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迷探偵の推理メモ
【迷探偵の推理メモ】こんな謎メモを4、5枚、持参……。(桜庭撮影)

11月某日

 夜中になって、ふたりは街をよこぎって家にかえった。子ども時代のたくさんの思い出がつぎつぎとうかんできた。ずいぶんとむかしの話だ。しかしすべてここでおきたことだった。今夜歩いているこの通りでの話だ。二十年まえに、いっしょに学んだ仲間はどうしているだろう。その後をしっている者もいるが、ほかはどうなったのだろう。ふたりの頭上では星がかがやいていた。あのころとおなじ星だ。

「涙は絶対禁止! 涙は絶対禁止!」


――『飛ぶ教室』

 新しい部屋の生活にも、だいぶ慣れてきた!
 前のところは、日が射さなくって昼間でも薄暗かったので、日当たり優先で新居を探したのだけど、どうもそれがよかったみたいだ。体調もすこぶるいい。あ、そうだ……。確か作家さんで二人、「日当たりのいい部屋に引っ越したら、とたんに朝型になった」「作風も明るくなった」と言ってた方がいて、ずっと気になってたんだよなー。
『GOSICK』の後、『傷痕』も無事に書き終わって、ようやくののんびり充電月間である。とはいえ、そういう時期は身軽になって、ハッと気づくと、けっこういろいろ引き受けているものだ……。
 で、この日は日帰りで京都に行って、京都造形芸術大学での朗読とトークのイベントに出た。司会が新元良一さんで、あと柴田元幸さん、デニス・ジョンソン、リン・ティルマン出演だった。
 作家の自作朗読って、外国の映画とかでときどき見るけど、日本ではあまり聞かないなぁ。聞いてるぶんにはかなり面白い(自分がするのは大変……。口からたちまちエクトプラズマが……)。
 イベントが終わった後、控室で、朗読の話題から〈声〉の話になった。デニスとリンは小説を書くときにたった一つの〈ヴォイス〉が降りてくるのを待つ、と語ったけど、そういえば日本の作家からそう聞くことは少ない。もしかしたら、それは彼らが一神教で、日常的に〈神とわたしの一対一の対話〉をしているからじゃないか、という話だった(たしか……)。
 むむ。そう聞くと、さっきのイベントのときにお客さんから質問されて、わたしが訥々と答えた「えぇと、空中に無数の〈声〉があって、でも作品ごとにピッタリのものがちがうので、毎回、正しい〈声〉の主を探します。で、それを間違えるとうまく書き進められないので、えーと、最初にもどって、〈声〉探しからやり直して……」は、日本っぽい……八百万の神っぽい発想なのかな、とも思った。
 お客さんの質問を聞いてると、作家たちが〈声〉というからどうもわかりづらくて、登場人物の〈台詞〉とごっちゃになりがちなんだけど、じつはそうじゃない。うーんと……。つまり……。〈文体〉に近い。書いているときは、地の文が音楽のように聞こえてて、台詞のところは逆によく聞こえないのだ。だから、アニメ化されて「声優さんの声のイメージは合ってますか?」と聞かれると、ほんとはわからない(聞いたことがないから)。声優さんたちの解釈を受けて、「なるほどなー。うまい!」と感心して納得する、という感じだ。
 いつものように本好きの人たちがたくさんいる空間だったけど、普段、読んで接してるところとは微妙に空気が違って(京都だけどどことなくニューヨークの匂いがした)、小説の世界ってほんっと広くて面白いなーと思いながら、また東京に帰ってきた。
 新幹線の中で、出かけるときにワサワサと鞄に放りこんだ、でっかい文字の児童文学『飛ぶ教室』を開いた。先月、ツヴァイクを読んだ後で急に気になり始めて『点子ちゃんとアントン』『ふたりのロッテ』『エーミールと探偵たち』と読み進めているところなのだ。
 クリスマス休暇を控えたギムナジウム。舞台劇の稽古をする少年たち。それぞれの個性。二人の大人。――ギムナジウム物をいろいろ思いだして、これが原点だったのか、逆の順番で読んじゃった、と思った。そういやアントンを読んだときも『地下鉄のザジ』『アメリ』を連想したんだった……。いろんなものに影響を与えてる木の幹みたいな作家なのかもしれない……。
 読みながら、ときどき顔を上げて、窓の外を見た。
 京都かぁ……。
 ふっと、これからいろんな土地に住んで、移動して、書いてみたいなぁと思った。どこにも根を下ろしたくないなぁ。窓の外を、景色が過去の雪に溶けるように行き過ぎていく。



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