確実に過ぎ去るのをひたすら待っていた。 ……あっ、それで大事なことを思いだした。小泉八雲が自分のことをロマの血筋だと信じようとしたことを、柳田國男の民俗学とかけて“ファミリーロマンス”(自分はみなしごで、出自がじつは高貴だと信じたり、逆に差別されるものだと信じることで、自己を肯定すること? あれ、ちがったかな)研究をした『「捨て子」たちの民俗学』 |
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