ロボットレストラン
【ロボットレストラン】ティム・バートンもご来店していた。ものすごく渋い顔でロボットに搭乗していた…(気に入らなかったのか!?) (桜庭撮影)

4月某日

 死んだら死んだで
 つめたい手でさわりにくるんでしょ
 おちおちねむってられないじゃないの
――『高橋順子詩集』

 講談社の担当さんたちと、歌舞伎町のロボットレストランに行くことになった。
 ロボットレストランというのは……と説明しようと思ったけど、じつはよくわからない。
 一年ぐらい前から、夕方になると、新宿の町中を女性型巨大ロボを搭載した宣伝用デコトラが派手な音楽とともに走り回っていて、どうやらロボットが踊るショーパブのようなものらしい。前世紀のアメリカのSFとかに出てくる、不思議の国ニッポンそのものの、すごーくへんな感じである。
 噂では、おいしくない幕の内弁当がポンと出てくるだけらしいので、その前にとカレーバーに入って、ラムラッシーを飲んで、マトンメンチカツとモモ一本のでっかいタンドリーチキンとキーマカレーとガーリックナンを食べた。さすがに満腹だ。
 で、担当さん二人と、

T井氏  「ロボットが踊るショー……。死ぬ前の走馬灯に一瞬、うっかり出てきちゃいそうですねぇ」
わたし  「ええ。そういやT井さん、ここまでの人生で、走馬灯に出てきそうな事件ってありましたか?」
T井氏  「ウーン……。あっ! 週刊誌の記者やってるときに、芸能人の張りこみで疲れ切ってて。ある日、相棒のカメラマンさんが運転する車が思いっきり事故ったんですよ。助手席から、車がぐるんぐるん回ってズーッと滑っていくのが、全部スローモーションで見えてましたね……。忘れられない……」
わたし  「おぉぉぉ。張りこみ無双!」
O久保女史「わたしはね、盲腸の手術が終わったときのことですよ。ほら、麻酔をしたときって意識朦朧としてて、へんな譫言を言っちゃうっていうじゃないですか。で、目が醒めた直後もまだぼーっとしてたみたいで、切り取った盲腸をお医者さんに見せられたときに、なにか面白いこと言わなきゃと焦って」
わたし  「面白いこと? なぜ!?」
O久保女史「『わぁ、メンタイコみたいですねぇ。ぐへへへへ』って笑ったんですよ。で、お医者さんに冷静に『じゃ、持って帰りますか?』って聞かれて、さらに『そりゃ、炊き立てのごはんがあったら欲しいですけど、ないですからね、いりません。あはははは』って……。自分が信じられない……(と、両手で頬を押さえる)」
わたし  「ひぇぇ~」
T井氏  「麻酔って、そうなるんだ……。第三の人格が目覚める……。俺、麻酔なしにしようかな……」
わたし  「あっ、それって、考えようによっては、泉鏡花の『外科室』みたいな話ですね。ほら、『外科室』ってあれですよ。さる貴族の美人の奥さまがいて、ある日、手術をしなきゃいけなくなって、でもすごい理由で麻酔を断固拒否するわけですよ。その理由とは、なんと……! で、手術の当日、奥さまは、最後についに……!」
T井氏  「まじすか、その人。わっはっはっ!」
O久保女史「そんな面白い話でしたっけ。あはは」
わたし  「あれっ? いや……?」

 わたしの話し方が壊滅的になにか違って……泉鏡花で、なぜかカレーバーは和やかな爆笑の渦に包まれた。(耽美成分がなかったのか……)
 そのうち、ロボットレストランから、早めにきてくださいと電話があった。それと、なんでもお客さんのほうになぜかドレスコードがあって、コスプレ、刺青は禁止だと。よくわからないけど、とにかくカレーとナンを食べきって、一路、歌舞伎町に向かった。
 赤と青と黄色と金色の電飾の壁。待合室にあふれる、不安げな白人観光客。天井に貼りついて睨みあうB-29と戦艦大和の巨大な張りぼて(←い、いいの……?)。ウィリアム・ギブスンの秋葉原と、『ブラック・レイン』の大阪と、『ブレードランナー』の舞台と、『キル・ビル』の東京が混ざって、アホ成分を増したような。
 ショーが始まって、楽器を持った水着の女の子たちが飛びだしてきた途端、隣でT井氏が無言のまま椅子から転がり落ちた。

わたし  「ど、どうしました?!(助け起こす)」
T井氏  「女の子たち、みんな刺青してる……!」
わたし  「あれっ、ホントだ。コスプレだし。……なんで客は禁止なんだっ?」
O久保女史「まぁまぁ……。か、考えたら負けです。感じないと……」

 パンダVSロボット、恐竜VSロボットのバトル、アルマジロVSキューティーハニー(ロボットというか、着ぐるみと大きなラジコンっぽかった)、暴れ太鼓、そして電飾戦車に乗った女の子たちの暴走族的ぱらりらぱらりら、と続いて……。
 最後にようやく、噂の巨大ロボがドシーン、ドシーン、と出てきた。

わたし 「あっ……」

 と、急に、さいきんなにかで読んだ(なにかは忘れちゃった……。あ、川島三郎さんのハリウッド映画論の本かも)説を思いだす。
『ジョーズ』とか『キング・コング』、宇宙からやってきた巨大生物と戦うアニメ、あとさいきん『進撃の巨人』とかかな……。人間の記憶には太古の恐怖――巨大な生き物になすすべもなくなぶられて命を終えるという“絶対の死”イメージが眠っていて、その恐怖は、交通事故や病気などよりずっと強くて運命的なものなのだ、というの。
 なるほどなぁ……。
 巨大なものには、本能的に、戦慄しながらも同時に見入ってしまう。心と体のすべてのシステムが凍結するから。祈りのような、やけくそのような、B級テイストのこの祝祭空間。
 ミスドで3人、反省会(?)をしてから、帰宅。
 一転して、太古の記憶からもどって、静かなもの、巨大生物が出てこない現実のものが読みたくなって、だいぶ前に本屋さんを流しててなんとなく買ったきりになってた『あさって歯医者さんに行こう』を、ふと開いてみた。
 あれ、これ、好きだな……。
 虹が消えた空の穴から、神さまが「ほな」と出ていく幻影を見る少女。うさぎ、おいし、かのやま、とリハビリのために老人がオルガンを叩く窓の下で、今日もこっそり聞き耳を立てるうさぎの影。熟成した老少女とも違う。いまだ少女の感性。
 いや、待て、でも高橋順子さんって、どこかで聞いたことのある名前だなぁ、詩に疎いのにどうしてだろう、と思ったら、なんと車谷長吉さんの奥さまだった。そうだっ、お二人で出した短歌の本みたいなの(タイトルが出てこない……)が、超良かったような記憶が、と本棚をゴソゴソして、みつからなくて、おかしい夢でも見たのかな、でも夢で見た詩人が実在するってのもおかしな話で……えぇと、とりあえず、あとどんな本出してるのかなと調べて、傑作集みたいな『高橋順子詩集』と、『雨の名前』というのと、車谷さんについて書いた随筆『けったいな連れ合い』をメモった。あ、あと『車谷長吉の人生相談』も誰かが薦めてくれてたんだ……。えぇい、まとめて買ってこよっと。
 寝た。



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