桜庭一樹読書日記

2009.09.07

また桜庭一樹読書日記 【第3回】(1/4)[2009年9月]

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運命の出会い
【運命の出会い】〈花火〉と〈ハイウェイダンサー〉ってなんだ……? と、自分で書いておいてとまどう夏の夜。K島氏も「こうやって、改めてゲラで見ると、すごい字面ですね~」と。(桜庭撮影)

命がすっかり夫のからだから流れ出してしまっていた。年取ってやっかいになりつつあった夫のからだと、アリスと、ふたつの生命をつないでいたへその緒は、だんだんに細くなってほつれてきていた。そして今、それはぷつんと切れてしまった。

「まるで舌の上に天使がおしっこするみたい」

――『ジュールさんとの白い一日』

8月某日


 いつも通りに仕事して、夕方。
 『製鉄天使』の打ち合わせである。ゲラが出たので、歌舞伎町のど真ん中の喫茶店でK島氏と会う。ゲラを広げてあれこれと話し合う。
 真顔で、

K島氏「で、ここの『ちーん、ぱっぱっぱらっぱー』の部分ですが、喇叭を吹いている不良少女より、トライアングルを持っている少女のほうがオミソちゃんのはずなので、逆にして『ぱっぱっぱらっぱー』から『ちーん』に……。あーっ!」

 とつぜん話すのをやめ、子どものように突っ伏す。
 あわてる。

わたし「どっ、どうしましたっ? 誰かに、尻尾を踏まれましたか? そうだ。そこの通路に尻尾を出さないほうがいいですよ……」
K島氏「尻尾? いや、こんな真面目な顔で、口にしている台詞を、ふと冷静に聞いて、自分が情けなくなっちゃって……。この、忙しいのに!」
わたし「ちょっと! わたしだって、まぁまぁ、忙しいですよ……」
K島氏「なんなんでしょうか、この、泣いてることを隠そうとする主人公の台詞、『な、なんでもねぇよ。目に銀蝿が入ったのサ』って。人間の目にそんなもの入らないですよ……」
わたし「すっ、素敵ないいわけじゃないですか。わたしだって都合の悪いことを言われたときに使いますよ。『いま、耳くそがいっぱいつまってて聞こえない!』とか……」
K島氏「そんないいわけ、ぼくけっして許しませんけどね。うーん、うーん、パブリシティをいったいどうしよう……」

 つっぷしたままピクリとも動かなくなった。
 困ったなぁ。
 もしかすると、わたしのせいだろか。
 とりあえず、自分もなにかで悩むことにする。とはいえ、原稿も無事に上がって、ゲラも出て、後は本になるのを待つだけだし、悩み事はぜんぜんないんだよなぁ。でもなにかで悩まないと、ええと……。
 あっ。
 いいことを思い出す。

わたし「そうだ。わたし、今回のサイン本のシール、どうしよう……」

 と、試しにつぶやいてみると、のっそりと起きあがったK島氏が、

K島氏「タイヤとかで、いいんじゃないですか」
わたし「なるほど、タイヤ柄……って、そんなシール売ってないですよ!」
K島氏「フン」

 なんだかんだと揉めながらも、無事に打ち合わせ終了。K島氏は、最近、どうもあるような気がしてならない幻の尻尾(斑か三毛の模様であろう……)をブンブン振りながら、新宿の雑踏を忙しげに去る。
 帰宅して、ご飯食べて、風呂に入って、『ジュールさんとの白い一日』(ダイアナ・ブロックホーベン/赤ちゃんとママ社)を読んだ。
 ある朝、いつもどおりの朝食の時間に、突然死した夫、ジュール。妻のアリスは、長い時間をかけて夫と繋がってしまった、なにか(繊維の一本一本で、とか、へその緒で繋がっている、とか描写される)が離れるまで、誰にも、夫の死を伏せていつもどおりの一日を過ごす。近所に住む自閉症の少年だけが事態に気づくが、なぜか彼もアリスの共犯者になってくれて……。
 反社会的というか、最初から社会と隔絶された、ぐんにゃりとやわらかい小説。読んでいると自分も、社会だと思ってるものからどんどん切り離されて漂い始めるような、妙な感じが、する。
 しかし、夫婦というものは時間をかけて、男と女じゃなくなって、それで、他人にもどってしまえばくっきりした別れが訪れて、親子や兄弟のようなべつの近しさを得れば続いていくんだろうか。うーん。
 まぁ、わからん。と思いながら、目を閉じてぐったりと寝た。



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