桜庭一樹読書日記

2009.12.07

また桜庭一樹読書日記 【第6回】(1/3)[2009年12月]

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【謎の道行き】※注意:音が出ます 大阪のサイン会にて。控え室から会場に移動する様子をば。撮影はS嬢(海外ミステリ班新人)。今月から試験的に動画日記を採用してみました。四角い魔物(iPhone)で……。(編集部・S撮影)

「一つだけあるんだ。きみは自分の人生は虚しいといつもわたしに言っていた。それはきみに本当の家族がなかったからだ――というか本当の友達が。戦争に耐えられたのも、きみには戻っていくべきものがなかったからだ」
「それは今も変わっていないよ」

――『リオノーラの肖像』

11月某日


 『製鉄天使』のサイン会である。
 今週は大阪。午後二時からなので、各自好きな時間に東京から新幹線に乗って、一時ちょっと前に新大阪駅でざっくりと集合である。
 到着して、K島氏の携帯にかける。と、駅内の書店にて待っていてくれたらしく、手ぶらにて、「あっ、桜庭さん!」と、ちょこちょこと改札まで走ってくる。

K島氏「ぼく、ちょうどそこで、吸血鬼と人狼のことを考えてました!」
わたし「へ?」
K島氏「トワイライトですよー、トワイライト」

 歩きながら、書店で販促用の動画が流れていたという人気の海外YA『トワイライト』 (さいきん映画化された)の話になる。どうやらK島氏は、20分近くも、その動画に謎の釘付けになってたらしい。
 身振り手振りもまじえて、夢中で、

K島氏「主人公のBFが吸血鬼でしてね、でも、もう吸血鬼の国に帰らないといけない、だから君とはつきあえない、みたいなことになって。そしたら主人公が『危険な目にあえば彼が助けにきてくれるはず』と、崖から海に飛びこむんです」
わたし「そんなことしたら死んじゃうじゃないですか!(←って、愛の奇跡を信じられない人の発言?)」
K島氏「すると、なんと別の男が現れて彼女を助けてくれるんですけど。その男が、あるとき、走ってたら、急に、狼に……そう、こんどの男は人狼だったのです!」
わたし「えっ!」
K島氏「“優しい彼と、激しい彼、どっちを選べばいいの?”と主人公は慟哭するわけですけど、でもね……」

 おや。なにか急に不満そうである。話しながら電車に乗って、大阪駅へ。《紀伊國屋書店梅田本店》に向かいながら、拳を振りあげ、

K島氏「優しいとか激しいとかの問題じゃなく“吸血鬼の彼と人狼の彼、どっちを選べばいいの?”じゃないですか!」
わたし「エッ、なんで、そこで怒りの導火線に火がつくんですか。わからん……」
K島氏「それにしても、よりによって、こっちは吸血鬼、こっちは人狼……。この子は、普通の男の子からは好きになってもらえないんでしょうか……」
わたし「いや、変人受けするんじゃないですか。でも、なんにしろ、モテてるんだからいいじゃないかよ……」
K島氏「いま大ヒット中なんです!」

 そういや、と、ふと、何年も前に見始めたら止まらなくなった海外ドラマがあったことを思い出す。 UFOで有名な街、ロズウェルの普通の女子高生が、危険な目にあったところを助けてくれた謎の転校生マックスと恋に落ちるが、マックスはじつは宇宙人だった……。このマックスが、主人公の部屋に忍びこんで壁におおきなハートを書いたり、宇宙人の着ぐるみで変装して(自分だってもともと宇宙人なのに!? 二重に!)後をつけたりと、恋愛ドラマのはずなのにストーカーっぽくて変だったのだ。一時期、謎の釘付けになって夢中で見ていた。
 と、K島氏がはっと現実に帰ってきたように、わたしを見て、

K島氏「あれっ、そんなことより、桜庭さん、荷物をひとつ持ちましょうか。そっちのシールのほうだけでも」
わたし「いや、大丈夫です」
K島氏「でも、ぼく、いま、手ぶらですけど……?」
わたし「いやいや」

 『ロズウェル』のことを考えてるうちに、会場に到着。書店員さんがつくってくれた真っ赤なリボンつきのおおきな「製鉄天使」看板が控え室のドアに貼ってあった。おぉ!
 特攻服と地下足袋に着替える。特攻服は後ろ姿が派手で、前から見るとさびしいので、と、サイン会用に営業S沢氏が前側に薔薇や髑髏のアップリケをたくさんつけておいてくれた。着替えて、店頭用のサイン本をつくって、控え室を出ると、会場まで地下の繁華街をけっこう長く歩く。女の人たちがみんなおしゃれして休日のお出かけを楽しんでいる中を、行く。けっこう恥ずかしい。

