桜庭一樹読書日記

2008.05.07

続々・桜庭一樹読書日記 【第1回】(1/2)[2008年5月]

くす玉の夜
【桜庭一樹写真日記◎くす玉の夜】 3ヵ月ぐらい前の写真。くす玉で受賞を祝ってくれる某社の担当氏(新婚)。携帯のストロボの使い方がわからずこのような写真に……。(桜庭撮影)

 ありふれた丘の花はいちどはしぼむが、また花を咲かせる。きんぐさりは来年の六月にもまたいまと同じ黄色に輝くことだろう。もう一月もたてば、せんにんそうには紫色の花が咲き、くる年ごとにその葉は緑の夜のように同じ紫色の星を抱き続けるだろう。けれど、人間はその若さをとり戻しはしない。二十歳のときに烈しく高鳴った歓喜の鼓動はやがて鈍り衰える。四肢は力を失い、五感は朽ちてゆく。こうしてわれわれは醜悪な人形となり果て、恐れのあまり逃した過去の情熱や、おもいきって身を委ねることのできなかった誘惑の思い出につきまとわれるようになる。若さ! 若さ! 若さを除いたらこの世になにが残るというのだ!

 そうだ、いつかはこの顔も皺が寄ってしなび衰え、眼は霞んで色つやを失い、優美なからだつきも崩れて醜くなってしまうのだ。唇からは紅が消え、金髪も色褪せることだろう。今後、自分の魂を形成してゆく生命は、肉体にたいしては傷を与えることになり、自分は怖ろしく、醜く、そして無骨になってゆくのだ。

――『ドリアン・グレイの肖像』

 四月である。
 桜、咲いてる……。
(時間泥棒にあったようだー……)

 取材を受けたりするのは、きりがないような気がしてきたので3月いっぱいでやめて、今月から、机で小説を書いて床で本を読むいつもの生活に戻ることにした。一ヶ月のあいだにあったことというと、

・文春の担当S藤女史と打ち合わせ中、とつぜん「未来は、変えられるんだぜっ!」という若い男の声が響いて飛び上がった……ら、S藤女史の携帯電話の着信音だった。

・角川の担当K子女史と「我々が目指すべき大人の女は、女性誌に載っているエイジレスな女とかモテ系なんとかではない。オツボウーメンだ! 今年はがんばろう!」と拳を振り上げ歩いていたら、二人で赤坂サカスのビルの外壁にぶつかった(上まで総ガラス張りで、真ん中に黒い縦線が入っていたので自動ドアだと思った)。

・そのオツボメンとご飯(餃子と枝豆とトムヤムクン)を食べていて、うっかり「広瀬正を知らない」とカミングアウトしたら、ものすごく叱られた。司馬遼太郎がめちゃめちゃ褒めていた超すごいSF作家らしい。うぅ。

・上野にて花見。夜桜と黒糖梅酒。数ヶ月ばたばたしていた間に、なんと友達の彼氏が変わっていた。「忙しそうだから報告しそこなってたけど……」仲間内のホットな話題に乗り遅れていた。ショック。

 さて、4月8日。めずらしく大雨の一日。
 窓をたたく風の強さに、目を覚ます。仕事を終えて床でごろごろしていたら、母から電話。「魚送ったわよー。魚」。へらへら返事していると、受話器の主が父に代わった気配。と、父が「おまえの仕事は水商売だから、いつ収入があっていつなくなるかわからない。パッと遣ったりせずに今年もいつもどおり暮らしなさい」と言うので真顔になる。
 娘がやくざ者になってしまったので、父の心配の種は尽きない。「わかってるよー……。いまも本読んでた」と答える。読んでいたのは、こないだ〈めざましテレビ〉の取材で訪れたブックカフェで買った古本『ヒースクリフは殺人犯か? 19世紀小説の34の謎』(ジョン・サザーランド/みすず書房)だ。
 この日。夕方、文藝春秋で新刊の打ち合わせをしてから、明治記念館に向かった。(ここで友達が結婚式を挙げたことがある!)受付でK島氏とも待ち合わせてたので、S藤女史とK島氏、あと、今日はわたし係(?)を務めてくれるという顔見知りの書店員さんと四人で会場に入る。
 今日は本屋大賞のパーティーだ。『赤朽葉家の伝説』が7位に、『私の男』が9位に入ったのと、あまり知られていない作家だったころから、みつけて推してくれた書店員さんたちがたくさんいるので、お礼のためもあって出席したのだ。おっ、すごい人ごみ。前のほうに行ったら、おっ、近藤史恵さん発見。マゾヒストのお侍さんが出てくる『巴之丞鹿の子』(幻冬舎文庫)が、喜国雅彦さんの『月光の囁き』(小学館)とおんなじぐらい好きなので、その話をする。満足。
 万城目学さんも発見。去年、森見登美彦さんに「お友達パンチ」をもらったというので、「じゃ、じゃあ、今年はわたしが『極真パンチ』を……」。ヨドバシで買ったという腰痛に効く椅子について教えてもらう。情熱大陸でわたしが座っていた椅子(いまも座ってるけど)は腰に悪そう、だそうだ。十五年ぐらい前に無印良品で買った安い椅子だもんなー。確かにいまも腰、痛い。いい加減に買い換えようかな……。
 オーッ、壇上に伊坂幸太郎さん! どうも作家をじかに見ると読者にもどってしまうらしく、針が振り切れるほどテンションが上がる。
 歓談の時間になると、書店員さんたちがPOPや手紙を持って並んでくれる。『赤朽葉』だから、赤いのが多い。すごい凝ってる……! 手紙をもらったり、一緒に写真を撮ったりする。テレビクルーもくる。ギャッ、と白いスポットライト。怖い。



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