桜庭一樹読書日記

2011.07.05

またまた桜庭一樹読書日記 【第12回】(1/5)[2011年7月]

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魚
【魚】(桜庭撮影)

6月12日

一人の死者も置き忘れてはならない。

「何という民族だ!」将軍は言った。「だが、ひょっとするとこんな民族というのは、傷の痛みよりも美しいものにずっと弱いのではないかな」


――『死者の軍隊の将軍』

 ようやく『GOSICK VIII ―ゴシック・神々の黄昏(上/下)―』を書き終わった!
 久々に、かなりのぎりぎり締切である。(311の後、書き上げた最初の本だが……。し、7月25日に出る下巻を、この時期まだ書いてたのだ……)
 日曜だけど、原稿をメールで送って、夕方、祝杯を上げようぜと担当K子女史と待ち合わせた。近所の居酒屋に行くだけなのに、テンションが上がって髪をコテでクルックルに巻く。顔に装飾(化粧)までした。勇んで出かける。
 と、待ち合わせ場所で、走ってきたわたしを見て、なぜかK子女史が舗道に崩れ落ち、くの字に曲がりながら笑った。

わたし「ど、どうしました?(不審……)」
K子 「いや、だって……。ついにシリーズ最終巻の原稿が上がって、感動の再会のつもりだったのに……桜庭さんが走ってくる姿が、もう“なにもかもおかしい”から……」
わたし「し、しつれいな!?」
K子 「それに、信号が赤なのを見て、心の底から『解せない』って顔をしたのを見たら、たまらず……。笑わずにはおられない! だって、ここは東京なんだし、赤信号でちょっと渡れないぐらい普通ですってば!」
わたし「むむ……」

 はっ、そういえば、と、出版社を訪ねると入口のところで受付嬢に不審がられて(?)、なかなかすんなり入れないことを思いだす(そうか、“なにもかもおかしい”からだったのか……)。
 それはともかく、近所の「どんじゃか」に入って、サワーとチーズハムカツとにんにく揚げとポテトサラダで乾杯である。
 しばし小説の話をして、恋愛の話もして、あと道徳の話(子供のころ、親からは「共同体で要領よく生きろ」と、先生からは「受験では友達もライバル」と教育されて……じつは正義や自己犠牲の概念を習ったのは、実在の大人からじゃなくて、本からだった気がするよ、ジャン・バルジャンとかコルベ神父とかさ、という話)をした。お酒が進む。
 ついで、とある事件の話になった。

K子 「同僚のA女史が、ほんのちょっとのあいだ、編集部の机から離れたときの事件なんですがね(と、おそろしげに)」
わたし「フン、フン……(←探偵?)」
K子 「もどってきたら、机の上のアンパンの袋が開けられていて、誰かに半分食われていたんですよ」
わたし「そ、それはまた凶悪な……! 食べものの恨みは怖いですからねぇ。とくに女性は。なんとも命知らずな犯人ですね」
K子 「そして袋に、犯人からのメッセージを書いたポストイットが貼ってあったのです。“ごちそうさま~ 社長より”って……」
わたし「!?」

 サワーのグラスを持ったまま、どんじゃかのカウンターの椅子から床に転がり落ちそうになる。

わたし「エッ、犯人は社長?! 角川書店の?? えっ、そんなことが現実に起こりえますか? いや、それとも、社長を騙る真犯人が編集部のどこかにいる……? 口の周りにアンコをつけた同僚とか編集長がいませんでした?」
K子 「いえ」
わたし「むー」
K子 「それに、目撃者もいないのです」
わたし「め、迷宮入りかぁ……。残念!」

 あと、角川書店の新社屋には会議室が14個あって、干支の名前がついている、という話もした。「今日は戌(いぬ)会議室で3時から……」とか「申(さる)に集合!」とか、どうも不思議な感じらしい。
 18時から飲み始めて、外に出たら午前2時。土砂降りの中で慌ただしく、改稿の締め切りは15日中ですよー、といった打ち合わせをして(8時間もしゃべってたのになぜかこのタイミングで……)、帰宅。
 泥酔してるのでお風呂はやめて、読みかけだった『死者の軍隊の将軍』(イスマイル・カダレ著)を開いた。
 1936年に生まれて幾度かノーベル文学賞候補になったことのあるアルバニアの作家イスマイル・カダレの代表作。28言語に翻訳されたが、日本では長らく未訳で、09年にようやくお目見えした。
 第二次世界大戦から10数年後のアルバニアに、(たぶん)イタリアの将軍がやってくる。祖国のために戦い、いまもこの地に眠る兵士たちの遺骨を集めて持ち帰るためだ。死者たちが首から下げた金属の認識票(死後、身元が分かるように身に着けていた)を確認しては、旅から、旅へ……。
 そして、将軍とお供の司祭との会話(これがまた不条理の笑いを呼び起こすかみあわなさ!)からは、イタリアで待つ遺族たちのドラマが、現地で出会う人々からは、アルバニア独自の文化や深い民族性が……短い演目となって交互に上演される。
 当初は自分たちの正当性をまっすぐに信じていた将軍が、道が進むごとに過去の戦争の新たな局面を発見して、迷い、怒り、傷つき、どんどん“世界との接続が切れていく”様が、こわいはずなのになぜか心地いい。戦地に持っていった携帯電話が「アンテナは立ってるのに繋がらない!?」みたいに、道の奥に行くたび、ほんの一瞬、もとの世界と接続されては、またもや圏外になってしまう……。
 読みながら、「あぁ、小説ってこういう感覚のことなんだよなぁ」と思った。
 世界との接続がときどき切れてないと、誰も小説を書き続けることはできない。死なない程度によく息が止まらないといけない。そのうえで、アクセルを踏むだけじゃなく、ブレーキの定期検査も怠らないのがプロなんだろう。
 おっかねぇ作業だよな、と思いながら、でも今夜だけはもう店じまい。明日からまた戦場だけど、いまほんの一瞬でも安心して丸くなって寝たい、と思って電気を消して、酔いもぐるぐる回って、気絶するように眠った。



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