桜庭一樹読書日記

2010.12.06

またまた桜庭一樹読書日記 【第5回】(1/3)[2010年12月]

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伏せる爪
【伏せる爪】『伏』のサイン会にあわせて爪に髑髏犬を書いてみた。タ、タイトルも入れてみた……。ちいさいけど気づいてもらえるじゃろうか?(桜庭撮影)

11月某日

 胸くそ悪いな。エドワードのいうとおりだ――ベラは(略)典型的な殉教者タイプだ。生まれてくる世紀を完全にまちがえた。大義のために生贄としてライオンのエサにされるような時代がお似合いなのに。

「大丈夫だよ、すぐに冷めるさ。“一時的に熱くなってるだけ”なんだから」
 信じられない。あたしは頭を振った。めまいがする。「(略)まさかあなたまでそんなこというなんて」
「でも、そこが人間のすばらしいところなんだよ」エドワードはいった。「物事はうつろい、変わっていくものなんだ」

ここから出たくてたまらない。人間の世界へもどりたい。すさまじいむなしさを感じる。ジェイコブに会いたい。

「心配ないよ。きみは人間だ。きみの記憶は指からこぼれる砂のように消え落ちていく。すべての傷は時がいやしてくれるさ」

――『トワイライト』

 夕方まで仕事してから、〈週刊文春〉で、2001年から十年間の国内ミステリーを振り返る座談会、という企画があって、出かける。
 文藝春秋の受付ロビーで待っていると、フリル王子(新婚)が、背中に羽でも生えてるかのような軽やかさで階段を駆け降りてきた。「こちらですー」と、エレベーターホールに案内され、「めっきり寒くなりましたねぇ」などと話しながらエレベーターに乗った。

わたし  「なに着たらいいのかわかりづらい季節ですよね。秋と冬の間ってのは、まったくねぇー(と、ばーさんみたいに)」
フリル王子「そうですねぇ。今日なんて、とくに目上の方々の座談会ですから、失礼のないような格好と思うと、さらにむずかしいです」
わたし  「むっ……?」

 まじまじと、隣の美青年を見る。
 本日のフリル王子は、かわいい模様が散った赤いネクタイに、キタキツネみたいなもこもこした毛のベスト。光沢あるラメのジャケット。足元はというと、シンデレラのガラスの靴みたいな銀色のシューズで、どことなく、地面からきらきらと数センチ浮いて見える。
 えっと……?
 ――チーン!
 返事をする前に、九階に着いた。と、ショートヘアで細身のジーンズにスニーカー、少年のような女の子(文藝春秋の専属カメラマン)が、勇ましく乗った脚立の上から「あっ、こんちはー!」と言う。わたしも男っぽい服装でぷらぷら歩いてることも多いし、誰が男で女で、何歳で、って最近どんどんあいまいになっている気がするなぁ。なんだか近未来にいるみたいだ……。
 座談会は笠井潔さんと杉江松恋さんと三人で、国内ミステリーの話題だった。無事に終わって、帰り道。余談で出た刑事コロンボの話題(コロンボの口癖「うちのかみさん」が、あれだけいつもかみさんの話をしてて、もしも実在しなかったら? 番外編「ミセス・コロンボ」は別人で……。という話になって、サイコパスバージョンのコロンボが、とつぜんみんなの脳内でうごうご、うごうご動きだした)を、いつまでもうごうご、うごうご考えながら、神保町でふらりと電車を降りた。
 スマトラカレーの共栄堂に入った。ポークカレーを頼んで、さっそくもりもり食べていると、隣のテーブルに30歳前後ぐらいのスーツの男性二人組が座った。
 そろって大盛りタンカレーを頼んで、うれしそうに食べながら、

男1「カレーってうまいよな」
男2「同感」
男1「なぁ、俺の彼女ってさ、食べ物の好みがちがうんだよね。カレーほとんど食べないんだ。俺の好きなものを好きじゃないって、どう思う?」
男2「肉食と菜食、みたいなちがいの話?」
男1「ちがう、純粋にカレーの話」
男2「失礼」
男1「あぁ、あと、スシとスパゲティも……」
男2「ふぅん」
男1「……(もぐもぐ)」
男2「(とつぜん顔を上げて)じつはさ、俺の彼女もなんだよ。カレーを食べないんだ。で、二人とも食べたいものっていうと、もう焼肉しかなくってさ」
男1「(ニヒルに笑い)毎回焼肉って、高くつくだろ」
男2「二人で6000円ぐらい。……で、払うのは俺だし。たいへんだよ」
男1「カレーを食べないなんてっ! だいたいおまえも、なんでそんな相手とつきあってんだよ!(←と、激高)」
男2「はぁ、若気の至りだよ……」
男1「(ため息)」
男2「(肩すくめる)」

