4月19日

ある日の午後、わたしたちは全然破壊されなかった郊外に足を向けた。人々がバルコニーにすわってコーヒーを飲んでいた。それはまるで映画のようであり、元来あり得ないことであった。さかさまになった目で別世界の行為をながめているのだと気づくまでに、どのような思考の回り道が必要であったか、もうおぼえていない。それに気づくと、今度は我が身の状態に愕然とした。

 速いスピードで平和な田園を抜け、死の市中に近づいていた。そのとき、「さあやっと本当の生が始まるぞ」と歓呼の声をあげないようにするのが骨の折れるほど真実な、圧倒的な幸福感に襲われた。

深淵はわたしたちのすぐ近くにあった。それどころか足下にあったのかもしれない。そしてわたしたちはなんらかの恩寵によって、その上方をただよっていたにすぎない。


――「滅亡」

 昼過ぎにうちを出て、集英社で『ばらばら死体の夜』のインタビューを三本受けた。それから、夕方、新宿に向かった。女4人で飲み会である。
 すっごい笑う。で、ものすっごく酔う。
 日本酒はベリー危険な飲み物アルね……。
 帰ってきて、ばったり。倒れたまま、読みかけ、かつ読むの2度目の短編集『死神とのインタヴュー』(ノサック)を手に取って、寝転んで、また読み始めた。
 ノサックはドイツの作家で、この本の刊行は1948年。最後に入っている中編「滅亡」は、第二次世界大戦中、43年に起き、何万人がなくなったのか定かではないというハンブルグでの空襲体験を、そのわずか3か月後に描いた私小説風の作品だ。表題作はガラッと変わって、作家である自分が“死神”(だが、どう読んでもボンクラ自宅警備員風……)の話を聞きに行くというダークホラー。女が美少年の人魚と出会うという、ファンタジー風の「海からきた若者」もあるけど、これも、女が焼野原になった町から海沿いの村に疎開してきた人で、人魚におそろしかったその体験を聞いてもらうというストーリーだ。
 収録されたどの物語も、第二次世界大戦で受けた個人の傷から生まれていて、まるで、ノサック自身のずたずたになった神経の治療の過程を、なすすべもなく追体験させられるようだ。
 つい1週間ほど前までなら読めなかったなぁと思いながら、でも、本と一緒にどっかに向かって走るように読み続けた。
 どうやらすこしずつ、娯楽作品じゃなくて、いま読むことにこそ意味のある小説を探し始めてるみたいだ。でもそれってどうしてだろ、と読みながら自分の胸を覗いてみる。
 きっと、小説の中に、混乱してる自分自身の口からはけっして発することのできない、でもいま感じてるはずの“ほんとの言葉”を探してるんだ。
 言葉を失った人を回復させるため、彼や彼女の代わりに語るためにも、小説は存在してるのかもしれない。そう、いま身をもって学んでいるのだろう。
 書いて出版するという行為は、一時的に預かっていた言葉を、読者の手に返すことでもある。そうだ、あの人(ライナー・チムニク!)にも、あの人(アゴタ・クリストフ!)にも、あの全集(集英社から出るはずの「戦争と文学」シリーズ)にも、あとハヤカワepi文庫とかに、たくさん……預けっぱなしの荷物があったはず、すぐ取りに行かなきゃ、と、マグマのような読書欲が再びどこからか湧いてきて、あれもこれも読みたくなって、焦って、急に渇いた。
 やがて夜が更けてきたけど、ノサックに預けた荷物が1文字、1文字、読者の自分の手にもどってくるので、今日はもういいよ、そろそろ寝るから、また明日で……と言えなくて、夜が更けてもいつまでも本を読んでいた。

(2011年5月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』『ばらばら死体の夜』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。


ミステリ小説、SF小説|東京創元社