桜庭一樹読書日記

2009.10.05

また桜庭一樹読書日記 【第4回】(1/3)[2009年10月]

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編集部の隅にて
【編集部の隅にて】できあがった特攻服を試着したまま、F嬢(薙刀二段)とともに本棚の前で世間話を。「う~む。この格好でどの本を持ったら、おもしろいでしょう?」「J・G・バラードの『殺す』なんてどうでしょう? それか『ライ麦畑でつかまえて』とか……」ちなみに、右端に写っているのはF嬢が会社に置きっぱなしにしているマイ薙刀。(S沢撮影)

バスに乗っているとき、ふと窓の外を見て、一年も前に死んでしまったはずの人の姿を見たら、あなたはきっとびっくりすることでしょう。ましてそのときが、彼の未亡人の再婚祝いのプレゼントを買いに行く途中だったら……(略)……あなたならどうしますか?

――「あなたならどうしますか?」

9月某日


  新刊『製鉄天使』の著者近影を撮るために、中野坂上にあるスタジオに行く。主人公の衣装と同じ、真っ赤な特攻服でうんこ座りしての撮影なのだ。
 特攻服は、営業担当のS沢氏(『少女には向かない職業』でもお世話になった)が、原稿を読んでコピーを考えて、厚木にある専門店まで、週末、家族四人で出かけて特注してくれたという、力作だ。
 真っ赤だ!
 着てみたら、ふっと、とつぜん蘇ってきた記憶があった。その昔、マレーネ・ディートリッヒみたいな男装の麗人に憧れてメンズスーツ風の服を買って、はりきって着てみたら、なぜかチャップリンそっくりになってしまった……というおそろしい過去だ。あれっ、特攻服も、ちいさいせいかぜんぜん怖くならない。お父さんのスーツをはおったみたいなことになっている。ま、いいか。
 メイクを終えて、背中に入ったタイトル『製鉄天使』が見えるように後ろを向いたまま、首だけぐいっと曲げて横顔を見せる、というポーズを取る。カメラマン氏が「桜庭さんの首の回り次第ですよ、がんばって!」と言う。たいへんだ……。ものすごくがんばって首を回す。

カメラマン氏「うーん。手に、なにか持ったほうがいいなー。あっ、タバコかな」
わたし「わたし、バナナなら持ってますよ」
カメラマン氏「バナナ!?」

 お腹がすいたときのために、うちの台所から一本、もぎって持参したバナナを握ってみると、なにかすごくシュールになって評判がいい。
 何パターンか撮った後、本を読んでるところもいちおう撮っておこう、ということになる。特攻服のままで、しゃがんで、本を持ってみる。
 撮影が無事に終わって、着替えて出てくる。編集、営業、デザイナーさんでなにか相談しているので、輪に入ろうと近づいた。
すると、くるり、と振りかえったK島氏が、真顔で、

K島氏「あっ、いま、大人の話をしてますからあっちにいっててください~!」
わたし「あ、はいはい……」

 引き下がろうとして、ハッと気づいて、反論する。

わたし「ちょっと、わたしも大人ですよ!」
K島氏「ははは」
わたし「というか、K島さんのほうが年下じゃないですか!?」
K島氏「はい、はい」

 ぜんぜん相手にされないので、おとなしく隅でお菓子を食べながら待つ。
 その後、新宿のルノアールに移動して〈Webミステリーズ!〉用のインタビューを受ける。『赤朽葉家の伝説』では“せかい=ビューティフルワールド”という言葉で書かれていて、今回の『製鉄天使』では“せかい=えいえんの国”になっているが、それはなぜ、とか。ビューティフルワールドは未来で、えいえんの国は過去なのかなぁ、とか。あの金ピカのラストシーンは、なんとK島氏が見たという夢を採用したのだ(←ほんとう)とか。いろいろ話す。
 インタビューが終わって、バルト9が入っているマルイの上にあるお寿司屋さんで、K島氏、F嬢、海外ミステリ班のM澤氏と、食べ放題コースでがんばることにする。
 食べながら、

F嬢「最近、なにがおもしろかったですか」
わたし「えぇと……あっ、ついに復刊されたヘレン・マクロイの『幽霊の2/3』、おもしろかったですよ。飲みの席の余興で“幽霊の2/3”というゲームをしてるときに人気作家が変死して、その後、彼のおどろきの過去があきらかになっていくという……。タイトルが彼の秘密とじつはピッタリで、ぞくっとしますねー。たしか貫井徳郎さんがもとの創元推理文庫版を大事に持っておられたと聞いたような」
F嬢「マクロイお好きなら、ほかに『家蠅とカナリア』『ひとりで歩く女』もお勧めですが」
わたし「なるほど、メモ、メモ……。あと、積み本にしてたシャーロット・アームストロングの短編集『あなたならどうしますか?』がべらぼうにおもしろかったです。死んだはずの人間が生きてるのを目撃したのに、普段の行いが悪くて誰にも信じてもらえない表題作とか。『毒薬の小壜』もですけど、やな女とか、追いつめられていく善意の人たちを描いたら、ほんとにいいなー。でも、これ、絶版ですよね?」
F嬢「あっ、それ、今月復刊します」
わたし「……ええ~!」

