うりぼう
【うりぼう】続いて、登場する編集さんたちの似顔絵も練習。K島氏は「K」の字に帽子。F嬢は「F」に眼鏡と薙刀。で、K子女史は……K島氏と区別するため、なぜか不良少女風のロンタイ姿に。すると似てきた。「ウーン、でもまだ何か足りない。……あっ!」さらになぜか、誰かのアイデアでうりぼうをつけたら「似ている! これで行きましょう」……似顔絵って不思議なものだと思った夜。(桜庭撮影)

1月某日

 雑誌の旅行記のようなところを読んでいたら、〈首なしひばり〉という変ったお料理のことが書いてあった。首なしひばり、なんだか恐しいような、おかしいような名前だ。
 うす切り肉のまん中に、こま切れ肉少々、香り草のみじん切りをたくさんきざみこんで、くるくる巻いて、両脇をしばっていため煮にしたものとあった。
 こま切れ肉というのはピンとこないので、ひき肉を入れて作ってみることにした。

おかしなことに、ソ連に行って「イクラを下さい」といえばキャビアがでてきて、「キャビアを下さい」というとイクラがでてくる。この二つのことばは、どこかで入りまじって日本に伝わってきたらしい。


――『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』

 作家の日常……というほどでもないけど、ときどきあることの一つに、編集さんたちとのご飯がある。単行本、文庫本、雑誌連載の担当さんなどで集まっての会食だ。のんびりとご飯を食べてるようで、つぎの連載のお話になったり、でもすぐには引き受けられないから、笑顔の押し問答(?)になったりと、ある意味、編集さんの腕のみせどころでもある。あと、どことなく、おもろい話をして場を盛りあげることに、作家の力量が問われる(ような気がする)、両者の修練の場(?)……かもしんない。これに鍛えられてるうちに、作家は、ほかの作家さんのなにかの受賞パーティーなどで、もう酔っぱらいきってるのにとつぜん「……はい!」と司会者にマイクを渡されても、ヨロヨロと立ちあがり、気の効いた短いスピーチをのたまえるようになる……のかも、しんない。
 というわけで、この日。〈週刊文春〉の〈覆面レストラン探検隊〉みたいなコーナーで突撃したらほんとにすごくおいしかったというキノコ鍋のお店に集合して、文春の編集さんたちとご飯だった。
 と、偉い人(ダンディ。花束が似合う)が、わんさかキノコの入った鍋を覗きながら、滔々と、

偉い人「こないださ、昼ごろ、会社の近くを歩いてたら、向こうからフリル王子がすーっと滑るように歩いてきたんだよ。それがさ、このルックスで、ふわふわのスカートを穿いてるってのに、遠くから見てもちゃんと男だってわかったんだ。だって、普通、見間違えるだろう。きっと彼には、どこかに確固たる、俺は男だというメンタリティが……。うーん……。どうしてなんだろうなぁ。なぁっ、桜庭さん!(と、急にこっち見る)」
わたし「……エッ、わ、わたしですか!?」

 使い慣れない長い金属の箸の先から、ぽとっとオレンジのキノコが落ちる。
 うぅ、とつぜん話を振られて、なにひとつ気の効いたことが言えなかった……。
 修練の場(?)は続く……。
 そういえば昔、短い髪で、すっぴんで、ズボンはいて近所の公園でぼけーっとしてたら、年配の路上生活の男女三、四人がこっちをちらちら見ながら小声で相談してて、やがて女の人が代表して近づいてきて、

女の人「……男? 女?」
わたし「……」

 ということがあった……。というのを、帰り道にふっと思いだす。あれはいったいなんだったんだ。どこかに確固たる、わたしは女だというメンタリティが、どうも、足りないのかしらん……?
 などと考えながら、帰宅して、新宿のジュンク堂でプッシュしていた、昭和60年初版であるところの『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』を開いて、読み始めた。
 パリで活躍したシャンソン歌手の石井好子さんが、〈暮しの手帖〉に連載した『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』がベストセラーになって、エッセイストクラブ賞も受賞。“オムレツの人”として有名になり、都内でオムレツ専門店を開店することに。本書は、その後、ヨーロッパから帰国して国内をツアーで回る中でいろいろな料理を発見したり、老いた父親や、病を得た夫に向けてご飯を作ったり、という、東京の空の下での続編だ。
 素敵なご飯がどんどん続く中、戦時中に疎開している親戚を訪ねた日に作った、遠い日のスフレオムレツの思い出だけが、胸に突き刺さるように悲しい。黄身と白身を分けて泡立てておいて、混ぜてからふわっと焼く、前菜には最適な、上等なお菓子みたいなヨーロッパ料理、スフレオムレツ。食糧難のその時期に、一人一個ずつの卵を手に入れた親戚の台所で、よかれと思ってそれを作ってしまう。せっかくの卵で「なんだか食べた気がしない」と家族をがっかりさせてしまい、好子さんは落ちこむ。
“久しぶりにありつく玉子なら、各自の好みをきいて、おいしくたべさせてあげるのが本当の料理人だ。ある人は半熟で、またはフライドエッグで、玉子の黄身も白身も味わいたいだろう。またある人は、生のままかきまぜて、おしょうゆをたらし、ご飯にかけてたべたいだろう。「あーたべた」という実感が味わいたいのに、余計な口出し手出しをしたために、貴重な玉子はふわふわと口の中で消えてしまった。”
 ここまで読むと、おもてなし好きで、パリでも東京でも腕をふるう“オムレツの人”の、個性的だけど相手には絶妙に合わせている料理のことが、あぁ、と納得できる。続編まで読んでよかったなぁ、とうなずきながら、風呂はいって、寝た。

(2011年2月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』『伏-贋作・里見八犬伝-』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊となる読書日記第4弾『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』は好評発売中。


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