桜庭一樹読書日記

2010.11.05

またまた桜庭一樹読書日記 【第4回】(1/3)[2010年11月]

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ポジション・デ・ピエの一番
【ポジション・デ・ピエの一番】飯田橋の「鳥どり」のお座敷で。やおら立ちあがったK島氏が華麗に見せてくれたバレエのポーズ。
ポジション・デ・ピエの五番
【ポジション・デ・ピエの五番】そしてポーズその2。や、やわらかい……!
トゥ
【トゥ】ポーズその3。つま先で立ったー!?(桜庭撮影)

10月某日

 修道女たちはわたしたちを騙していたのだと結論を下す、もうひとりのわたしがそこに立ち会っていた。僧服を着る男と、ズボンをはく男の両方が生きている中間の世界が存在するのか、もしくは僧服の衣の下でなされていることをわたしが知らないだけだったのか……。

「善」と「悪」の中間は存在しなかった。

わたしは生まれて初めて「世界」の真の自然というものを理解できたのである。もしかしたらそれは「悪」の領分だったのかもしれないが、「知識」の領分でもあったのだ。

――『誇り高い少女』


F嬢 「いたい! 紙で手を切りました……」
I川君「えーっ、手のどこですか!(と、机によじ登らんばかりに身を乗りだす)」
わたし「あっ、心配してるの?」
I川君「いえ、あの、前から、なんとなく、F先輩の血の色って赤じゃないような気がしてて、ついコーフンしちゃって……」
F嬢 「むむっ(睨む)」
わたし「あぁ!」

 夕方である。
 東京創元社の一階に、今年になって突如出現した(というか改築した)ぴかぴかの応接室。
 刊行されたばかりの『赤朽葉家の伝説』文庫をテーブルいっぱいに真っ赤に積んで、ごそごそとサイン本の作成中である。編集部と営業部から交代でお手伝い人員がきてくれては、お喋りして、また去っていく。いまは編集F嬢と、営業I川君、SF班K浜氏である。このI川君はおそらく三年ぐらい前に新人で、読書日記のサイン本を作っているときに「あ、これもお願いします」と色紙を渡されてサインしているとき、K浜氏がふっと「ん、これはどこに飾るの?」「いや、これはぼくが家に持って帰ります」で、一同ドリフのコントみたいに倒れた、というやりとりがあった男の子……だと思う。(いや、人違いかも?)
 K浜氏が「そういや、前、時間SF傑作選『時の娘』を褒めてくれてたよねぇ。中村融の編纂だったらホラーSFのアンソロジー『影が行く』もオススメ!」と教えてくれる。メモメモ。……そういや、アンソロジストで選ぶ読書っていままであんまりしてなかったな?
 さいきん編集さんたちと話しているうちに、だんだんわかってきたのだけれど、アンソロジーの編纂にはどうやらいろいろな切り口があるらしい。ひとつめの方法は、傑作短編をかっちりそろえること。みんなが読んではずれなしのお買い得に仕上げるのだ。もうひとつは、傑作の間にゆるやかな(?)作品もさしこんで、全体のバランスをとる方法。……あれっ、これってなんだか音楽のアルバム作りに似てるなぁ。ということは、ダウンロードの増加で、アルバム買いから好きな曲だけバラ買いする方法が増えたように、短編小説もバラ買いされることが増えていくのかしら。うーん。
 サイン本はようやく半分ぐらい片付いたところだ。そうだ、トイレに行こう、と一階の裏口を出て、ゴス心を熱く刺激するでっかい倉庫(罅割れたコンクリート、謎の機械、生きてるものの気配のなさ!)を横切って、トイレに入った。……うぉっ! ここも改築されてるぞ! 『2001年』の宇宙船みたいな、四角くて真っ白な空間がとつぜん目前に現れた。まるでコックピットのような真新しい洋式便器が、静かな狂騒状態で鎮座している。あれっ、れれっ、いつものちっちゃい和式便器は……? 昭和から近未来にうっかりタイムスリップしちゃったみたいだ。
 う、ぃ、ぃ、ぃ、ん……と震えながら便器の蓋が開いたので、こわごわ、座る。すると、どこからか電子のクラシック音楽が流れだした。うわぁぁぁ! びびってトイレを出て、ゴス倉庫を抜けて、応接室にもどった。あれっ、F嬢が、黒魔術みたいに縮んだ!……んじゃなくて、いつのまにかオカッパで小柄な新人S嬢と交代していた。トイレが、トイレが、トイレがね、と言うと、「ふふふ、四階と五階のトイレも改築したんですよ」と得意そうに胸を張り、ちょこちょことエレベーターにわたしをのせて、四階に連れて行ってくれた。
 おぉ、ここにも宇宙船のコックピット的なトイレが……。「じつはですね、内蔵音楽の四番は『残酷な天使のテーゼ』なのですっ」とぽちっとボタンを押すと、なるほど、懐かしい『エヴァンゲリオン』のテーマ曲が流れだした。

