6月16日

国中が惨憺たる状態にあって、生半可な涙や笑いが受けようはずがない。人々のまなざしを爛々とさせられるのは、もはや僕らのような、圧倒的に惨めな存在だけだった。

(日本人は全滅かい)
(いいえ、全滅はしません)
(では)


――「五色の舟」


美容師さん「この雑誌、当たり。面白いよー」
わたし  「……ハッ!?」

 夕方である。
 15日までの原稿の直しをなんとか無事に終えて、K子女史に送った。で、2月後半にきたっきりだから、なんと4カ月ぶりに美容院を訪れた。髪の毛が“巌流島に向かう宮本武蔵じゃよー”みたいな猛々しさになってるのを、なんとかしてもらう。
 いつもは、カットとか染めるののあいだに持参した本を読むのだけど、この日は『山尾悠子作品集成』がなかなか噛み砕けなくって、往生した。
 あっ、そういえば……いま周りで話題になってる『夜の写本師』も、なぜかうまく噛めない(頭頂部がパカッと開いて歯が出てきて本を食うイメージ)んだよな……。さいきん戦争の本や映画ばかり摂取してるし、いまは上質なファンタジーが読めなくなってるのかもしれない。
 ふがいないなぁと思っていたら、美容師さんが「おやっ、いつもとちがう?」と思ったようで、おすすめの雑誌を一冊渡してくれた。世界の街角お洒落スナップ記事がメインなんだけど、パリやNYだけじゃなくて、バルセロナとかベルリンとかいろんな都市がびっちり載ってて、人間観察的に楽しい。
 ……人と接する仕事のプロは、相手をよく見てるし、気遣いがさりげないな。一方わたしはというと、いろいろ気づかないし、起きてるあいだは常に挙動不審だ(そう、“なにもかもおかしい”……うぅぅむ)。
 髪の毛すっきりで、帰宅して、津原泰水さんの短編集『11 eleven』を開いた。気に入ってた「五色の舟」が入ってるのだ。
 下駄屋に生まれた“くだん”の噂を聞きつけて、リヤカーに乗り、一家総出で出かける「五色の舟」……。執拗に帽子をかぶり続けるうつくしい書店員……「テルミン嬢」。もっと自分に合うなにかがあると思いながら石を磨く日々……「琥珀磨き」
 あれ、これはすらすら読めるな。どうしてだろう……?
 そういえば、だけど……インタビューで「作家はどうして小説を書くのか?」と聞かれて、とっさに「祈るため」と答えたことがあった。物書きは、政治や経済にかかわる人たちとちがって、世の中の外側にいて、社会を直接変えるわけじゃない。物語るというのは、すこしでもよくなるようにと、変わるようにという祈りなんじゃないか、と思ったのだ。
 それがどうもここ2、3か月、人が書いたものを読んでいて、外国の人だったり昔の人だったりする著者の祈りの声が、妙にダイレクトに伝わってきたり、同じ本を読んだ古今東西の人たちの祈りも、聞こえるような気がするときがある。
 書くことだけじゃない。読むこともまた、人の祈りの声に耳を澄ます行為で、同時に、なにかを強く願うことなんだなと思いながら、それにしても、ようやく長きの缶詰生活が終わって、くったり……。寝た。



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