6月27日

 戦おう 約束を果たすために!
 世界に自由をもたらし――
 国境をとりのぞき――
 貪欲と憎悪を追放しよう!
 良識と正義のために戦おう!
 文化の進歩が全人類を幸福に導くように 兵士諸君

 ハンナ聞こえるかい 元気をお出し
 ごらん 暗い雲が消え去った


――『独裁者』


 勇気や正義の話を息子に話して聞かせた
 記憶の彼方の物語

 私が神だったら同じような世界を作る
 何も違わない
 そしてお前の父になる
 お前の父に

 話して聞かせた
“悪い夢を見る間は戦う気力があり生きている証拠だ”


――『ザ・ロード』

 ……で、ばたばた働きながら、夜毎、やっぱり飲み歩いている。
 この日は、昼に起きて、仕事をして、夕方。
 珍しくきちんと化粧して、急いで出かけた。今夜は最終話放映を控えたアニメ『GOSICK』の打ち上げの日なのだ。会場が歌舞伎町なので、徒歩にて、すぐ着く。
 入口にて、赤と黒のチャイナドレスのK子女史と無事、合流。
 製作スタッフや声優さんで会場が溢れている。壇上でいろいろ挨拶とか乾杯があって、最終話の放映があって、長い時間をかけてつくってきたもののラストシーンを見ていたらどーっと涙が出た……。そしたらお腹が空いて、シチューとかグラタンがあったのでもりもり食べた。
 たくさんの人が集まって作られるものは、すごい。
 オープニング曲とエンディング曲を歌ってくれてる女性の歌手さんが、それぞれ壇上で生歌を披露してくれた。こんなに人が多くてざわざわしているところで、いきなり歌に入り切って表現するというのは、プロはすごいなと思って見ていたら……エンディング曲の歌手さんがマイクを持って、挨拶をして、曲がかかったとき急に、フッ……と薄目になった。そして顔に、無表情と言うか木彫りのお面と言うか、なにか人ならぬ、男でも女でもない硬い皮膚のようなものがふいに降りてきたと見えた。それはわずか二秒、三秒のことだったのだろうけれど……。
 歌いだした。
 ……ぞぅっとした。
 物を作るとき、表現するときの、頭と体の切り替わり、あの得体のしれない瞬間を間近で見たのは、初めてかもしれない。それから、いま会場にいるたくさんの人が、それを持ってるんだ、ここにいる人みんななにかを作ってる人狼なんだ、と思ったら、敬虔な、それでいてぞーっと怖い気持ちになった。
 二次会にもお邪魔して、帰り道。
 新宿区役所前の通りには、人が多かった。ネオンも以前よりは暗いけど、それなりに輝いている。
 チャイナドレスのK子女史が、あまりにも“泣く三秒前”の顔のままもう四時間ぐらい経ってるなぁと思って、駅まで歩きながら「泣かないの。泣かないの」とからかっていたら、「キーッ、自分が泣いたからって! お茶しようっ」と言うので、靖国通り沿いの「珈琲貴族」に連れだって入っていった。
 K子女史は週に一回のシナリオ会議も声優さんのアフレコも出席して、アニメのためにフルスロットルでがんばってくれていた。その思いと「しかしわたしは編集者だから、あの場で泣くわけにはいかないのですよっ」と拳をふるふるさせる動きを前に、またお腹がすいてきたのでクレープをモリモリ食べつつ、しみじみと、

わたし 「けっこう前から、思ってたんですけど……」
K子女史「なにをっ」
わたし 「K子さんの心のほうが、ずっと繊細なんだと」
K子女史「…………(←子供が詐欺師をみつけたような顔)」
わたし 「だって、わたしを見てください。さっき感動して涙が出たせいで、やたらとお腹が空いて、会場でビーフシチュー食べて、グラタン食べて、二次会でジャンボ焼きそばを食べて、監督のグリーンカレーも三口ぐらいもらって、声優さんのハニートーストももらって、そしていま、こうしてクレープまで……。泣いたらすっきりして、爽快感のあまり、高校球児の如くお腹がグーグー鳴るという……。これは、繊細な人間の姿ではない……」
K子女史「そ、そんなにたくさん食べたんですか!? 今日!!」
わたし 「えぇ……(反省……)」
K子女史「まったく。じゃあもういっそ、サンドイッチも食べちまえばいいじゃないですか! すみませーん、メニューくださーい!」
わたし 「いや、じゃなくて……」

 と、考える。
 前から、気になってたんだけど……。
 わたしよりK子女史のほうが繊細だし、K島氏のほうがずっと芸術家気質だ。それに、I本女史の狂気にも、勝てる作家はほとんどいねぇだろうと思う。業界の中にいないとなかなかわからないけど、じつは作家よりも、ある種の編集者のほうがずっと、良質に狂った人生をこっそり歩んでるんじゃないか。
 出版社の社員であるという自覚と、その得体のしれぬ素顔の狭間で、心と体がビチビチに引き裂かれている闇夜でこそ、彼らの魔力は発揮される。
 ……というのは、わたしが作家として、編集者という人狼に視ている白昼夢、理想の姿なのかな(“理想のお嫁さん”“理想の上司”アンケート的な……?)。
 彼らは皆、サラリーマンのふりをした破滅型芸人なんじゃないか?
 政府職員のふりをした革命家なんじゃないか?
 あぁそうであってくれ。君よ、狂っていてくれ。
 できる範囲で、かまわないから~。
 ……ううむ。
 丑三時になって、K子女史が「明日は仙台に出張」と言うので「そういや、K島氏も昨日、仙台だったんですよ……」とうなずきながら靖国通りに出た。
 雨が降っていた。
 都会の喧騒の中、夜の道をまたフワフワ、フワフワと歩いた。
 いつも通りの街を、息苦しく。
 一人になると、やっぱり風が吹いてる。
 帰宅して、すぐには寝れないだろうし、借りてたDVDを観ておこうとごそごそと探した。
 さいきん、『独裁者』『山猫は眠らない』『地獄の黙示録』『ディア・ハンター』『ブラックホーク・ダウン』『戦火の中へ』とか戦争映画ばかり観直していたのだけど、これは『ザ・ロード』の映画版だ。確か四月に、これの原作も好きだという書店員さんに、近所のスタバでばったり会ったとき、「ほんとの廃墟を舞台に撮ってて、すごいんだけど、いま観ると迫ってきすぎて、怖いかも」と言われて躊躇していた。急に、観ようという気になったのだ。
 廃墟のリアリティ。
 これも三月以前なら異世界と、ダークファンタジーとして観たかもしれない。
 ――東京にいると、あれからずっと、なにもかも嘘、幻みたいに感じて、廃墟こそ本当の世界なのにという気がする。でもその感覚が部外者の傲慢だとわかり、恥じる。
 黙って最期まで観て、布団にもぐって、寝た。

(2011年7月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。


ミステリ小説、SF小説|東京創元社