6月25日

   “FIDES PRAEV ALET ARMIS”
 すなわち、信頼は武器に勝る、と。

二人には、その精神の根底において共通したものがあった。自負心である。彼らは、自己の感覚に合わないものは、そして自己が必要としないものは絶対に受け入れない。この自己を絶対視する精神は、完全な自由に通ずる。宗教からも、倫理道徳からも、彼らは自由である。ただ、窮極的にはニヒリズムに通ずるこの精神を、その極限で維持し、しかも積極的にそれを生きていくためには、強烈な意志の力を持たねばならない。


――『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』


わたし「最近、色っぽくなったって評判なんですよ(←うそを真顔で)」
K島氏「あはははは(←リズミカルな笑い)」

 し、失敗した……。
 東京にもどって、引き続き、ばたばたと仕事している。合間にやたらめったら飲み歩く。
 で、今夜は……久しぶりにK島氏とごはんである。
 毎年六月は、四月と並んで出版社内の異動の季節なので、講談社からはI本女史の異動(デジタル部署に)、集英社からはノラ犬編集さんが〈小説すばる〉の編集長になった連絡などがきて、周囲がにわかにばたばたである。各社新担当さんとの顔合わせ会や、いろんな仕事でごちゃごちゃの合間の、土曜日。K島氏も相変わらず忙しそうだ。
 よし、出会い頭の、最初の一言が肝心だぞ、とはいえ謎の好々爺化の進むK島氏に、毒っ気では負ける気がしねぇぜ、と気合いを入れて、待ち合わせ場所の本屋で放った最初の猫パンチ(謎のお色気発言)を、あっさりかわされて(あはははは)、がくっと落ちこむ。
 まだまだ、まだまだ、修業が足りない。ウルトラオツボウーメンへの道ははるか遠い。
 ふぅ……。
 週末のせいか、天気がいいからか、はたまたお給料日か、ボーナス出たのか、東京の夜はすごく人が多い。なんだか嘘みたいに平和な夕方の光景を、泳ぐようにフラフラと、K島氏と一緒に歩いていく。
 ……風が吹いていた。
 飯田橋のイタリアンの店で、二人でカウンターに陣取り、軽めの白ワインをぐいぐい、ぐいぐい飲んだ。K島氏のママ(やはり読書家)がずっと『GOSICK』を読んでくださってるとのことなので、出たばかりの八巻(上)のサイン本を渡したりする。
 隣の若いカップルが、男のほう(瑛太っぽい)がすごく小食らしくて、草の盛り合わせみたいなサラダと、ペンネアラビアータ一皿(を二人でシェア)しか頼まなくて、しかもぜんっぜん食べないので女の子(かわいい)のほうも食べ進められず、でも男が席を立った隙に目をキラキラさせながらカウンター越しにシェフに料理について質問したりするのでほんとは食べるの大好きな女の子らしく……というのを横目で見て、コソコソと「食べない男はだめですよねぇ、桜庭さん」「せめて、どんどん頼んで女の子には食べさせてあげればいいのに」「そいつとは別れたほうがいいわぁ~」「ねぇ、そうよねぇ、K島さん」と、オツボメントークに花を咲かせる。
 最近面白かった本の話題で、ウーン、いまは戦争の本ばっかりだからなぁと首をかしげて、「あっ、でもちょっと前に読んだウィルキー・コリンズ『白衣の女』が面白かったです。男の子版ブロンテ姉妹って感じで」と言う。定期的に岩波文庫の棚前に立って、棚ざしの本から当たりを探してるんだけど、これは昼ドラになったところらしくて、上中下とたっぷり積んであったのだ。
 ワインがすすんできた。酔っているのかなんなのか、電子書籍の話題で、

わたし「人類が滅亡して」
K島氏「あはははは。滅亡」
わたし「宇宙人がきたときのことを考えると、紙の書籍のほうがいいんですよ、ぜったいです」
K島氏「あははは……。エッなんの話?」
わたし「だって、古代遺跡なんかでもだいたいそうじゃないですか。石板に彫ってあったり、パピルスに書いてあるから、現代の人がみつけては解読できてるわけで。滅亡して何万年か後に宇宙人がきたとき、電子書籍だと、電気がなければPCもつかないからだめですよ。紙じゃないと。紙……(くたっ)」
K島氏「あはは。そのワインおいしいですか?」
わたし「あぁ、はい……」