わたし「えーっ。これって、最初から入ってた曲なんですか!?」
S嬢 「いいえ。製作部のS谷氏が入れました。彼は昔から『エヴァンゲリオン』のファンなのです」
わたし「おぉ!」

 しばらく遊んでから、一階にもどって、サイン本の山の残りを片づける。
 時計を見ると六時をすこし過ぎていた。編集部からふらふらと下りてきたK島氏と、F嬢と三人で、いつもの「鳥どり」に行って一杯飲むことにする。
 わたしは生チュー。F嬢はハイボール。K島氏は……なにかよくわからないけど、すっごく甘そうな飲み物。そういえばK島氏が飲むグラスにはいつも、この南国のピンクのでっかい花(ブーゲンビリア?)が一輪、ささってるなぁ。あの秘密の飲み物はなんだろう。
 そういえば、先週、サラ・ウォーターズの新刊『エアーズ家の没落』を読んだ角川書店K子女史から、「あのラストの解釈は○○○○でいいのかな?」と聞かれたことを思いだす。そのときはたしか、わたしが頭を洗濯機の脱水みたいに絞りまくって、

わたし「うーむ、古典的ゴシックホラーにはお作法みたいなのがあってね。『ねじの回転』(ヘンリー・ジェイムズ)とか『黒衣の女』(スーザン・ヒル)とか。いろいろな解釈ができるんだけど、ミステリーのようにどれが真相、と決めすぎないというか。だからエアーズ家も、幾つかの選択肢を出しながらもその中のひとつを選ばせないし、べつの説に誘導した伏線を、ミスリードでしたーと回収することもない。どれが真相かを決めすぎると、無粋になる……。えーと……。そうですね……。やっぱり専門家(って誰?)に聞いてくださいよ!(急に自信喪失)」
K子 「ええー」
わたし「って、なんでいやそうなんですか。だいたいわたしに聞くなんてさ!(逆ぎれ?)」

 ということがあった。そうだそうだ、ここに専門家(?)のF嬢がいるじゃないかと気づいて聞くと、ハイボールをお代わりしながら、

F嬢 「桜庭さんがいまおっしゃったのは、“朦朧法”といいましてね」
わたし「あっ、聞いたことある? でも誰から? それなんだっけ? ……あぁ、ワカラナイ」
F嬢 「朦朧法とは、作中で起こる怪奇現象の原因を明らかにしないで、読者の想像にゆだねることで、恐怖を増すという方法のことです。ヘンリー・ジェイムズやデ・ラ・メアが代表と言われてますが。エアーズ家もまた、犯人を特定する証拠を、おそらくですが意図的に提示せずにいるので、この方法論による作品と言えるのではないかと」
わたし「はー。なるほどー」

 そのあと書評の話になって、K島氏がとつぜん、

K島氏「やはり、坂東齢人の書評は素晴らしかった。後にノワール作家として鮮烈にデビューした馳星周の、書評家としての筆名ですが。ぼくは昔、彼の書評に魅せられて『天下を呑んだ男』(中村隆資)を読んだんですよ」
わたし「あぁ! 書評家・坂東齢人の伝説はよく聞きます。でもじつは書評じたいを読んだことはなくって……」
K島氏「彼が、笠智衆のバー『深夜プラス1』のバーテンダーをしながら、書評を書いていたころ……」
わたし「……」
F嬢 「……」
K島氏「彼が、内藤陳のバー『深夜プラス1』のバーテンダーをしながら、書評を書いていたころ……」
わたし「……」
F嬢 「……」
K島氏「うるさいですよッ!」
わたし「えっ、なにも言ってないのに!? なぜわたしだけ怒られる!?」
K島氏「いや、でも、顔が……。桜庭さん、さいきん、お気づきになってないかもしれないですけど、顔芸が発達してて、そこだけべつの生き物のように不気味に動くんですよ……」
わたし「そういやこないだ、マキメさんからも『顔の中からもうひとつ顔が出てきてコワイです』って褒められた(?)けど……。『白い果実』(ジェフリー・フォード)の顔面凶器みたいだ……。でもさ、だってさ、うっかり笠智衆と内藤陳を言いまちがえるなんて、そんなことがほんとにあるのかって、驚愕したんですよ! しかも、わたしならともかく、しっかり者のK島氏が……」
K島氏「ぼくは、疲れてるんですよッ! やってもやってもゲラの山が。それに原稿が、今週は長編一本、短編四本、いろんな作家さんから一気に届いたりして。いや、ありがたいんですけど……。あっ、そこでコソコソなにしてるんですか!?」

