4月11日

 1か月経った、この日。月曜。
 前日に都知事選があった。
 天気がいいな。窓からの木漏れ日を感じながら机に向かって仕事していた。
 午後二時四十六分。
 机から立って、黙祷。
 仕事をひとまず終えて、ゆっくりと外に出て、公園に行ってみた。オット、あの土俵はまだあった。青白いなにかが、風に揺られて地面の上を、土俵の上を、さらさらと流れていく。あ。人間の人差し指の先ぐらいの大きさの丸い花びらだ。
 見上げると、あの日は咲いていなかった桜が今日は見事に満開だった。
 風に舞う花びらに目を凝らしていたら、公園の隅でギターを抱えた男の人が、「れっと、いっと、び~。れっと、いっと、び~」としんみりと歌っていた。そのへたさまでも、生きていて時間が流れてるなぁと思えて、すると次第に、意識にぼんやりと霞がかかっていった。
 ……きれいだな。
 ミニスカートの女の子がどっかに駆けていく。白くてまぶしい細い脚。
 生きてる。
 このさき、春になって桜を見上げるたびに、思うのは2011年のことだろう。
 近所のエロいカフェに入って、淡々と仕事の続きをしていたら(なぜかおじいさんとおばあさんでぎっしり混んでいた)、夕刻の空が見る間に暗くなってきた。ツイッターを覗いたら、東京在住の人たちが、雨だぞーと言っているので、こりゃ降る前にもどろうとゆっくりと立ちあがった。
 ちょっと手遅れで、外に出たときにばらばらっと痛いほど大粒の雨が降ってきた。いかん、と走ってうちにもどろうとすると、公園の横のビル前で、中学生になりたてぐらいの男の子がぼけーっと空を見上げていた。そこに女の子が傘を揺らしてやってきて、なにか言った。

男の子「えっ? 雨宿りだよッ」
女の子「この雨、やばくね? 放射能……」

 と言いながら、女の子が地面をトンッと蹴って駆けて、男の子に傘を差しだした。その前を小走りに通り過ぎる。男の子の頬が見る間に桜色に染まる幻を、後ろ頭についた三つめの目玉で、瞬間、確かに見たような気がした。
 もどって、ご飯食べようと台所に立ってるうちにニュースの時間になったので、ぱちっとテレビをつけた。
 窓の外は真っ暗で、雨音がリズムよく響いている。午後五時十六分、地震速報が鳴ったなと思ったら、ほどなくまたおっきいのがどどどーっときた。
 福島浜通り震度6、と出る。津波警報も出る。あぁ、福島がまたもや停電だ……。ほどなく原発について東京電力の会見が始まった。
 いろんなものが、一進一退だ。
 抵抗して頑張りすぎたら、ぱきっと折れちゃいそうなので、揺れに合わせてからだをぐにょぐにょと揺すったりした。
 ニュース番組を梯子してから、まだユラユラ揺れてる中をお風呂に入って、出てきた。
 先日、角川で話してていま読みたいものは、という話題で、「『ONE PIECE』!」という説(M宅氏)とともに、小川洋子さんはどうかという話もあった(確かK子女史? あと別の日に会った集英社の担当女史も言ってたような)。それで、さっそく買ってきた小川さんの新刊『人質の朗読会』を手に取ったんだけど……。
 とても丁寧に撫ぜるように書かれた文章の、プロローグの“人質たちの救出に失敗してしまった。八人は折り重なるようになくなった。そして二年後のこと……”のところで、なぜかピタッと止まって、一歩も読めなくなってしまった。
 こまかく一進一退する読書の様子が、自分の状態を教えてくれてるみたいだなぁ、と気づく。わたしは強い、だから大丈夫だと意地を張ったり、人の様子を心配してても、じつは、読んでいる本が心の本当のところのバロメーターなのかも。
 起きあがって、さいきん買った本を順番に床に並べてみた。現実から遠いものか、娯楽性、虚構性の高いもの、という観点で慎重に、というのはうそっこで、けっこう衝動的に選んだ『山猫』『吸血鬼』(江戸川乱歩)、お花見の席で書店員さんにもらった『悪魔物語・運命の卵』(その店の海外文学フェアでよく売れてるらしい)、それとゴシックの新刊で出だしのエピグラフに使うために買ってきたアンデルセン童話集『マッチ売りの少女』(この中の「雪の女王」から引用するつもり)とか……。
 どうもここしばらく、どの本を開いても「これだぜ!感」が足りなくて、いまこの瞬間に自分がなにが読みたいのか、びっくりするぐらいわからない。こんなこと、いままであったっけ……? なんだか自分を静かに見失いつつあるようで、ちょっとだけ怖かった。
 うーん、と悩みながら、でも、ぱたん。
 と、寝ちゃった。



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