桜庭一樹読書日記

2009.08.05

また桜庭一樹読書日記 【第2回】(1/3)[2009年8月]

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『少年になり、本を買うのだ』2009年8月刊行
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模様替え
【模様替え】ついに仕事部屋のカーテンを架けかえる! 普通の、色の、ものに……。すると、野性時代のM宅氏曰く「えっ、変えちゃったの!? えーっ、せっかく面白かったのに……」「それは人の部屋だからだっ! 毎日いたら、ほんとーに居辛かったんですよー……」カーテンが普通の色になった途端に、嘘のように居心地よくなった。ホッ。(桜庭撮影)

「かつては大空を自由に飛びました。私の翅は強く、大きな山をいくつも越えることができました。私の翅はあなたたちよりもずっと大きく、強かったのです。この翅で、生まれた山から何十キロも旅したのです。私は今も思い出します。春の山を、野を。まさに緑の炎が燃えるように葉が吹き出していました。茶色い土がみるみる美しい緑色に変わっていくようでした。風は暖かく、山には霞がかかっていました。高く舞い上がると、下界が見渡せました。ああ、もう二度と見ることはない景色――」

――『風の中のマリア』

7月某日


 夜の帳が、下りたころ。
 場所は新宿。雑踏。
 伊勢丹の前辺りを、所在無くぶらぶらと歩いている。
 今日の分の執筆が終わって、散歩がてら本屋を見回りし、喫茶店で仕事の続きをして、出てきた……そんないつものぶらぶらっぷりである。
 夏の途中で、暑くて、気だるい。そんな空気が雑踏に満ちている。
 と、六十がらみの男性が、なにか楽しい予定でもあるのか、翅でも生えたように軽々と走ってわたしを追い越していった。その後ろから、連れらしい同世代の男性が、短く呼び止めた。

おじさん「急ぐな~! 疲れる~!」

 そうだよなぁ~、と、周りの若者たちが無言で一斉に、二人目のおじさんに同調した気配がする。わたしも、まったくだ、のんびりいこうぜ、とうなずきながら、いつまでもたどり着かないようなゆっくりの歩調で、家に帰った。
 とはいえ、急がないとまにあわないぐらいいろんな締切が重なりあって追っかけてきている。明日中にやることってなんだったっけ、えーと、と考えながら、帰宅して、『風の中のマリア』(百田尚樹/講談社)を読んだ。
 これは先日、朝日新聞紙上での俳優の寺田農さんとの読書対談でお勧めしていただいた本だ。寺田さんは、百田さんの作品だと『BOX!』『永遠の0』もよいけれども、働きバチのマリアを主人公にした変り種のこれがいちばんお勧めだそうだ。あと、吉田修一さんなら、『悪人』『さよなら渓谷』などはもちろんだが、『長崎乱楽坂』 (新潮文庫)がよいとか。……そうだよなぁ、一人の作家の、自分がいちばん好きな本って、すごく評判になったものとは限らないよなぁ、と思いながら、対談の帰りに本屋に寄ってこの二冊を買った。
 『風の中のマリア』は、(そういえば久しぶりに)スペースオペラを読んでるかのような帝国興亡史と(蜂だけど……)、女性の(蜂だけど……)生き方と、個人と国家のあり方(は、蜂だけど……)などが渾然一体となっていて、ものすっごく面白い。どんなに感情移入できる場面でも、涙する場面でも、作者と読者の間には常に、でも、蜂なんだけどね……と半笑いの顔を見合わせているような妙な共感があって、それが共犯意識となって、読んでる間ずっと、変に楽しい。
 しかし、よくこんなお話を思いついて、しかも見事に着地できたものだなぁ……と、不思議な本に出会ったときの、あの不思議な感じが胸に滓のように残った。それをそこらへんに自由にぶわぶわと漂わせたまま、眠くなったので、ぱたんと寝た。


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