桜庭一樹読書日記

2011.04.05

またまた桜庭一樹読書日記 【第9回】(1/5)[2011年4月]

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頭のネジ?
【頭のネジ?】地震の後、仕事机の横にゴロンッと転がっていた謎のネジ(けっこうでかい。手の小指大?)。いったいどこから落ちたんだろう、机か、椅子か、書棚か、引き続きここに座っててダイジョウブなのか? と心配してたら、たくさんの人から「桜庭さんの頭のネジだよ」と言われたのだった。あ、頭にもどさねば!(桜庭撮影)

3月11日

 その日。
 ……ということは知らずに、いつも通り昼に起きて、PCに向かって仕事していた。夕方から『本に埋もれて暮らしたい』のインタビューが入っていて、東京創元社に行く予定だったので、若干、ばたばたである。執筆を終えて、着替えて、メールチェックもして、返事を書きながら、インタビュー中にお腹がすかないようにと同時にうどんを茹でていた。
 アッ、地震だゾ。
 さいきん多かったので、またかぁと思ってぼーっと様子を見ていたら、どんどん激しくなってきたので、これはいかんと、生まれて初めて机の下にもぐった。と、体が横揺れして、右に、左に翻弄され始めた。机が一度倒れてきたので、しゃがんだまま両手でヨイショともとにもどした。
 床に積んだ本の山と、壁際においたマウンテンバイクと、おっきな姿見がどーんと倒れるのが見えた。コタツにおいたコーヒーのマグカップが飛んで、床にびしゃーっとなる瞬間も、目を見開いて、スローモーションみたいに見た。
 揺れは止まらないどころかどんどんおおきくなってくる。遊園地にあるガタガタ揺れるちいさい乗り物みたいな浮遊感を感じながら「ついにきたんだ……!」と思った。このときは、あんまり揺れが大きいものだから、千葉とか茨城とか、東京に近い関東地方が震源地だろう、これは、いつかくるくると長らく言われていた関東地方の大地震なんだと思っていた。
 ずいぶん経って、揺れが、止まった。
 机の下から這い出て、逃げなきゃっと、エアコンを消して、鞄に財布と携帯電話を入れて、ロングブーツを両手に一本ずつ握って、裸足のまま飛びだした。エレベーターは止まってるので、マンションの階段を降りて近くの公園まで走った。
 ちいさな公園に近所の会社の人達がぎゅうぎゅうに集まっていた(百人以上いた)。あと、相撲大会をやる予定だったらしくて真ん中に巨大な土俵がドーンとあった。インド料理屋のお兄さん三人と並んで、四人目みたいな立ち位置でぼーっとしていた。それから土俵に座りこんで、ゆっくりブーツを履いた。
 三十分ぐらい経った。
「あっ、あれ見て!」と誰か女の人が空を指差すようなポーズをしたので、つられてみんなで見上げた。
 連なるビルの、すごく縦長の細いビルだけが、ういろうをたてに持って思いっきり揺らしたように、冗談みたいに左右にぶらーんぶらーんと揺れてた。「細いからだね」「ドア見てよ……」最上階の、誰かが飛びだして逃げた後らしい開けっ放しのドアが、見えない手で激しく叩きつけられてるように(「おまえとはもうお別れだーっ! あばよーっ!」みたいな)すごい勢いで閉まったり開いたりし続けていた。
「あっちのビルも……」「よく折れないなぁ!」「揺れてる、揺れてる」
 足元の地面もブルブル震えていた。
 電話もメールも不通だけど、なぜかツイッターだけがつながった。創元のM澤氏から「インタビューは中止ですっ」とリプライがきていたので「了解!」と返事をする。
