桜庭一樹読書日記

2011.01.06

またまた桜庭一樹読書日記 【第6回】(1/3)[2011年1月]

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フリル王子とミンクのマフラー
【フリル王子とミンクのマフラー】『伏-贋作・里見八犬伝-』サイン会当日のフリル王子。装丁にあわせた赤紫色のミンクのマフラーとスカート。お話に合わせた犬模様のネクタイ。女性陣完敗(100対ゼロぐらいで……)の夜……。(桜庭撮影)

12月某日

 あやまらない。誰にもあやまらない。たとえ兄に最悪のことがあってもだ。他人が兄やわたしをどう思おうと、兄さん、わたしはあやまらないわよ。もしもどこかで道に迷いそこから出てこられなくなったのだとしたら、それは兄さんが自分で望んだ時だけだ。

「厭になっちゃう」

――『海炭市叙景』


「この体におまえを宿した日を一生呪うわ」

 つまりは、この自分も両親に負けず劣らず異常だったというわけか。

――『罪深き愛のゆくえ』


「中国の昔話に超猿(スーパーエイプ)の話があるのを知っているな。人間ってのは、結局、あの猿なんじゃないかね? どんなに遠くまで行っても、《神》の掌から逃げだすことはできないのさ」

「それが、《神》のやりくちなんだ。かれと取りひきしようとひとりの人間が考える――その結果、おそろしく多勢の人間が苦しむ羽目になる」

《神》のユーモアを、私は憎悪する。

〈われわれと共にいる神は、われわれを見捨てる神〉

――『神狩り』


プロデューサーさん「そのエリンギ……」
わたし      「エリンギ!?」
プロデューサーさん「邪魔だから、どかしていいですか?」
わたし      「む、むむっ……」

 師走には、まだまだ早いものの、街にはクリスマスソングが溢れ始めて困ったなぁ、というころ。 『伏-贋作・里見八犬伝-』が無事に刊行されて(よかった……)、週末に開催されたサイン会も終わって、週が明けた日。
 いまでは普通のカーテンがかかっている仕事場に、TVクルーがどやどやとやってきた。「王様のブランチ」の撮影隊だ。
 前日、へろへろであちこちを掃除したものの、無駄に広いせいでなにがなんだかわからない。どこかに掃除し忘れてるところはないか、目が慣れてるせいで自分だけ気にならないけど、じつは異様なものが転がってたりしないか、と心配しながらクルーを招きいれたとたん、「そのエリンギ……」と床を指差されて、固まった。
 なに、エリンギ?
 担当S藤女史も、ライターさんも、リポーターさんも、わたしと一緒に女四人、そろってちょっとだけ中腰になり、せわしなくキョロキョロする。
 しばしの間をおいて、

プロデューサーさん「あっ、まちがえた! デロンギだった」
わたし      「…………あぁ!」

 と、デロンギヒーターを、エイエイと蹴ってどかす。
 撮影は二時間ちょっとで無事に終了して、その後、文春の編集さんたちと試写会を観にいくことになった。時間があるので、S藤女史と軽くご飯を食べて、ブータンノワールのムースというのを「なんだかわからんけどめちゃうまいすね」「自分では作れないご飯ってうれしいですねー」と薄切りの外国のパンにのっけてもりもり食べながら、さいきん面白かった本の話をした。
 わたしは、ちょうどいま山田正紀祭りを開催中。なぜかというと「GOSICK」のアニメの監督がファンクラブに入ってたというほどの読者だ、と聞いたからだ。担当のK子女史も好きらしくて、お勧めを聞いたのだけれど、初期作品は『神狩り』の新装版が今年の春に出てるものの、監督一押しの『チョウたちの時間』と、K子女史偏愛の『宝石泥棒』は、残念ながらいま手に入らないのだ……。

