桜庭一樹読書日記

2010.01.06

また桜庭一樹読書日記 【第7回】(1/3)[2010年1月]

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謎のFax……
【謎のFax……】この読書日記の単行本はSF班K浜氏が、Web連載は海外ミステリ班M澤氏が担当してくれてるのですが、三冊目『お好みの本、入荷しました』製作中にK浜氏より届いた謎のFax。一枚目には「カバ丸です」としか書いてないのだけど……(つづく)。(桜庭撮影)

なぜこんなに淋しいのだろう? 部屋の戸口に立ち止まり、そのままドアの枠に肩をもたせる。こんなに淋しいのになぜ人間が嫌いなのだろう? こんなに淋しいのに人間が嫌いなら、いったいどうすればいいのだろう?

――『彼女がその名を知らない鳥たち』

12月某日


 もうすっかり、冬だ。
 ところでK島氏は、いま、たいへん忙しそうである。まぁ編集さんはみんな、年末なのもあってかヘロヘロで、K子女史からも「いま生涯でいちばん前髪が長い!(けど、美容院に行けない!)」という連絡がきていた。K島氏とはよく、いま読んでる本の報告をしあってるんだけど、ここしばらくというもの、くる連絡というと、
「佐藤正午の本(『身の上話』)を読んでます。おもしろいです」→「まだ佐藤正午を読んでます」→「まだ途中です。しかしやっぱりおもしろい……」→「いまですか? だから、佐藤正午をっ!」 と、仕事の合間に、一生懸命、プライベートの読書をはさみつつもなかなか一冊が終わらないという状態が続いていた。
 わたしのほうは〈週刊文春〉の連載『伏 -贋作・里見八犬伝-』が始まって、一週間に一回締切がくるというのが初めてなのでどきどきはしているのだけれど、相変わらず本はぐいぐい読めている。
『このミス』をぱらぱらしてたら話題に上がってた、飴村行という人の本を探しに、単行本のミステリ棚に行ったら、ぜんぜんなくて(文庫書き下ろしだったらしい)、代わりに、同じアの棚で泡坂妻夫の怪しい短編集『鬼子母像』をみつけて読んだり。そしたら、こう、幻想的で罪深くって、こう、皆川博子風というか、すっごくよかったり。あと、K島氏が「ぜったい桜庭さん、好きですよ!」と言っていた創元推理文庫の新刊『ソフィー』『閉じた本』も読んだし、川出正樹さんにいただいた、生まれるずっと前に出たポケミス(スタンリイ・エリンの『ニコラス街の鍵』)もおもしろくて、同じ著者の作品を探したけども軒並み絶版だったり。やはりアマゾンで買い物できる人間に進化するべきかと、また、迷ったり。その二人にお勧めされた、イギリス人のメイドが主人公のゴシックサスペンス『リヴァトン館』(3000円もする)を読み終わった直後に、版元の人が一冊送ってくれて、悔しかったり。人にそのあらすじを話してる途中でなぜかロバート・ゴダードの『リオノーラの肖像』と混ざって、うっかり、嘘っこを教えてしまったり。トマス・H・クックをいまごろ一人でまとめ読みしたり……解説にある“雪崩を精緻なスローモーションで再現するような”どおりの作風でやっぱりすごかった……。あと、近所の書店の“詩人の小池昌代さんがお勧めする本”コーナーでみつけた、沢木耕太郎が自身の父について書いたノンフィクション『無名』……。佐々木丸美の新装版もアリ塚のように積んで、一気に再読……。もう、とにかく毎日、当たりの本ばかり引き当てては読んでて、楽しいー……。
 といっためくるめく日々を(って、長くてすみませんでした……)、ゲラの山に囲まれて身動き取れないK島氏に、にたにたしながら逐一、報告していた。
 で、そろそろ「キーッ! なんなんですかっ、ぼくは大好きな佐藤正午をちょっとしか読めてないのに!」と、壁をたたいて怒るかなぁ、と思ってたら(←その『身の上話』という本も、結局、わたしが先に読み終わっちゃった)、年末近くになって、「例のサスペンス復興委員会の忘年会でも開きますか」と急に連絡がきた。
 メンバーは、オツボメン、F嬢(薙刀二段)、書評家の川出氏、わたしである。四人の共通点は「カーとアメリー・ノートンが好き」だろうか……。ちがうだろうか……? ともかく、飯田橋《鳥どり》で夜七時に待ち合わせ。
 当日、大雨の中を、まず西新宿にちょっと用があったので出かけて、最近ようやく入れるようになった西口の〈ブックファースト〉(コクーンビルという銀色の要塞の地下にあり、入り方がちょっと難しい)に寄った。すると、海外ミステリーフェアの棚があって、誰がセレクトしたのかものすっごくマニアックな、誰かの家の本棚みたいな並びになっていた。『最後の審判の巨匠』が普通にあるし、それに、えぇと、えぇと……。
