二冊は似てる
【二冊は似てる】同じ犯編集者か、それとも……。(桜庭撮影)

4月某日

 神はぼくを救ってくださった。
 ライオンの爪やクマの爪から。
 おまえは剣と槍と盾を持って向かってくる……
 しかしぼくは神の名において向かっていく……
 そしておまえは知ることになるだろう。これは神の戦いであり……
 そして神はおまえをぼくの手にゆだねられる。
 そしてぼくはおまえを倒し……
 そしておまえの首を……
 そしておまえの死骸を空の鳥や地の獣のえじきにするだろう。

 THUNK

――『ゴリアテ』

 新宿の東口に住んでると、西口のほうに行くことは滅多にない。
 来月末からアメリカに取材旅行に行くので、パスポートの更新のために久しぶりに都庁にきて、昭和の未来っていうか、近未来的なのにノスタルジックで、へんな感じ、と思った。
 で、無事にパスポートを受け取って、思い出横丁の岐阜屋でラーメンを食べて、但馬屋珈琲店のカウンターで、あったかいコーヒーで一服。
 待ち時間があったら読もうと思って持ってきた『つっぱれ有栖川』を、ぱらっと開く。
 ここ一月ほど、まだ若い作家さんの訃報がとても多い。『ハサミ男』の殊能将之さん、『ルームメイト』の今邑彩さん、『ボディ・レンタル』の佐藤亜有子さん……。先週、ご病気で亡くなったヤマグチノボルさんも、わたしと同い年で、デビューも同じころ、ようやくヒットシリーズを持てたのも、同じ時期だった。ヒットする前の単発作品で、じつはここの本が密かに好きだったんだけど、パーティーで「あ、いる」と思ったときに、面識ないし急に話しかけたらさぞキモかろう、と思って、やめたのだった。ツイッターでも黙ってフォローし合ってたけど、急に、あれはいいですよねと話しかけてきたら不気味だろうと思って、言わずにいた。好きなものの話なんだから、キモくてもキモだけじゃないし、言えばよかった。
 新しいパスポートの、自分の顔写真をしみじみ見て、あぁ時が経ったなぁと(それにしても、相変わらず牛泥棒みたいな目をしてるが……)ゆっくりといろんなことを思いだしていると、カウンターの角のところに座る、歳半分ぐらいかなという女の子たちのきゃあきゃあいう声が耳に届いた。

女の子1「男の人ってさ、このへんから歯が生えてる人、いるじゃない?」
女の子2「いるいる!」

 本から顔を上げて、薄ぼんやりと、見る。
 ……エッ?
 女の子1は、なぜか鼻の頭に人差し指を当てていた。なに、そこから歯が? 女の子2と女の子3も、ウンウンとうなずいている。エッ、君らは友達の話をちゃんと聞いてるのか? それともわたしの知らないうちに人類が謎の超進化を……? 時の経過はそこまで……?
 と、カウンターの中にいるバイトの女の子(3人組と同じぐらいの歳)も、わたしと同じく、エッ、そんなとこから歯が生えてるの、とぽかんとして見ているので、よかった、進化じゃなかった、となんとなくホッとする。
 帰宅して、役所とか銀行とかに行った後特有の疲れが体に回ってて、ふぅ、と座って。
 犬を散歩させて、帰ってきて。
 で、『ゴリアテ』を開いた。
 これはしばらく前に翻訳した金原瑞人さんから献本していただいた本。心優しかった巨人ゴリアテと、小さな勇者ダビデの、もう一つの物語だ。
 出版社から、ある日あまりにもおおきな段ボールが届いて、なんだろうと開けたら、半透明のプチプチの迷宮の中からたった一冊の絵本が出てきた。梱包した人が、担当の編集さんなのだろうか? 営業さんかな? 大事な、思い入れのある、万が一にも傷ついて届いてはたまらんという気持ちがあまりにもどーんと伝わってきて、なんとなくだけど、読む前に数週間ほど、部屋の中で風通しをしていた。
 で、この日、ようやく手に取って、こういう海外の大人絵本ってけっこう好きなんだよなぁ、ゴーゴリ『外套』(未知谷)とか、カフカ『田舎医者』(プチグラパブリッシング)とか、『クレーン男』(パロル舎)に、『年を歴た鰐の話』も。とはいえ、好みに合わないの(お洒落すぎるの。ブックカフェのインテリアみたいなのは苦手。本のほうもわたしとけっして目を合わせないと決めてる感じ……。なんか垢抜けない女の人だから……)もあるしなぁ、どうだろう……。
 ゆっくり、ゆっくり、あたたまっていく、オフビートなストーリー。すぐには部屋を暖めない、即効性はない長時間用の暖房器具みたい。それが、じわじわ坂を上がっていって、ラスト、断ち切れるような、終わり……。
 やられた!
 ドッ、と涙が出て、しかし、なぜとつぜん泣きだしたのかがさっぱりわからない。涙の理由が自分でもわからない“泣ける本”こそ本物だと思う。
 ……あれっ、これ編集は「ヒヨコ舎」なんだ。もしや、あれと同じ人が作ったんじゃないか? なんだか質感の似てる、あの大事な本……。
 本棚から『麦撃機の飛ぶ空』を出してくる。そーっと並べてみる。さては同じ犯編集者なんじゃないか、と思うけど、『ゴリアテ』のほうには編集、『麦撃機の飛ぶ空』のほうには発行、として同じ人の名前があって、でも、発行って、作った人じゃなくて全体の責任者だよな……? ちがうかな。でも、匂いが似てるな。怪しいな。匂うな。
 麻薬探知犬のように、2冊の本の匂いをクンカクンカ嗅ぎながら、だんだん、自分がいちばん怪しい、前科の多すぎる犯読者みたいになっていった……(泣いてるし……誰かが見てたら、さぞキモかろう……)。

(2013年5月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。


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