 相手は好々爺なのに、こっちのほうが断然おかしなことを言ってるのに、なぜか、やはり、勝てる気がしない……。
 と、それから、今後の仕事の話もちょっとした。
 今年は新刊が七冊出るので(『本に埋もれて暮らしたい』『ばらばら死体の夜』『GOSICK』新作四冊、『傷痕』)、去年からずっと走り続けていて、たいへんだ。余裕がまったくなくて、メールの返事も滞ったり、電話もなかなか出られなかったり……。そんな恐慌状態の中で、全部の作業がいつもギリギリで奇跡的に間に合っていく。

わたし「じつは、『傷痕』の連載が終わったら、1~2ヵ月のんびりしようかと思ってるんです」
K島氏「そうですねぇ。で、インプットの時間を増やしたり。そういや、ぼくは桜庭さんが趣味で書いた小説って読んでみたいです」
わたし「むむっ」

 先月、目が回るほど忙しいときに受けたインタビューで、質問を受けて話しながら、思いだして、ハッとしたことがあった。
 『GOSICK』を始めたころは、売れてないしほかに仕事もなにもないから、この本に使うかどうかわかんない資料を、娯楽がてら大量に積んでは読んだり、それまでの人生で溜めに溜めた謎の(ふつうは無駄になっちゃう)知識やあほあほ哲学をがっつり使って、たった(!)一冊を書く、ということをやっていた。なんというかメディチ家のスープみたいな作り方で、だから、技術的には危ういところが多々あっても、贅沢なやり方だった。そういえば『赤朽葉家の伝説』もそうだったな。でもその作り方をしていたのはおそらく『ファミリーポートレイト』までで、以降は、テーマに合わせて資料を読んだり、ぜったい必要なものだけをかき集めては作るようになっている。
 インプットを増やして、アブない熟成期間もたっぷりみっちりおいて、無駄のたくさんある、贅沢でばかみたいな作り方を、またしたいな。それに、小説の神さまは、勤勉で論理的な場所には近づきたがらないはずだ……(なぜなら彼は、確かに情熱的で信念もあるけど、本質はボンクラだから……)。
 そのためには、追われる生活ばかりを続けちゃいけない。締切に向かって全力疾走(短距離のスピードで長距離走だった)を続けながら、ここ数か月、そんなことをつらつらと考えてたのが、話しながら、論理になってまとまってきた。
 完全に酔っぱらって、四時間後。隣のカップルが、草とペンネ二皿だけのままで帰っていった。帰り際、四時間近く経ったカッチカチのペンネアラビアータを男(瑛太似)がぱぱっと完食して立ちあがったのを見て、「女の子、完全ハラヘリですよ」「なんて男なの~」「キー!」と、オツボメントークのテンションがMAXになった。
 夜の道をフワフワ、フワフワと歩く。
 K島氏が「明日から仙台に出張なんですよ~」と言うので「あぁ、仙台に……」と返事をする。
 一人になると、ふっと風が吹く。
 帰宅して、風呂に入って、出てきた。中学のときに読んでがっつりかぶれた塩野七生の『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』を出してきて、ものすごく久しぶりに再読した。って、またもや戦争の本だ……。
 あのころ、カミュの『カリギュラ』と並んで好きだったのがこの本で、虚無と退廃と罪の海を好き勝手に泳いでいくチェーザレの姿を、まるでロックスターでもみつけたようにうっとり見上げていた。いま読んでも、剣は持ってきたけどさ、盾なんてうちにねぇし、みたいな、攻めのときには強いけど劣勢になった途端に下手でむちゃくちゃになってそのまま死んじゃうこの若い罪人が、やっぱり、麻薬のように効いてくる。
 最後、チェーザレが死んだときに、ようやく抱えてたなにかが解放されて、くたっ……! 一緒に布団に倒れた。



ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!