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類は友を呼ぶ……
【類は友を呼ぶ……】恐ろしげな本には、同じオーラの本と一箇所に固まりたがる性質が……?(桜庭撮影)

9月某日

 そうか
 数千の天使を殺さないと
 大きな橋が目に見えてこないのか
 真昼の世界と
 影の世界を
 つなぐ
 大きな橋

 ぼくは遊びに行かなくちゃ
 数千の天使を殺し
 数千の天使を殺してから


――『誤解』


「私をこんな運命に連れこんだのはあなたです」須賀の瞳が憎しみを込めて訴えているのを倫は知っている。


――『女坂』

 お昼に起きて、仕事して、夕方。女性誌のインタビューがあるので、出かけた。
 じつは、ようやく仕事に余裕が出てきたので、念願の引越を計画してて、それがなんと翌日なんだけど……。天まで届けと本が積みあがる部屋(洋服は段ボール二箱なのに……)にげっちょりしてきて、なかば逃げるように出かけた。
 とはいえ、行く先もまた本屋である。中目黒の「カウ・ブックス」。〈暮しの手帖〉の現編集長、松浦弥太郎さんのお店らしい。
 広めのワンルームぐらいの店内は、四方の壁が天井まで本棚になってて、真ん中には大テーブルがひとつ。ほんとは洒落てる本屋さんがちょっと苦手なんだけど(本屋は泥臭くて中身みっしり詰まってるのが好きだ……)、この店は松浦さんの好きな本を置いてるのか、知らない人の脳内の知識の襞に迷いこんだようで、楽しい。みっしり。ちょっと年上の、男の人の本棚かなぁと思いながら探索してて、帰り、腕が肩からもげるほどたくさん買ってしまった。
 レジのお兄さんに、買った中の一冊、田村隆一の詩集『誤解』について「田村さんは早川書房で編集者もされてたんですよ」と教えてもらって、びっくりする。「えぇ、ホント!?」「ミステリの翻訳もされてたし。ほら、こっちの本(ロアルド・ダールの『オズワルド叔父さん』の単行本版も買った)の訳者……」「あっ、田村さんだ。むむ、詩情とミステリの人だったのか……」
 お店を出て、インタビュアーさんとわかれて、付添いの創元S嬢と新宿に向かった。紀伊國屋書店新宿本店の一階で、K島氏と待ち合わせ。S嬢は入れ替わりに会社に帰っていった。
 伊勢丹のレストラン街で洋食を食べよう、という話になり、K島氏と歩きだす。わたしが大荷物なので「ずいぶん重そうですね。半分持ちましょうか」「いやだっ!」「あぁ、またこのパターンか。ある意味めんどくさい……」ともめながらお店に入った。
 わたしは引っ越しの準備で、K島氏は編集作業で忙しくて、どちらもお腹が空いている。がっつりお肉を食べたい、ということで、ステーキサラダ、鳥の唐揚げ、羊のロースト、牛サーロインステーキ、チーズと無花果のピザ、巨峰アイスを頼んだ。モリモリ食べる。

わたし「あぁ!」
K島氏「どうしました? もぐもぐ」
わたし「日本のシートン(かな?)、椋鳩十の古本、買い忘れた! 最初にみつけて、見失わないようにって棚から二センチぐらい出しておいたのに……。こんなに買ったのに、本命を……。いや、独り言です。あぁもう、しまった……」
K島氏「ふーん? それより桜庭さん、お腹いっぱいになってきたら残していいですよ。ぼくが片付けますから。(……ふと)あれっ、もしかしてこんな言い方をすると?」
わたし「お腹いっぱいなんかじゃありません。わたしはまだまだ食べられます。そんなに食が細くなってるなんて誤解されるのは心外ですよ。もぐもぐ、もぐもぐ」
K島氏「じゃあ……『食べろっ!』と言ったら? ……あぁ、やっぱり食べるのか。あきらかにもうお腹いっぱいの顔なのに。どう言っても、反応がひとつしかないなんてー。ある意味、面倒くさいー」
わたし「………(もぐもぐもぐ……)」

 来年の刊行予定とか、いま持ってる原稿のことなどを聞く。相変わらず忙しそうだ……。わたしのほうは『GOSICK』のばたばたも終わって、ようやく長編『傷痕』の連載も終わるところで、ずっとしたかった引越もとうとうできそうで、ようやく一段落だ。
 帰宅して、撮影のときにされた化粧を落として(彫りが浅くなった)、お風呂で、買ってきた〈ぱふ〉1979年5月号をぱらぱらした。20年以上前の大島弓子のインタビュー記事がお目当てだったんだけど、べつの記事でも、寺山修司がじつは萩尾望都を愛読してたとわかったりして面白かった。
 で、お風呂を出てから、読みかけの円地文子『女坂』を手に取った。
 明治初期、夫の行友の妾をスカウトするため、一人で上京した良家の奥様、倫さん。須賀というかわいい女の子をみつけて屋敷に連れ帰ると、夫は大喜び。だがしばらくすると、夫が自分でみつけてきた二人目の妾、由美もやってきた。あれっ……。須賀と由美がたちまち仲良しに。そして月日は経ち、夫が長男の嫁の美代ともワケアリになったり、でも長男がボーッとしてていっこうに気づかなかったり、由美が使用人と所帯を持って屋敷を出ていったり、わっ、美代が急に倒れたり……。
 お昼のメロドラマみたいなジェットコースター的展開と、はっとさせる文学的な語りが忙しく混在してて、エンタメとも純文学ともつかないんだけど、ラスト近くになって……。倫さんが病気でもう長くないとわかったときに、幼かった自分を妾にスカウトしやがった倫さんをずっと恨みながらも、ひたすら従順に、無気力に生きのびてきた須賀が、

「旦那さま、(略)奥さまの御容態いかがなのでございます」
「いかんそうだ」
「まあ、どうしてでございます?」
 うすぐらい中で須賀は膝をすりよせて斜め横から行友の顔をみつめた。行友は須賀の顔に眼を移して、何かに驚かされたように顔を背けた。
「そんなことはございますまい。あんなお丈夫な奥さまが……そんな、そんな……」


 と、悪鬼のように笑う(とは書いてないけど)。
 書かれていない、この顔が、きっと竹中直人の「笑いながら怒る人」みたいなことになってたんだろう、心配だって言いながら破顔したな、なんて恐ろしくって素晴らしいシーンなんだ、とフルフルしながら、ふっと西村賢太『暗渠の宿』のラストシーンを思いだした。あれもまた、見知ったはずの善良な女の顔に、瞬間、本音という、得体のしれぬ悪鬼が宿ってしまう(とは書いてないけど)話だった。
 文学……。と思いながら、本を閉じて、寝た。



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