S藤 「じゃ、古書で買うとか……?」
わたし「むー。でも、いままでの経験から言って、一生懸命捜してようやく手に入れたとたんに、どこからか、ヒョイッと復刊するわけですよー。あのパターンにまた引っかかって、おなじみのガックリポーズをするのもなぁぁと思って、微妙に静観中なのです。でも、結局、捜して買っちゃうのかも……」

 S藤女史のほうは、これから観る映画『海炭市叙景』の原作小説をさいきん読んで、とても気に入ったらしい。芥川賞に五度ノミネートされた作家の、自死によって未完に終わった最後の作品だ。
 映画館に向かって、試写会を見て、帰り道。どこかで一杯飲みますか~、と言っていると、そういえば久しぶりに会った紋別君(いまは〈月刊文藝春秋〉編集部)が、

紋別君「あれーっ、怪我したんですか?」
わたし「ヘッ?」
紋別君「指に絆創膏が、ほら、ぐるりと(指差す)」
わたし「(見る)これは指輪です」
紋別君「………しまったッ!(と、顔色が変わる)」

 編集部にいちどもどるとかで、急いで横断歩道を渡りながら、振り向いた。黒縁眼鏡を光らせながら、なぜか、

紋別君「いまの失言、フリルにだけは、ぜったい、ぜったい、言わないでくださいよーッ」

 と、作家に口止めして、茶色いコートの裾を煙のように揺らしながら、雨の渋谷を颯爽と走り去っていった……。
 い、いまの、なんだったんだろ……(たしかフリル王子は一年後輩)。
 その後、二、三杯飲んで、軽く酔っぱらって、一時過ぎにタクシーで帰宅した。雨だなーと思いながら窓の外を見ていると、車内でラジオがかかっていて、世界の天気予報が静かな声で流れてきた。「伯林は、雨。マイナス5度……。リオデジャネイロは、雨。23度……。東京は、雨……。8、度……」目を閉じた。あぁ、今夜は世界中が雨だ。
 帰宅して、風呂に入って、出てきて、誰かが(また誰から聞いたのか忘れちゃった……)“ロマンス小説界のケッチャム”だとお勧めしていたアナ・キャンベルのデビュー作『罪深き愛のゆくえ』を読んだ。
 舞台は十九世紀のロンドン。弟妹を育てるためにいやいや高級娼婦になったヒロインは、魔性の女ソレイヤと、信心深くおとなしいヴェリティという二つの人格を意図的に使い分けて28歳まで生きてきた。ある日、年増になったので引退しようと失踪するが、ソレイヤに恋するイケの伯爵が執拗に追いかけてきて、彼女を拉致し、すごい古城に監禁する……。
 そして、延々、美男美女の大喧嘩が続く……(そうとう、続く……)。
 ヒロインが当初の反骨心から、誘拐犯への愛情に侵食されていく“ストックホルム症候群”の流れと、狂気の血筋に生まれ、父親からの虐待の記憶と、自らの危険で残虐な衝動に苦しむ伯爵の心の謎が、双方から語られて、盛りあがる! ……読みながら、美男美女じゃなくてどちらかが不細工で、欠落と過剰のぶつかり合いになったら、自分にとってはもっと“面白狂おしい”気がして、ソレイヤは絶世の美女だが伯爵がエレファントマン、と脳内で変換してみた。すると禁忌と生理的嫌悪感がつのってきて、さらに盛りあがる。
 著者の二作目は、ポテポテと歩いていた美人の未亡人が、娼婦と間違えられて誘拐されて、叔父によって監禁されていたイケの若い伯爵のもとに連れていかれて、いがみあいながらも次第に惹かれあう『囚われの愛ゆえに』らしい。じゃ、こっちでは未亡人のほうを『ペネロピ』のクリスティーナ・リッチにしてみたらどうかなぁ……いや、『ゴーストワールド』のソーラ・バーチとか……と、いちど本をおいて、目を閉じ、贅沢にも“ちょうどいい苦しみ”を捜して、いつまでも、あーだこーだと考えていた。




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