 ……なんだいったい? カレー同好会かなにか? もう一回、ちらっと様子を窺う。いや、内気そうな、ごく普通の色白の青年二人である。
 激高する白い青年たち(肉食系でも草食系でもなく、カレー系……?)がタンカレー大盛りをかっこむカレー屋をそっと出て、神保町の交差点付近にある映画館で映画を観て、さぼうるでコーヒーを飲みながらパンフレットを熟読して、夜中になってようやくうちに帰ってきた。
 風呂に入って、出てきて、さいきん気になって読み続けている『トワイライト』シリーズの3作目を取りだして、めくった。ちょうど一年前の『製鉄天使』の大阪でのサイン会で、K島氏が釘付けになってるのを偉そうにさんざん笑った、あれだ。なぜ一年後のいま、わたしが読み始めたのかさっぱりわからないけど……。
 人をひきつけるエンターテイメント作品にあるのは、優れた設定と、しかしそれとは矛盾してしまう、ある種の破綻なんじゃないかと考えたことがある。このシリーズを読むと、とくに。
 舞台は北米の田舎町フォークス。家庭の事情で、フロリダのママの家から、雨と霧に囲まれた町にあるパパの家に越してきた女子高校生ベラは、危険な匂いのする――のもそのはず、じつは吸血鬼の――少年エドワードと恋に落ちる。あなたと永遠に一緒にいたいからと、自分のことも吸血鬼にしてくれと頼むベラ。物語の骨格は、二人の禁断の恋を盛りあげて最後に成就させるという、固定されたハッピーエンドに向かってきっちりとつくられている。
 でも、ベラを取り巻く人びと、個性的な母親や不器用だが優しい父親、新しい友達と学校生活、再会した幼馴染ジェイコブ(じつは狼人間!?)との日々、そして彼らとともに歩んでいくはずのベラの未来の、平凡だけれど幸福な輝き……が、物語をあたたかく包み始めて、決められたハッピーエンド(恋人とともに吸血鬼になって、永遠に十代のまま夜の世界に隠れて生きる。ゴスっ子の夢だ)に抗い始める。幼なじみの少年は、その悲劇を全力で阻止しようと力いっぱい説得し続けるし、作者も、読者も、ベラも、そしてまさかの吸血鬼本人までもが、やっぱり君は吸血鬼になるべきじゃないよ、と同調する。それは、時の流れとともに成長していくことを拒否して“ここではないどこか”へ逃げることだから、でも君の“いまここ”はこんなにも愛と希望に満ち溢れて輝いているのに、と……。
 二巻から、進むべきエンターテイメントの骨格(ゴス・ワールド)と、作者のポジティブな人生観が、もう、がっぷり四つに組んで、大迫力の相撲を取り始めている。登場人物も、読者も、否応なく相撲に巻きこまれる。吸血鬼と狼人間の戦いは、他人事じゃない。十代の少年少女の奥で起こる、死と生、永遠と成熟、逃亡することとここに留まることの、激しいせめぎあいでもあるのだ。そして三巻で、両者の戦いは最高潮に達し……。
 抗う物語を、是が非でも当初の予定通り完結させねばならんと、作者ステファニー・メイヤーが、抵抗する自分自身や、じたばたいやがるキャラクターたちを乱暴に両脇に抱えて、壊れたブルドーザーのように、ハッピーエンドに向かって、雄たけびを上げながら走っていく。もうもうと上がる土煙。みんなの悲鳴。破綻から生まれた勢いとリアリティあふれる叫びが、読者を動揺させ、興奮させる。
“しっかりした骨格”があって、でもそれが“どこかで破綻”し、さらに、“作者にそれをごまかしきる気力と体力と意地がある”とき、物語は呪術のような感染力を得て、伝説的なエンターテイメント作品になる……。
 小説でも映画でも、破綻をみつけると、ついついドヤ顔で指摘したくなるけど、でも、ちがうんだな。そういえば人間も、ブルドーザーみたいに、矛盾した行動をとってるときにものすごくうつくしいことがある……と思いながら、目を閉じて、自分の中でも続いている永遠と成熟の間の長くて苦しいハルマゲドンの轟音にそーっと耳をすませた。




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