桜庭一樹読書日記

2011.03.07

またまた桜庭一樹読書日記 【第8回】[2011年3月]

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2月某日

 完成した作品だけでなく、製作過程を知らないと、勝手な思い込みや誤読に陥る危険があるのです。本書では、絵画の研究がスケッチや秀作、X線で見える描き直しの跡を調査するように、シナリオの草稿や企画書、関係者のインタビュー、当時の雑誌記事などに当たって裏付けを取りました。
 たとえば『2001年宇宙の旅』には、人類の祖先が敵を殴り殺した骨を空高く放り投げると、それが宇宙に浮かぶ「宇宙船」につながる有名なシーンがあります。どの映画解説書にも「骨から宇宙船までの進歩を一瞬で表現した場面」と書かれている部分です。
 しかし、これは本当は「宇宙船」ではありません。核ミサイルで敵国を狙う軍事衛星なのです。スタンリー・キューブリック監督が書いたシナリオでは「大国同士が核ミサイルを突きつけ合って、全面戦争勃発寸前」という趣旨のナレーションが流れることになっていました。つまり、「人間は棍棒を核兵器にまで進歩させてしまった」という不気味な場面なのです。
「そんなこと言われても」と文句を言いたくなる人もいるでしょう。
「完成した映画にはナレーションがないし、BGMに『美しき青きドナウ』が流れるので、逆に文明の進歩を謳歌しているようにしか見えない。いちいちシナリオまで探さないと理解できないなんて面倒くさすぎる」
 ご安心を。それを代わりに調査するのが本書です。映画に関する文章でメシを食う者の仕事です。

 問いかけは続きます。『猿の惑星』は「人間は猿にも劣るのではないか?」、『イージー・ライダー』は「本当の自由はどこにあるのか?」、『未知との遭遇』は「夢と家族とどっちを取るのか?」……。
 答えは映画のなかにはありません。簡単に答えの出る問いではありません。映画館を出た後もその問いは残ります。たぶん一生。

――『〈映画の見方〉がわかる本』


 大雪の夜である。
 とぼとぼ~と歩いている。
 JR飯田橋の駅を降りて、片手に傘、片手に自慢のあいふぉんを握りしめて、画面に出ている地図を覗きながら行く。むむ、今日も方向音痴だなぁ……。
 ニュースによると、場所によっては電車が停まったりしてるようなので、移動用のショートショート『未来世界から来た男』(フレドリック・ブラウン)のほかに、長時間閉じこめられたとき用の分厚い辞書みたいな書物(『中国美味礼讃』っていう中華料理の歴史本)を鞄に忍ばせている。
 おやっ、遠くから陽気で悲しげなお囃子が、ぴょろりろーと聞こえてくる。経験上、道に迷ってるときにお囃子が聞こえるとなぜか不安が倍増する。犯人(?)は、角を曲がったところにある居酒屋のチェーン店だった。待てよ、この居酒屋、地図にあったぞ。ということはもうちょっとまっすぐ行けば……。
 あった!
 と、待ち合わせの店に到着する。今夜は、なんとなくこの日予定が空いてた人で集まってのご飯会である。うろうろ迷ってた割には一番乗りだったので、さきにサワーを頼んで飲みながら、ボーッと待つ。……おっ、K子女史がきた。続いてK島氏とF嬢が、あと書店員さん二人も到着した。
 書店員さんお勧めの『こちらあみ子』が面白かった話とか、シバリョー占いに続いて、貴志祐介さんのどの作品が好きかで性格がわかる〈貴志祐介占い〉を開発してみたりとか(ちなみにわたしは『青の炎』……)、なんだかんだ言ってるうちに、ふっと、
(今夜はK島氏がおとなしいな?)
 と異変(?)に気づいた。わたしが隣でなにを言ってもニコニコうなずいているし、「えぇ」「はい、はい」と肯定の相槌がやけに多いぞ。……おかしい。なにかいいことあったのか? いや、ちょっとばかりいいことがあったぐらいで、好々爺みたいになるなんて、本読みの風上にもおけない(?)……。
 とつぜん向きなおって、怒りながら、

わたし「どうしたんですかっ!」
K島氏「い、いや、どうって……。年末年始も都内にいたんですけど、先週いっぱい、ようやく休みが取れて故郷の函館に帰省してたんですよ。雪が積もってる中、毎日、おいしいものを食べて……あっ、これ、おいしかったものの写真です~(と、お刺身の写真を見せつつ)……読みたい本をたらふく読んでたら、心が浄化されて、いつになく、こぅ、真っ白な気持ちにですね……」
わたし「真っ白ぉ!?(顔、こわばる)」

 K島氏は胸の前で両手を合わせたマリア様のようなポーズで、かつモナリザみたいな微笑を浮かべ、小首をかしげたままこっちを見ている。
 その肩をつかんで乱暴に揺さぶり、

