桜庭一樹読書日記
2012.01.06
またまた桜庭一樹読書日記 【第18回】(最終回)[2012年1月]
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12月某日 「まわりを見てみろッ!! こんな闇の中にいてどうやったらわかるんだ!? テレビも新聞も何もねえんだぜッ!! 人間なんてのは自分の目以外に頼るもんがなかったら 隣の家や部屋で何が起きたかって程度のことさえわからねえような存在なんだぜッ 本来 俺たちにゃテレビとかに頼らずに数万キロも離れた先での出来事を知るなんてこたあ不可能なんだッ(略) 俺たちゃものごとを本当に判断するにはあまりにも小せえ存在なんだよッ 無力なんだよ」 僕は見たいんだッ!! 自分のこの目で この闇の奥でなにが起こってるのかを……ッ!! この恐ろしい出来事の正体を ――『ドラゴンヘッド』 | |
M宅氏「ぼくのこと“男祭り”って言いましたね?」 年の瀬も迫った、すごい寒波の日。 雨がいまにも雪に変わりそうな夕方。新居近くの駅前にある喫茶店に、角川書店の〈野性時代〉編集長、M宅氏がきてくれた。 先日、K子女史と話して、つぎの長編作品を角川書店で書こうとしてて、じゃ、〈野性時代〉の連載にしましょうかということになったのだ。で、その打ち合わせのはず……なんだけど……。 のっけから、件のK子女史と話してた「M宅氏が編集長になってから、誌面がグッと渋く男っぽくなりましたよね」「そういえばそうですね~」「男祭りですよね」という会話が筒抜けだったらしく、本人から叱られて(?)いる。 わたし「(しぶしぶ)確かに、言いましたけど……。でもね、それはあくまでも……陰で言ったんですよ!」 冷汗を拭く。K子女史め……。(尾ひれもついて伝わってるかもしれないけど、こわくて聞けない……) それから、気を取り直して(?)、新居の話とかになった。相変わらず、本が多いし部屋に並べると圧迫感があるので、廊下にズラッと本棚を置いてるんですよ、と話す。廊下を計ってピッタリサイズの本棚を買ったと話してたら、とある作家さんの新居の話にもなった。 M宅氏「こうこう、こうなってて、リビングの壁一面が本棚になってましたよ。で、本がビッシリと……」 うなずいている。真顔だ。 M宅氏「G司は料理もうまいんで、ぼくがツマミを作りますよって、颯爽とキッチンに入っていったんですよ。そして、数秒後。片腕を高く掲げて、黙って、すぐにキッチンから出てきたんです。おやっ、どうして挙手してるのかなと思って、腕を見上げたら……」 と、思い浮かべてみる。ちょっとこわい、かも……。 M宅氏「しかし、惨劇はそれだけでは終わらなかったんです」 男三人(しかも全員、出版社のかなりえらい人)がつぎつぎ流血し始めた、小説家の新居の夜を、黙って思い浮かべてみる。 で、ここは言ってやる、と思って、こぶしを握り、 わたし「“男祭り”で正解じゃないですか! なんという世界観だッ! 『バキ』 まぁ、それはともかく……。 連載の打ち合わせもちゃんとする。年が明けてからで、ちょうど一〇〇号記念の月があるから、まにあったらそこから始められるといいんだけど、とか……。 で、帰り際。立ちあがったM宅氏をしみじみと見る。 黒いハイネックのセーターにグレーの細身のパンツ、しゃれた黒革の靴。背が高くてシュッとしてて、やっぱりイケメン編集長だ。愛読書はヘミングウェイで、誌面作りは男っぽく渋い。でもその割に、口を開くと『ゴリラーマン』 と、雨の中を、サイレンを鳴らしながら救急車が走ってきた。で、さっき喫茶店に入ったとき、ほら、ここから見えるあのパン屋、すごく美味しいんですよー、とわたしが指差したパン屋の前に、なぜか停まった。それを見たM宅氏が、長い足でもって小学生のように飛びあがって「アッ、桜庭さんが好きなあのパン屋で、誰か倒れましたよ!」と指さす。ウーン……。 傘をさして、救急車を横目で見ながら、うちに帰った。 そろそろつぎの物語の準備だ……。 と、次第に心の中にも雨が降ってくる。 春に『ばらばら死体の夜』 まず女の子が死んだ。つぎの子は、一心同体だった父親と分かれて、でも相手が死んだかどうかはわからなくて、そのつぎには一心同体だった母親が消えて(でも死んだかどうかはやっぱりわからなくて)、さらにつぎに、ばらばら死体にして逃げたところだ。この後に出す『傷痕』は、日本版のキング・オブ・ポップを国中で力を合わせて葬るお話だ。「つまり、ばらばら死体にまでしたけど、それはまだ死んでないってことですね」という指摘で、自分がなにかを葬ろうとして、書いては、また蘇ったそれを埋めようとしてるらしいと気づいた。主人公に殺人者が多いことも、いままでインタビューでどうしてですかと聞かれて答えられなかったけど、ようやく見えてきたような気がする。 それで、いま書こうとしてるのは、お祈りしすぎちゃってとうとう死者が蘇ってくるお話だ。 ……まだ、“それ”を殺せてないのかな。 この戦いが、続くのかな。 そして、あるときふっと成功したら、もう書かなくてもすむようになるんだろうか。それとも“それ”はけっして死なないように、あらかじめ丈夫にできてるのかな……。 なんてことを考えながら、帰った。この日の打ち合わせが年内最後で、後はもう、誰にも会わずに執筆だけをする予定だ。帰り道の途中からもう、歩きながら、小説の世界にズブズブ沈んでいった。 帰宅して、夜。 十年以上ぶりだけど、急に読みたくなって買ってきた『ドラゴンヘッド』 こんな恐ろしい設定の話、今年の春や夏ならぜったい読み返したくなかっただろうな、と思うけど、なんだかもう一度あの道行きを行きたくなったのだ。 列島を覆ったとつぜんの闇。 助けあう人たちと、自我を爆発させる弱者、カルトに走る集団。闇に飲みこまれるか、それともその奥に、変わらぬ自分を再びみつけることができるか……? リアルタイムで読んでたあのときより、“危機に陥ったときの人間”を恐れずに読んでいる気がした。闇を進む主人公と一緒にゆっくりと彷徨い始めた。 (2012年1月) |
■ 桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。
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