4月某日

 ペスは、お兄さんの犬だもの。
 ペスは、お兄さんの犬だもの。

――『わたしが妹だったとき』

 ゆめは きえない
 あさに なっても、
 あかるく なっても、
 よるの ゆめが でていかない。

――『マイマイとナイナイ』

「そんなに、いけないことですか」

――『僕はお父さんを訴えます』

 一仕事終えて、夕方。
 出かける時間になって、部屋の中を、尻尾を追いかける犬のようにぐるぐるしていた。
 今日は、今年から選考委員になった松本清張賞の選考会だ。鞄に候補作のコピーを入れて(長編4本なので、鞄が鈍器のように)、自分の読み筋メモと筆記用具も入れて……。忘れ物はないはず……。で、適当に顔を塗って(頑張るとかえって失敗するのでいっそもう頑張らないことに)、着替えて、ようやく外に出た。
 文春の担当S藤女史が迎えにきてくれていたので、一緒に車に乗る。車中で『伏 贋作・里見八犬伝』のアニメ映画について打ち合わせしたり、いろいろ渡しあったりしてるうちに、会場の帝国ホテルに着いた。
 車の迎えがあってよかったかも、とほっとする。帝国ホテルには出版社のパーティーで何度か行ったけど、なぜか毎回、ちゃんと着かずに銀座をグルグル、グルグルする。一度は、こっちだと固く信じている方向に走っていたら、交差点の前で某社の編集さんに「あっ、桜庭さん」と呼び止められて「もしかして帝国ホテルに行こうとしてるの? あはは、方向、逆だよ」「あはは、まさか」「……(笑顔)」「……(ンッ?)」「……(笑顔)」「……(根負け)」で、騙されたつもりでだめもとで渋々ついていったら、なぜか本当にそこに帝国ホテルがあり、「……なんでだろう?」と豪華なロビーで一人、首をひねったことがあった……。
 今日は、ぶじについた。
 選考会もぶじに終わって、受賞作も出て、ほっとした。
 帰り道、小説は巨大な象みたいなもので、全体像を把握することは、生きてるあいだは誰にもできなくて、だからみんなで力を合わせて、耳を見たり、鼻を見たり、ざらざらの胴体に触ったりしている場なのかもなぁと思った。
 それにしても、選考会の後って妙な疲れ方をしてて、さてなにか読んで気分転換したいと思っても、意識がチラチラしてなかなか集中できないものだ。なので、さいきん買いためた児童書の、小学校低学年向けの絵本を出してきた。心的に双子のようだった兄をなくした経験から書かれた、佐野洋子さんの『わたしが妹だったとき』と、幻の弟を描く皆川博子さんの『マイマイとナイナイ』
 佐野さんの作品は死の匂いが色濃くて、この本(1982年刊)もそうなんだけど、年を経てだんだんパカーンと明るくなっていった気がする。でも、昨年出た皆川さんの『マイマイとナイナイ』は、少女期の残酷さがそのままむき出しの形で完成されてて、二人の作家は熟成の仕方がどこかすごくちがうんだ……。
 のってきたのでこのまま『双頭のバビロン』に行こうかと思ったけど、やっぱりチラチラした日に読むのはもったいないのでやめて、『魔道師の月』をみつけて開いたけど、これも濃厚なので妹尾ゆふ子さんの解説だけ読んで今日はやめて、しばしゴロゴロしていて、『僕はお父さんを訴えます』を開いた。あっ、読めるぞ……。
 いっそフレムリンとかを思いだす昔風サスペンスなので、勝手に舞台を海外にして、さらに昔の話にして、寝転がってにやにやしながら読んでいた。



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