6月某日

「母が生きてる限り、誰とも結ばれない」

――「ロボトミー」


 生まれた町と、死ぬ町は、ちがうし。

――「ビザール」

 で、その後。
 しばらく、目が回るほど忙しかった!
 なんでだろう……?
〈小説すばる〉用に、120枚ぐらいの「ロボトミー」と70枚ぐらいの「ビザール」を書いたのを、改稿したり。『桜庭一樹短編集』の入校作業をしたり。いろいろが終わって5月末からは、K子女史と一緒に新作のためにニューヨークに取材旅行に行ったり。ばたばたと帰ってきて。2日ほど床で伸びていて(犬にひんぱんに踏まれた。なぜ迂回しないのかはわからない)。その後、同志社大学での講演があってK島氏と京都に向かった。
 1時間半の講演をして、お客さん270名分ぐらいのサイン会をして、終わったらもう夜8時近くだったので、二人でばたばたと移動し、帰りの新幹線にピョンと飛び乗った。
 で、今。
 新幹線の中で、京都の名産とはまったく関係なく「肉を食べないと倒れそうです……」とねだって買ってもらったごっつい焼肉弁当を、熱いコーヒーでぐいぐい流しこんでいる。
 肉を飲みこみながら、

わたし 「そうだ、こないだF嬢が送ってくれた『美食ミステリー傑作選』が読みかけなんですけど、これ、面白いですね~。どれだったか、一編、F嬢超オススメのがあるらしいんだけど、まだそこまでは読んでないや」
K島氏 「へぇ~。どれが気に入りました?」
わたし 「いまのところ、ジョン・コリアーのが楽しかったなぁ。粋で、苦みとおかしみがあって」
K島氏 「あれっ。もしかしてジョン・コリアーは初めて読んだんですか?」
わたし 「ん? いや、確か……」

 ニューヨーク取材でも活躍したアイパッドミニをやおら取りだして、検索する。ふむふむ……。あ、短編集『ナツメグの味』を読んでるなぁ。ほかのは未読だ。
 それから、短編の話になった。
 講演でも話したんだけど、村田喜代子さんに以前教えていただいた「短編は長いストーリーをカットするのではなく、一つか二つのネタを伸ばす」というようなコツを、頭ではわかってたんだけど、できなくて、それで……。

わたし「今年になって、あっ、できる、と思ったんです。一つの核をもとにね。じつは『ロボトミー』『ビザール』って、それなんですよ」
K島氏「おやっ……」
わたし「できないことが、一つ一つ、こうしてできるようになってくいんだなぁと。進んでいくんだなぁと」

 と、あれこれ小説の話を続けた。
 が……。そのうち……。
 気づいたら、電池が切れたオモチャの状態で、焼肉弁当とコーヒーのカラを前に、K島氏を右にして、頭をうなだれ「ゴー!」と音を立てて爆睡していた。

K島氏「……あれっ、今夜『先輩ROCK YOU』の放送なんですね。講演もあったし、やれやれ、今日は桜庭さんデーですねぇ(しみじみ)」
わたし「(むくっ)そのわたしの隣にいま座ってる、ユー!(と、指さす)」
K島氏「エッ!? なんですか、急にへんな大声出しちゃって! ……あれっ、桜庭さん? えっ寝てる……」

 というのが、最後の記憶だった……。

(2013年7月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。


ミステリ小説、SF小説|東京創元社