11月某日

「いや、きっとやってくると思うな、あしたの朝までにはね」
「へえ、どうしてわかる?」
「からだじゅうが、ぞくぞくするもの」
「ちぇっ、ばかばかしい」
 風がジムを吹き飛ばした。
 よく似た凧のように、ウィルも風に乗って、そのあとを追った。

「男の子って、なぜ窓を広く開けたがるんだろうね」
「血が熱いからさ」
――『何かが道をやってくる』

 道路の周囲を覆う雪を見ながら、もう2時間近く、バスに揺られ続けている。
 北海道だ。
 前、同じ場所に取材にきたときも思ったけど、北海道の道路はとにかくずっとまっすぐで、交差点も信号もないまま延々に荒野を走るから、ちょっとアメリカのロードムービーみたいだな。日が暮れると道路の灯もほとんどなくて、ただ雪だけがヘッドライトを浴びて光っている。
 流氷の季節に合わせて、『私の男』の映画の撮影がもう始まっているので、見学に訪れるところだ。単行本担当のS藤女史と、連載時の担当だった紋別君(いまは作品の映像化とかを扱う部署にいる)と、久々の3人組で、バスのいちばん後ろの席にいる。
 で、30分ぐらい前から、S藤女史が空腹でもだえ苦しみ始めていて、わたしと紋別君も小声で食べ物の話ばかりをしている。
 しみじみと、

わたし「人間って……。寒いと、お腹がすくんですね」

 という発見を噛みしめているあいだに、ようやく撮影場所のすぐ近くのホテルに着いた。
 なんと温泉がついていたので、あったまろうと、ごはんの時間の前にだだだっと走った。壁全部がガラス張りで、外はオホーツク海。流氷がびっしりと世界を覆う。
 露天風呂もあるので、震えながら行ってみると、さすがにそっちには誰もいない……。と思ったら、全身真っ白な色をした、きれいな女の子が一人、なぜか露天風呂から乗りだして、お湯につかってるのは膝から下だけという見ているだけで冷える恰好で、雪が吹雪く中、広がる流氷をまじまじとみつめていた。
 いまの人、いったいなんだったんだろう……? と首をかしげながらもどって、ごはんを食べて、この日はもう遅いので、就寝。
 行きの飛行機で、読みかけだった『火星のプリンセス』を終えたので、2冊目に持ってきた――レイ・ブラッドベリの意外と未読のままここまで生きてきてしまったのをいまのうちにやっつける自分内フェア第一弾『何かが道をやってくる』を開いた。
 でも……。
 あれっ……。
 異常な眠気が襲ってくる。
 窓の外は吹雪と、流氷。
 真っ白だ。
 そうか、寒いと人間は、お腹がすくのと、眠くなるんだな、と確認しながら、顔の上に本をひろげて、一度目を閉じたら、もう……寝ていた。



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