わたし「わ、わたし、なんに見えるでしょうか……」
書店員さん「バイクが壊れてやむなく電車で移動中の、ごく普通の暴走族に見えております。大丈夫!(冷静)」

 そ、そうか……。
 サイン会は無事に進んだ。作家が不思議な扮装をしていることを除いては……。大阪は三回目なので、見覚えのある顔もちらほらいてくれた。
 終わって、また控え室にもどって、着替える。中華屋さんであんかけ焼きそばを食べて、駅に向かおうとすると、K島氏がまた荷物を持ちましょうかと言うので、また断る。
 すると、しばし、不満と不審の混ざったうろんな目つきでわたしを観察していたが、急にひらめいたらしく、はっ、と息を飲んだ。

K島氏「(眼鏡に指を当て、うさんくさそうに)桜庭さん、もしかして、いま、『人に荷物を持ってもらうほど軟弱な己ではない!』みたいなことを考えてるんじゃないでしょうね」
わたし「あれっ、図星です……」
K島氏「この場合、『強がっちゃって、かわいー』とか言いかえされたら、こんどはいったいどうなってしまうんですか」
わたし「(鬼の形相で)むかーっとします!」
K島氏「うへ。桜庭さんって、ある意味、めんどくさい人なんですねぇ……」
わたし「(弱気に)そ、そんなことありません……。扱いを覚えたらじつにかんたんな人です」

 電車に乗る。
 席が一つだけ空いてる。
 それを横目で見たK島氏が、また眼鏡に指を当て、

K島氏「もしかして、座ればと言ったら、またもや『そんなに軟弱な己では!』が、始まるとか?」
わたし「はい、もちろん」
K島氏「うーん、やっぱり、ある意味、めんどくさいなぁ、もう……」

 わたしは一人のときも、電車に乗ったらなるべく座らない。すいていても立ったまま本を読む。
 これには、じつは深いわけがある。昔『花のあすか組!』を読んでいたら、こんなシーンがあった。一人で族をはるあすかが、大勢にボコられて家に帰ってきて、ふぅ、と椅子に座ったところ、あまりにも痛くて(アバラが折れてた?)それきり三日立てなくなった。あすかは「以来、電車でもどこでも、座らねぇことにしてる。人間、てめぇの二本の足で立ってたほうがいいにきまってんだ」と渋く語った。
 これを中学のころに読んでひどく感化を受け、

わたし「以来、電車……は残念ながら鳥取になかったんですけど、バスに乗ったときはガラガラでもぜったいに座らない、そんな謎の女学生になったのです。……って、聞いてます?」
K島氏「つきましたよっ。立ったままっ。新大阪にっ」

 そろそろ怒られそうので、意地を張るのをやめる。とはいえ、後はもう新幹線に乗るだけだ。
 と、思ったら、まだ終わってなかった。新幹線のホームでまたはっとK島氏がつぶやき、

K島氏「もしかして、グリーン車がよかったですか?」
わたし「(鬼の形相)いやだ!」
K島氏「って、なんなんですかっ! 気を使ってるのにーっ!」

 双方、ぷりぷりしながら新幹線に乗る。
 寝る。
 家について、いただいたおみやげを開いたりお手紙を読んだりして、それから『リオノーラの肖像』を取りだした。
 ロバート・ゴダードはずっと、ルース・レンデルと同じく、好きそうだなーと思いつつ、何冊か読んだけども当たりの作品に出会えてないような変な感じで、もじゃもじゃした気持ちになる相手だった。誰だかのお勧めで(誰かは忘れちゃった)リオノーラを探してて、でも絶版だったところ、当時の〈小説すばる〉担当嬢がみつけて、送ってくれたのだ。それを読もう読もうと思いつつずっと積んでいた。
 読み始めたら、するすると流れだした。老女リオノーラは、初老になった娘を連れて、少女時代をすごした屋敷にもどってくる。ずっと心に押し隠していた疑問、出生の謎を知るために。娘に語りかけるリオノーラの語りの中に、さらに、戦争で死んだ父について話にきた戦友の語りが始まり、まるで、箱の中に、さらに箱があって、またさらに……無限に、ミクロになっていく過去の情景に連れていかれて、帰りの道に迷いそうな、わくわくする不安さがある。
 やがてゆっくりと現在にもどってきて、娘とともに老女リオノーラは歩きだし、そこで、最後の謎がふわりと解けて、あとは老境を迎えたいまのゆったりした時間だけが残る。
 設計図のように書きだしてみると、歪んで、エッシャーの騙し絵みたいに変な感じがするようで、でも、おもしろかった。うーん、これがベストなのかな、でもまたどれか読んでみよう、と悩みながら、とりあえず今日はもう、寝た。



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