 よれた紙ナプキンに、ボールペンでこっそり“ないとうちん”と書いたところを、K島氏にみつかり、さらに怒られる。

わたし「いや、なにも……。わたしは、ただ……読書日記のネタにしようと思って……。忘れないように、その、メモを……」
K島氏「くぬっ! こやつの前で口を滑らすと、こうだ!」

 武将のように悔しがる。あはは、ないとうちんー。
 その後、わたしがとつぜんダンスを習いたいと言いだし、するとF嬢が、K島氏が遠い昔、五歳ぐらいのときに函館でバレエを習ってたと暴露する。踊って見せてと女二人でやいやい言っていると、しばし無言で、肩で耐えていたK島氏だが……やおら立ちあがり、「鳥どり」のちっこいお座敷で、びっくりするほど華麗に、「ポジシオン・デ・ピエの一番」と「五番」と「トゥ」を見せてくれた。す、すごい……! 足が軟体動物みたいだぞ……!

K島氏「そして、これが……ピルエットー!!(くるくるくるーっ)」
わたし「あわわわ!」
F嬢 「ブ、ブラボー!」

 そういやF嬢もバイオリンが弾けるし、チェロが弾ける編集長もいるし、編集者の副業というか、副特技はなかなかあなどれないのだ……。
 終電間際まで呑んで、地下鉄の改札で二人と分かれた。
 一人になった途端に、すーっと辺りの空気が冷えていって、同時に、あれっ、でもまだ、あの二人に聞いてないことがあるぞ、大事なことを……でも思いだせないおかしいな……という気持ちになった。
 本を読む人たちと会うと、別れ際に、ときどきこういう気分になる。本とは一人で読むものだし、すすんで孤独になる装置だけど、そうやって一人で読んで歩いていって、ときどき曲がり角で再会した誰かに、あの、あれはさ……と聞いたり、師匠すじみたいな人をみつけると、教えを請いたいことがあるのだ。
 でも、問いが思いだせない。理想とする答えも、いまだわからぬ。ぼんやーりした夢の中をずっと、目も見えず、音も聴こえないまま歩き続けてるみたいだ。
 地下鉄に揺られて、帰った。
 鞄に放りこんでいた『誇り高い少女』(シュザンヌ・ラルドロ)を読みながら帰って、家についてからもぐいぐいと夢中になって読んだ。
 第二次世界大戦終了後、フランスには無数の“ボッシュの子”(ナチス・ドイツ軍兵士の子)が残された。カトリック社会で、異国の血を引く父なし子を生んだ若い母親たちは責められ、子供たちの多くは修道院の運営する孤児院につめこまれて、貧しく苦しい暮らしを余儀なくされた。著者のシュザンヌもその一人。現在では五十歳を過ぎ、安定した職につき、夫と子と孫に囲まれる彼女は、だが、当時は“誇り高すぎる”という謎の理由で里親にも捨てられ、孤児院でナイトメアじみた不思議な灰色の暮らしを送っていた。
 ノンフィクションだけど、大人版『少女パレアナ』『秘密の花園』といった、少女ジュブナイルらしい冒険と反骨精神に満ちていて、苦しいけど、ずっと楽しい。孤児院の暮らしと、正反対の性格の少女との友情が、『ジェーン・エア』の少女時代のジェーンとヘレンを思いださせる。ジェーンのように卒業していけないまま、使者とともに、永遠にローウッドに閉じこめられているような……。
 訳者解説によると、現在、フランスには“ボッシュの子”が約二十万人いるという。シュザンヌのようにひどく差別されて育った孤児もいれば、家族の“愛情による沈黙”でそのことを隠されて育ち、五十年も経ってから真実を知る場合もある。後者の立場の女性が記した、その名も『ボッシュの子』という本も同じ訳者で刊行されている。
 ひどく酔いが回ってきた。読み終わって、寝た。




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