 おおきな余震がまたくるかもしれない、しばらく公園にいよう……と思ったところで、うどんを茹でっぱなしだったことを思いだす。迷って、火事を出しちゃいけないし、走ってマンションにもどって階段を駆けあがった。ガスは消えていた。アワワ、またおっきい余震がきた。……止まった。このまましばらくもどってこられないかも、と急にこわくなって、分厚いセーターに着替えた。崩れた本の山から、新刊『ばらばら死体の夜』にからんだインタビューや対談の席で聞いて入手したばかりの『あの薔薇を見てよ ボウエン・ミステリー短編集』(エリザベス・ボウエン)と『嘘から出たまこと』(マリオ・バルガス=ジョサ)と『動かないで』(マルガレート・マッツァンティーニ)をつかんだ。
 部屋を飛びだして、公園にもどった。
 人がまだたくさんいる。
 ワンセグでテレビの映像を覗いている人たちもいる。固唾を呑んでなにかを見てる。
 一時間ぐらい経った。
 お腹がすいたので、余震がこわいけどコンビニに行こうと、公園を出た。新宿通りに出たら、歩道いっぱいに、冗談みたいにたくさんの大人が歩いていた。お花見シーズンの新宿御苑の閉園時間みたいだ。そのときはなぜだかわからなかった。ぽかーんとしたまま、パンとあったかいお茶を買って、公園にもどった。
 人がすこし減っていた。
 日暮れが近くなって、散歩の時間らしく、犬を連れた人達がつぎつぎやってきた。非日常に日常が混ざって、よくわからなくなる。余震は減ってきた気がする。もう、もどろうかな……。もういちどコンビニに向かうと、さっきと同じく、大通りに人の行進が続いていた。コンビニのトイレに行列ができていて、それに、ん……さっきまであったパンやお弁当やカップラーメンが棚から魔法のように消えていた。
 ツイッターのタイムラインを見て、地震の影響で首都圏の交通手段がなくなってると気づく。だから新宿通りを新宿駅に向かって歩いているのだ。
 でもJRも停まっていて、つぎつぎ駅周辺でストップしてるらしい。タカシマヤとかいろんな施設が帰れない人を臨時で収容し始めていて、情報が飛びかう。創元の人たちも会社に泊まるらしい。近所の書店員さんたちが足止めされてるので、女性二名、仕事場に泊まってもらうことにする。電話は通じないしメールも遅延するので、ツイッターが役に立つ。倒れた家具をうんしょともどして、本の山の崩れたのを部屋の隅にエイエイためた。
 お腹減ったけど、なんにも作る気になれなくて、もう一回コンビニに行った。お惣菜コーナーはほとんどカラのままで、あれ、ホッケだけ一パック残っていた。あと真っ白な棚にノリタマが一コ置いてきぼりになっていた。フィリピンバナナを1本みつけて買って、通りに出た。
 時計を見たらもう九時近いけど、『死のロングウォーク』みたいなスーツの行進は途切れても減ってもいなかった。地面がまだときどき揺れてる。公衆電話の前に行列ができてる。上空をヘリコプターが飛んでいる。道路は大渋滞で、タクシーやバスもところどころにあるけど、いまいる場所から一ミリも動けないみたいだ。
 書店員さんたちが到着する。お湯を沸かしてカップラーメンを食べつつ、うちはああだった、ここはこうだったと話す。一緒にテレビを見ているうちに、津波の映像や震源地の情報から、ようやく、関東地方の地震なんかじゃない、東京であれだけ揺れて、それなのに震源地からこんなに離れているということは、本当におおきな地震が起こったんだ、と理解し始める。でも映像がすごすぎて、数字が大きすぎて、なかなか心の奥に入ってこない。
 書店員さんたちは明日は朝九時出社だと言う。一時過ぎに、とりあえず寝ようということになる。
 手の爪が十本とも、割れたりヒビが入ってることに気づいた。でもなんでなのかわからない。つめきりを捜して、短く切る。
 急ぎの仕事を機械的に片付けた。
 本を読まずに、寝た。



本格ミステリの専門出版社|東京創元社
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