わたし「はやくもとにもどってくださいーっ!」
K島氏「あははは」

は、函館でいったいどうしちゃったんだ……。たった一週間で……。『カッコーの巣の上で』とか『時計じかけのオレンジ』とか、恐ろしい映画の名シーンの数々が不吉に胸をよぎる。もしくは『暴力脱獄』……。
 と、唖然としているわたしを置いてきぼりに、ご飯会はなごやかに進んだ。喫茶店に移動してケーキかパフェでも食べますかー、と立ちあがって、コートを着たり鞄を持ったりしていたら、K島氏が座ったままコートを羽織って、グレーのカーディガンのフード部分をコートから出し、頭にふわっとかぶった。
 その様がなにかに似てるなーと首をかしげながら、さきにレジに向かって歩き出そうとして、はっと気づいて、張り切ってタターッともどった。指差して「市橋容疑者っ!」とおっきな声で言うと、ここ二時間ほど菩薩のようだったK島氏の顔が、とつぜんキリキリとひきつった。
 おっ、と期待して、おそるおそる見下ろしていると、フードの下から鬼神のような形相が現れた。紅蓮の炎をたぎらせてこちらを睨みあげ、

K島氏「桜庭、さ、ん……」
わたし「はい?」
K島氏「おっ、おっ……」
わたし「はい、はい」
K島氏「覚えて、らっしゃい!」
わたし「あーっ、すみません……」

 プンスカ、プンスカと怒りだしたK島氏に、腰をカックリと九十度曲げて謝りながら、気づかれないようにこっそり、にやにやする。こうじゃなくっちゃ。これからも、K島氏が白くなろうとしたら、腹が立つようなことを言って、全力で阻止するゾー。
 と、にやにや謝っているわたしの横を通り過ぎながら、書店員さんたちが「それより、桜庭さん。ズボンの穿き方まちがってない?」「へん、へん!」と、揃ってわたしの股を指差した。へっ、と一同、わたしのズボンに注目する。
 年末に買って以来、気に入ってヘビロテしている紺のカーゴパンツ。きっと尻周りの奇抜な飾りだろうと思って股にくぐらせていた二本のヨレヨレした紐状のものを、全員で指差して、一斉に「それ、飾りじゃないですよ」「どう見てもサスペンダー」「どうして股にくぐらせようなんて思ったんですか?」「へんなのー」とダメだしする。そ、そうだったのか……。
 サスペンダーを股にくぐらせたままの、帰り道。
 K島氏は一瞬白かったけど、すごむし、わたしも股の間にサスペンダーをくぐらせててへんだし、時の経過で変わっていくものはあるけど、でもやっぱりここにいる……と思いながら、満腹の腹を抱えて帰ってきた。
 ごろーんと横になって、枕元においてあった『〈映画の見方〉がわかる本 「2001年宇宙の旅」から「未知との遭遇」まで』を手に取った。
 映画評の書き手で個人的に好きなのが、四方田犬彦さんと沢木耕太郎さんと、この町山智浩さんだ(小説だと、北村薫、辻原登、若島正、松浦寿輝とかかな……)。シリーズ二作目の『〈映画の見方〉がわかる本 80年代アメリカ映画カルト・ムービー篇 ブレードランナーの未来世紀』を読んですげー面白くて、新宿中の本屋で一作目のこれを探したんだけどみつからなかった。それを書店員さんに話したら、「データを調べたら、名古屋の支店に一冊あった!」と、新宿の店舗まで取り寄せてくれたのだ。
 わたしはレンタルビデオ屋にべったり貼りついては、昔の映画を時系列ばらばらに摂取した世代で(もっと年上だと、名画座とかに行かないと昔の映画は観られなかったのでは)、恵まれてる一方で、どういう経緯でこういう映画が生まれた、とかの歴史にはうといのだ。この本を読むと、60年代、ハリウッドの大作が若者たちに受けいれられなくなって、70年代にかけて、作家性の強いニューシネマ(『イージー★ライダー』『俺たちに明日はない』『卒業』などアンハッピーエンドの青春ドラマ)が流行って、そしてその流れから76年に出てきたスタローンの『ロッキー』によって、再びアメリカの若者にハッピーエンドが受け入れられるようになって、ニューシネマは終焉を迎え……。という歴史がわかって、そしたら頭の中に長年、ゴッチャゴチャに詰めこんだままだった映画の記憶が、いまになって小気味いいぐらいすっきり収納されていった。
 深い知識と、さらなるデータ収集。ジャンルへの偏愛。それを武器に、自分なりに歴史を再構築していく想像力の“力技”。客観と主観、冷と熱のバランスがすごく好きで、こういう評論っていいよな……と思いながら、遅くなったけど最後まで一気に読んで、映画がやっぱり大好き、と思いながら、ばたっと寝た。
(2011年3月)


桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊となる読書日記第4弾『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』は好評発売中。


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