桜庭一樹読書日記

2010.08.05

またまた桜庭一樹読書日記 【第1回】(1/3)[2010年8月]

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変なTシャツ
【変なTシャツ】文春I井氏からの誕生日プレゼント。達筆な謎Tシャツ。下は同じく文春S藤女史からの入浴剤「くたばるな、わが身!」。チアリーダーのコスプレのおばあさんが、瀕死のおじいさんを応援している写真つき。そんなこんなでまたひとつ齢を取ったのだった。くたばるな~、わが身~!(しかし猛暑~あち~)(桜庭撮影)

 洗濯が苦手なので、下着は新しく買って、今まで着ていたものを橋の上から川に捨てるという話も聞いた。私はその話を聞いた時、思わず喝采した。チマチマと小さな常識に腕を通してまとっている自分を嘲笑したのだ。(略)
 公園の地下に、茉莉さんの白い下着がずらっと眠っている絵柄が浮かんでくる。地中のパンツ達が地上の凡庸な喧騒を笑っているのだ。それを思うと愉快になってくるのである。

――『劇的な人生こそ真実』

7月某日

 チクワを縦半分に切ったのの天ぷらがあったので、箸ではさんで口元に持っていき、齧った。
 すると……。

わたし「バナナだ!?」

 お昼の十二時過ぎ。
 場所は飯田橋のホテル内の和食屋さん。個室の黒い長テーブルに大人が八人も座り、和食のコースをもぐもぐと食べている。目の前にいるのは、作家の辻真先さんと貫井徳郎さん。あとは東京創元社の編集さんたちである。
 今日はミステリー短編の新人賞「ミステリーズ!新人賞」の選考会だ。今回、生まれて初めて選考委員なるものをやることになった。緊張と、あと普段は昼まで寝てることもあって、けっこう寝不足である。
 貫井さんが重々しくうなずいてみせて「そうなんですよ。チクワじゃなくてバナナだったんです。ぼくもさっき齧ってびっくりした」と言う。それを聞いた辻さんが、(えっ、ほんとにバナナなの!?)と警戒するように天ぷらをみつめる。
 前から不思議に思っていたんだけど、いろんな賞の選考会で「コースのごはんを食べながらみんなで侃々諤々」って、食べてるのかしゃべってるのか、なにがなんだかわからなくならないのだろうか。と、初めてなのできょろきょろしながら見ていたが、みんなでぽんぽんと議論していて、ふっと天使が飛んだ瞬間、I垣女史が「まぁ、お食べになって」とほんわかと言うので、はっとして、ガラス鉢の中で冷えた茄子や、ぴちぴちのお刺身などに箸を伸ばす。そのあいだずっと八人の頭上に天使がぐるぐる飛び続けていて、なんとなく、みんなこの皿を食べ終わったな、というころに、誰ともなく「しかしこの書き手のよいところはですね……」と議論を再開する。すると天使がふっとかき消える。その繰りかえしで粛々と時が過ぎていく。
 って、こうなってたのか!
 発見である。そーうーかー。
 で、議論のほうはかなり意見が分かれた。これまで、好きな本はただただ「好きだっ!」できたけど、こういうお仕事も請けるようになったら、どこがよいのか、逆にこの作品はなぜだめなのか、ちゃんと言語化できないといけないなぁ、と思った。あと、自分の読書傾向とちがうものも真っ白になって読んで、フェアに判断できないといけない……(だけどそれってたいへんむずかしい……)。
 三時間ちょっとかかって、選考会が終わった。喫茶室でみんなでケーキやパフェをもりもり食べて、帰ってきた。
 でも、あれっ、まだ夕方である。ようやく四時を過ぎたところじゃないか。
 床にごろごろしてちょっと寝て、起きた。読みかけの『劇的な人生こそ真実 私が逢った昭和の異才たち』があったので、手を伸ばしてつかんで、読み始めた。数日前にI垣女史からお勧めのメールをもらって、「これは!」とさっそく買ってきたのだ。
 萩原朔太郎の孫で、萩原葉子の息子である萩原朔美が書き記した、昭和の七つの風景。著者は高名な文学者の家に育って、それに写真を見るとびっくりするほど端整な、絵になる美男子(ドリアン・グレイみたいな)だ。若いころから年上の人たちにかわいがられて、アイビーファッションに身を包んで、渋谷パルコのタウン誌「ビックリハウス」を創刊したり、寺山修司の劇団「天井桟敷」や暗黒舞踏の土方巽の舞台で演出を任される。
 その若い日の萩原に、タウン誌を任せてくれたパルコの創設者、増田通二に関する章が、面白い。増田は高校生のときに空襲に遭って、自分の家も駅も商店もなにもなくなった空間を目撃した。「何にもないんだ。広い公園なんだ」「無くなるんだ街は」そして、大人になった彼がつくったデパート、渋谷パルコは、渋谷駅を出て坂をのぼったところにある。彼はいちど街を、建物もなにもなくしてただの空間にして見てから、企画を立てる癖があった。坂の上にいいもの(お城?)があって、そこに向かって女の子たちがのぼっていくイメージでパルコは造られた。そして“パルコ”とはイタリア語で“公園”のことなのだ……。
 ほかにも、母の友人、森茉莉と子供のころから仲がよかったり、『家畜人ヤプー』の発表前からなぜか沼正三と親交があったり(新潮社校閲部の名刺をもらったって……えー……)と、見えるようでなかなか見えない、昭和のアングラの世界がぱかぱかと口を開けて「こうだったんだよー」と教えてくれる。
 こりゃ、おもしろい……。たしかに……。と思いながら、選考疲れか、一冊読み終わったら気が抜けて、いつもより早く、まるで知らない人に首の後ろの電源ボタンをとつぜんぽちっとOFFにされたように、ぱたっと寝た。




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