 苦労して手に入れたつもりで、復刊されるのは、微妙な気持ちだなぁ。いや、まぁ、おもしろいからいいんだけど……。
 おや。そんなことを考えているうちに、K島氏とF嬢が、最近の日本の新刊で伊坂幸太郎さんの『あるキング』と津原泰水さんの『バレエ・メカニック』の話をキャッキャとしている。どっちも買ったきりになってたので、しまった、読まねばと思う。
 ところでお寿司はというと、2時間制で、一度に20カンしか頼めない。どんどん頼んで、どんどん食べていく。と、思ったら、途中で急にお腹いっぱいになった。困ったなと思っていると、K島氏が菩薩のような笑顔を浮かべて、

K島氏「苦しかったら、ぼくらが食べますから残してもいいですよー」
わたし「エッ!? ほんとに!?」

 よ、よかった。
 そういえば、まだ『少女には向かない職業』を出したころ。同じお寿司屋さんにきたとき、やはり途中でお腹一杯になった。しかしそのときのK島氏はおそろしい形相をして「桜庭さん、お寿司は食べ物じゃないですよ。お寿司は、お寿司は、じつは……飲み物です!」「エッ!? 嘘だ!?」「ほんとです。だから、液体だと思って流しこみなさいっ。ほらっ残すなっ」といって喉もとまでお寿司を押しこんだ。
 K島氏は、もしや、ここ数年でちょっと丸くなったのかもしれない……。
 時は、こうして、止まることなく、流れてゆく……。
 と、しみじみと、どぅっと倒れているイクラ軍艦巻を眺めていると、同じくお腹いっぱいのF嬢が、

F嬢「ところで、桜庭さんの好きな寿司ネタってなんだったんですか」
わたし「エッ、好きな、寿司ネタ、ですか……」
F嬢「はい……(←待ってる)」
わたし「えー……(←考えてる)」

 好きな本とかだと自動的にしゃべりだすけど、寿司ネタ、と言われた途端に、なにが好きなのか、なんだか自分がよくわからない。そういやなんでもモリモリ食べるし(救急車で運ばれた宿敵の「カキ」以外は……)、あまり深く考えたことがない。舌も肥えてないし、四の五の言わずに、出されたものをうまいと思って黙って喰うのが漢だ、と思ってここまで生きてきた。

わたし「……わ、わかりません」
F嬢「えーっ、好きな寿司ネタがわからない!? 本気ですか!?」
M澤氏「まさか! さっき、お寿司が食べたいって、自分で言ったのに!?」

 と、びっくりされつつ、2時間経ったのでお開きとなり、帰ってきた。
 帰宅して、風呂に入り、プロの人によるすごいメイクを落として、出てきた。
 読みかけのままで、ものすごく続きが気になっていたパトリシア・ハイスミス『水の墓碑銘』に突進して、続きを読んだ。
 資産家の夫と、うつくしくてわがままな妻。周囲は妻を敵視し、振り回される夫に同情している。 夫は、若いころの妻のわがままには、因習を打破してやるというガッツがあったけど、いまではただの破壊女になったとがっかりしている。妻のほうは、一見、穏やかに見える夫の心に潜む闇にとっくに気づいていて、「わたしが破滅させてやりたいのは、あなたのエゴなの!」と責める。
 そんなある日、夫が妻の愛人をこっそり殺してしまって……。
 被害者(愛人)でも、探偵役(妻)でもなく、殺人者(夫)の側から、その心理(これがなんともさりげなく狂気と共存してる)を静かな筆致で書いていて、怖、い。まるで、読んでる自分のとなりに、生まれながらの殺人者が座っていて、最初は普通の人だと思っていたのに、だんだんおかしさに気づいてきて、でも、もはやどうしようもない、このまま黙って殺されるしかない……と……いうような……。
 ラストの2ページは、ほんとにすごい。
 読み終わって、アームストロングの作品群もだけど、サスペンスと“夫婦”という関係は、なかなか相性がいいんだな、と思った。なんでかな……。
 しばらくいい感じにミステリー漬けだったせいか、ふっ、と思いついた。結婚ってどういうことか説明できん、とこのところずっと頭をひねり続けていたけど、配偶者とは、もしや、ミステリー用語における、いわゆる「信用できない語り手」なんじゃないかな。相手だけじゃなくて、自分も、そうなのかも……。
 とかなんとか考えながら、難しいので、布団をかぶって、考えるふりをしながら、じつはすぐ、寝た。



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