 せっかくなのでiPhoneで撮影して、今夜の忘年会でそれを見せてお勧めを聞いて、明日もう一回こようか、と思う。単行本で失敗すると辛いので(財布が)、ポケミスの棚から、とりあえず、シャーロット・アームストロングの『疑われざる者』、あと『ママは何でも知っている』を選んだ。クリスチアナ・ブランドもたくさんあるけど、文庫でもいろいろ出てて未読が残ってるからなぁ、と迷って、吟味して『猫とねずみ』一冊だけ買った。
 飯田橋に移動。〈鳥どり〉の入口で、まずF嬢と、ついで川出さんとばったり会う。三人とも時間ぴったりにきたということだろうか……? K島氏はゲラの山に囲まれてすこし遅れるとのことで、さきに始める。
 フィリップ・マーゴリンが知らないうちに絶版になってるらしい。『黒い薔薇』『葬儀屋の未亡人』を持ってるので、引越しなどでなくさないように大事にしとこう、と思う。『暗闇の囚人』というのもお勧めだったらしい。F嬢からトム・リーミイの『沈黙の声』というSFをもらい、著者とハーラン・エリスン(『世界の中心で愛を叫んだけもの』の人)の交友について聞く。川出さんから、一冊しかないので要返却だが、と(K島氏からもそう言われて借りることが多い。わたしたちは絶版の海で戦ってるのだ……)『殺人の朝』『消えた犠牲』を借りる。さっき書店で迷ったクリスチアナ・ブランドはというと、『ジェゼベルの死』が作風の極北でお勧め、と聞いて、それは昔読んだので、いちばんいいのをもう読んじゃったのだろうかと思うと、知らない間に蜜月がひゅんっと終わってたようで、ちょっとだけ不安になる。あ、K島氏がきた。ピンク色で、南国の派手な花が幾つもささっている、謎の飲み物をいそいそと頼んだぞ。そういや、いつもそれを頼むなぁ。なんだか、古い翻訳で名探偵ポアロを読むたびにかならずポアロが飲んでる、ものすごく甘いという“黒スグリのシロップ”を思いだすなぁ。たぶんカシスのリキュールのことじゃないかな、と、大人になってから推理してみたけど、どうなんだろ……。
 デイヴィッド・イーリイが好きそうだけど、来年辺り文庫になるから、ちょっと待ちなさい、とか。昔、K島氏がお勧めしてた『悪魔に食われろ青尾蠅』という素敵タイトルの本と同じ著者による『殺意のシナリオ』もお勧めだとか。ボアロー&ナルスジャックがなかなか復刊しないぞとか。アメリー・ノートンの『殺人者の健康法』が好きなら、鳥飼否宇さんの『官能的』もいいかも、とか。「メアリー・ノートンと紛らわしいからあまり売れないんですかねぇ」とか(←これを言ったのはK島氏)。「あ、『リヴァトン館』2冊あるんですけど、誰か……」と、わたしが取りだしてみたら、四人とももう読んでたりとか。で、結局、創元の海外ミステリ班新人、S嬢が「これからたくさん読んで勉強する!」と言っていたので、K島氏に預けたりとか。
 そんなことをしてる間に11時ぐらいになったので、帰ることにした。買った本と、借りた本と、もらった本で、鞄がずっしりと文字で重たかった。
 帰りの電車で、読みかけのままもってた沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』を読んだ。
 悪い男、黒崎に利用されて傷ついた十和子は、下品で貧相な年上男、陣治のもとに転がりこんで暮らしていた。黒崎が行方不明とわかり、十和子は陣治が殺したのではと疑い始めるが……。
 わざと書割のように書いてみせる町、部屋、そして、いわゆるずるい人間たちの中で、陣治という不気味な男のその存在感だけが、すぐそこにいるようにものすごく生々しく迫ってきて、こ、わー、い。女の心とからだの傷から、気味の悪い形の花が、やっぱり気味の悪い造形の虫を呼ぶように、フェロモンが出て、女以上に傷ついた男が、くんくんしながら寄ってくる。二人は離れられなくなる。いやな姿なのに、そこまで絡みつくようにして一緒にいるのが、なんだか暗くて重たくて、眩しい。
 どうなってしまうんだろう、と思いながらページをめくる。四ッ谷駅で乗り換えて、赤いラインが目印の地下鉄丸の内線に揺られながら、またページを開く。どうなってしまうんだろう。
 二人の破滅が近づいてくる。でもまだ、読んでるわたしも、本の中の十和子も、気味の悪い陣治の部屋に、もうちょっとだけ、いたい。永遠にいっしょにいたくはないけど、まだ別れ別れにはなりたくない。ゆっくりページをめくりながら、地下鉄の、ゴォォーッという鈍い音を聞いている。



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