「そやけど、ほんまに好きおうて、あの世でいっしょになりたいゆうて、心中しはるんやろか。うちはそやないちゅう気がします」
「ほなら、なんで死ぬんや」
「おかねや。おかねに責められて死ぬんや」
「恋やのうて、かねで死ぬんか」
「ちがいますか。近松はんのような心中は、人形のなかの世界やからできるんや」
「まあ、たしかにお初と徳兵衛も、小春と治兵衛も金銭がらみやなあ」

「夢の夢こそあはれなれ」

――「川に沈む夕日」

6月某日


K子「どうして、人生の大事な局面で“ドナドナ感”が出ちゃうんですかね……?」

 夜である。
 いつもの、飯田橋。
 網からタン塩を救出しては、頬張りながら、一匹娘が二人(作家と角川書店の編集者)、ぼそぼそと話している。

わたし「ド、ドナドナ感って、な、何……?」
K子「だって、去年の直木賞のときも、パーティーの二次会が終わって、ハイヤーに乗せられて去っていくとき、窓から顔を出して両手を窓枠に乗せた瞬間、『あっ、ドナドナみたい』『ほんとだー!』って編集者たちに指摘されてましたよね。今回の結婚パーティーでも、のっけから、発泡スチロールを突き破ったかと思うと、売られたくない子牛のように、ずるずる、ずるずると……」
わたし「ドナドナ感……(と、タン塩を食う)」
K子「不思議でならない!(と、タン塩を食う)」
わたし「うーむ。どうやったら、世間に胸を張って堂々と、こう、牛じゃなくてむしろ牛飼い寄りの空気を出せるんでしょうねぇ」
K子「牛飼い寄り……になる方法……。うーむ、そういやわたしもわからない……」
わたし「生きるってむずかしい(と、タン塩を食う)」
K子「たしかに(と、タン塩を食う)」

 あっというまに最初のタン塩を片付けたので、つぎはカルビである。いやっほぅ。ハラミもタレでー。
 パーティーのつぎの週である。ようやく『GOSICK』シリーズが角川文庫で再刊されるので、女二人でその打ち合わせ諸々をしている。
 パーティーは無事に終わった。帰りに、北方先生が夫と握手して、「コレ(わたしを指してる)、タイヘンだぞ。がんばれよ」とおっしゃったのと、浅田先生が「幸せにしてやってくれ」と言ってくださったのと、北村先生と道尾画伯がチョークを探してきて黒板にたくさん絵を描いたのと、大沢先生が「芸人と編集者って雰囲気がけっこう似てるぞ」とすげぇ鋭い指摘をされたのと、東野先生の関西弁のスピーチが軽やかでおもしろかったのと、新郎と紛らわしい招待客がこちら側に約二名いたこと、などが脳裏をぐるぐるしている。ちなみにその招待客とは、一人目は文春の“リボン王子”こと、全身コム・デ・ギャルソン、レースとフリルの美青年、S水君。〈CREA〉から〈週刊文春〉に移動になって、秋からのわたしの新連載の担当に。彼は、開始直前にうろうろしてたら一部の人に新郎と間違えられたらしい。もう一人は嶽本野ばらさん。こちらもお洒落で、阿鼻叫喚の会場でキラキラと異彩を放っていた。
 サンチュサラダを、野菜のことが面倒にならないうちにがっつり片付けながら「でも、無事に終わってよかったです……」と呻く。
 ほんとに、よかった……。
 帰り。
 ぷらぷらと駅まで歩いて、地下鉄に乗って、読みかけの本を開いた。辻原登『夢からの手紙』。時代物の短編集で、最初に入ってる「川に沈む夕日」がすごいのだ。
 どうしても心中する、と思いこんだ男の、状況による心理の変化が短く、的確に、おそろしく追ってあって、背筋を這いあがってくるものがある。あぁ、心中するよりしないほうがはるかに残酷なお話だったのだなぁ、と、一度ゆっくりと本を閉じた。
 一方、記憶のない女を妻とした菊師。妻がある日、とつぜん姿を消し……。敵討ちを題材にした「菊人形異聞」は、逆に、死が登場人物たちを救う。
 帰宅してからも同じ本を読み続けた。
 読み終わって、反芻しながら、いつのまにか眠ってしまった。



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