桜庭一樹読書日記

2011.08.05

またまた桜庭一樹読書日記 【第13回】(1/4)[2011年8月]

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ここが新宿か……
【ここが新宿か……】ふっ、なんてことのねぇ街だぜ……。マッ、仕方ねぇ! しばらくいてやるとするか(と、葉巻をくわえる)。(桜庭撮影)

7月15日

小説を書いているときの、すべてが小説に没入して全能感に満ち溢れている姿はまさしく幸せとしか言いようがありませんでした。しかし、一方で精神を病み、自分自身を認めることのできない拒食症の奥さんにとっては、生きていることそのものが苦行だったのです。しかも幸福と不幸のどちらも少女のもの、大人になることのない少女の持つ幸・不幸なのでした。


――「いちばん不幸で、そしていちばん幸福な少女」

 7月前半までに、外に出かける用事をたくさん入れて、毎日ばたばたしていた。年末締切の回から松本清張賞の選考委員になるので、それについて石田衣良さんと対談したり(そうだ、去年の受賞作『白樫の樹の下で』が素晴らしかった、寒気がした)、本屋さんで広告用の写真を撮ったり、各社の新担当さんと顔合わせしたり……。で、その後、〈小説現代〉『傷痕』連載原稿のために、またまた籠っている。
 この日。夕方まで原稿を書いて、ゴロゴロしてから、気分転換にと思って近所のシネコン、バルト9まで歩いていった。話題の『スーパー8』を観るのだ、観るのだ。
 優しかった主人公(中学生?)のママが、工場の事故でとつぜん死んでしまう。オタク仲間と自主映画を作ってた主人公だけど、仲間は「映画作りで元気づけてやろうぜ」「でもスプラッタ映画でか? あいつのママ、ぺっちゃんこになって死んだんだぞ」とオロオロ。そんなある日、軍の貨物列車の事故を目撃したことから、主人公とオタクな仲間たちは、宇宙からの旅人を巡る不可思議な冒険に巻きこまれていく……!
 涙あり、ラブあり、冒険あり、少年の成長あり、家族愛あり……で進んで、2時間弱でハッピーエンド。いやー、面白かったなーとにやにやしながらエンドロールを観ていたら、急に椅子が小刻みに揺れ始めた。
 あぁっ?
 これ、地震……!?
 こんなところ(地上11階のビル)にいるからベリー怖いし、ちょうど映画も終わったところだし、でも……エンドロールに、主人公たちが造った抱腹絶倒の自主映画(子供がトレントコート着て聞き込みしてたり、白衣着て科学者だったり、怪しい企業の名前がロメロ化学だったり。おおげさな効果音もいちいち面白い……!)が流れて、どうしてもどうしても観たい。でも、揺れもどんどん大きくなってくる。二重の動揺が映画館中に広がるのが、肌にチリチリと伝わってくる。
 ……結局、ほぼ満席の映画館で、座席も床もけっこう激しく揺れてるのに(震度4だった)、なんと一人も席を立たなかった。みんなばかだなぁ。
 ようやく面白エンドロールが終わったときには、揺れも収まってて、いや、俺たちよくがんばった、最後の自主映画最高だったよね~、という無言の一体感にへんに高揚しながら、ぞろぞろとバルト9を出てきた。また家に帰った。
 帰宅して、風呂に入りながら『グイン・サーガ・ワールド1』を読んだ。栗本薫の旦那さんが始めた連載エッセイ「いちばん不幸で、そしていちばん幸福な少女」(今岡清)の評判を聞いて、内心気になってたのだ。
 作家として精力的に創作する傍ら、自身の矛盾した行動や衝動に苦しむ奥さんのために、寝る前に話して聞かせるようになった「村の話」について。

 夜はもうとっぷりとふけてまいりましたよ。
 あちらのおうちもこちらのおうちも電気が消えて、みんなねんねのお時間です。


 で始まるこの寝物語で、奥さんのこの行動をとった人物、あの行動をとった人物、と、行動ごとにべつの村人にして、旦那さんが整理していく。物語を産む職業であるはずの奥さんが、毎夜、それを聞きながらようやく安心して眠りにつく。長い時間、くりかえし語られるうちにすこしずつ人物も出来事も変わって、上書きされていって……。
 アイルランドに行ったときに聞いた吟遊詩人の話や、文字で残さないジプシーたちの歌や、そういう昔ながらの“物語”そのものの姿で、読みながらぞーっとした。これこそ物語、本来見ることも触れることもできないぐらい奥のほうにあるはずの人の深層心理にやすやすと到達し、その人だけのオーダーメイドの世界でありながら、他者の耳に入ったときには普遍的なエンターテイメントでもある……。
 日記によると、亡くなる前の晩にも「村のお話」の最新バージョンを語って聞かせたらしい。
「村のお話」はどこかでまだ続いてるような気がする……。
 短い連載を幾度も読んで、それからようやく風呂から出て、ばったり。茹だった。



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