髑髏犬がしゃべる特製ペーパー
【髑髏犬がしゃべる特製ペーパー】サイン会のおまけに、本家『八犬伝』のあらすじつきペーパーをつくってもらった。表紙から意外とフレンドリーに話しかけてくる髑髏犬……。こわい……。(桜庭撮影)

11月某日

【リトルリーグの入団テストの短距離走でビリになったとき】
おまえ、ハチの大群にでも襲われたような格好で走っていたぞ。そしたら、おまえのタイムをストップウォッチで計っていたデブのガキがそれを見て笑い出してな。……まあ、おれに言えるのは、デブのガキに笑われるようなヤツに見込みがあったためしはないってことだな

【鼻血を出した理由】
何があったんだ? 誰かに顔を殴られたのか? ……何だと? 原因は乾燥した空気? そんな情けない理由があってたまるか。頼むから、人に聞かれたら顔をなぐられたと言ってくれ

【兄さんの息子のおしゃべりが遅い】
話す時期が来たら自然に話すようになるから、あまり心配しなさんな。癌の治療法を知っているくせにもったいぶってるとか、そういう大げさな話でもあるまい


――『父さんのsh*t(くそ)発言つぶやきます
毒舌オヤジとぼくとツイッター』

 さいきんずっと“缶詰になって誰にも会わずに原稿を書く”時期と、“打ち合わせやインタビューやご飯で出かける”期間を、交互に入れ続けている。といっても、スケジュールを管理してるのは自分だから、いつもけっこうな綱渡りだ。
 で、いまは外出モードの時期なので、この日も、夜に友達と待ち合わせた。昔から周りに映画好きな子が多くて、二十代のころは映画の日とかに約束して、一本観てから、安い居酒屋とか食べ物メニューもある喫茶店で、いつまでもしゃべっていた。でも、いまはもうみんな大人になった。それぞれの生活という終わらない戦いで、ひどく忙しい……。夜の九時。ばたばたっと、待ち合わせの飲み屋に入る。カンパリソーダで乾杯して、お互いの近況の上書きを行う。定期的な相互バックアップだ……。これで、自分が忘れちゃったことも五年後ぐらいに「こんなことしてたよー」と指摘してもらえる。こっちも、やたらとにやにやしながら、相手の“いまここ”を、よーく覚えておく。
 約二時間後。友達がトイレに行った。しばらくしてわたしも行った。ごちゃごちゃした店のトイレって、店内よりさらにごちゃごちゃしていることが多いなー、と思う。雑誌の切り抜きが壁中に貼ってあって、その中に、まだだいぶ若いころのハリウッドスター、ブラッド・ピットが、なぜか真っ裸で、股間を両足のあいだに挟んで隠し、中腰になって面白い顔をしてふざけている謎の写真を発見する。雑誌のカラーグラビアの切り抜きらしいけど……なんだこりゃ? 若いとはいえ、いったいなにしてるんだ?
 首をひねりながら、千鳥足で席にもどって、「ねぇ、あれ見た? ブラッド・ピットが、こうやってさぁ……」と中腰になりながら友達を見ると、彼女はなぜか、座った目つきでわたしを睨んでいた。

わたし「なに……?(って、なにもしてないけど……。女の人のこういう顔ってまじで怖いんだな……。知らんかった)どしたの?」
女友達「わたしに隠してることがあるでしょ」
わたし「えっ、隠してる、こと……?」
女友達「胸に手を当ててっ!」
わたし「……(当てる)」
女友達「わたしに、自分から、言わせるなんて……」
わたし「!!??(←パニック)」

 友達がトイレのドアのほうを指差す。と、へっぴり腰の若きブラッド・ピット(謎のまっ裸)の半透明の幻影が、能天気な表情を浮かべて、ふわーっと通り過ぎていった。
 そういや、あれは『テルマ&ルイーズ』のころの顔だなぁ、若いなぁ、などと考えていると……。

女友達「わたし、トイレの水、流し忘れてたでしょッ!(←と、逆ギレ)」
わたし「ええーっ! いやっ、流れてたよ。なにそれ。そんな心配してたの。まったく、まだそこまで酔ってないでしょ」
女友達「……(じっと目を見る)嘘ッ!」
わたし「嘘じゃないよッ!」
女友達「気を使って、このことは黙っててあげようと思いながらもどってきたんでしょ。トイレから出てきたときの、挙動不審っぽい、へんな顔……」
わたし「挙動不審は、もともとだ! 毎日だよ! いやっ、じゃなくて、出てきたときに、妙に考えこんでたのはね。ねぇ、見なかった? トイレの壁に、アイドルスター真っ盛り時代のブラッド・ピットが、なぜかまっ裸で、しかも、こうやってさぁ……(←熱演)」
女友達「ブラピの話なんかして、ごまかして! ファンでもなんでもないくせに! 腹立つっ!」
わたし「ごまかして、なーい!」
女友達「……じゃあ、ほんとに流れてなかったら、わたしに正直に言う?」
わたし「うっ……(絶句)。そりゃ、わざわざ言わないだろうけど。でもここまで炎上したら、もう降参するでしょ。ほんっとに、しっかり流れてたってば。それより、ブラッド・ピットが……。そ、そんなおそろしい顔で、睨むなよ……。って、わたしはどうしてもブラピの全裸のへっぴり腰の話をしたいのに、なんで聞いてくれないんだよーっ」

 久しぶりに、人とケンカした……(しかも、これほどどうでもいい原因で……)。
 もめたあまりに、おもしろいブラッド・ピットの写真を自慢のあいふぉんで撮影するのも忘れて、プンプンしながら店を出てきてしまった。
 いや、痴話喧嘩になったときの、男の人たちの恐ろしい気持ちを、この齢にしてようやく理解できたなぁ、と思いながら、帰りの電車で『父さんのSh*t発言、つぶやきます』を開いて読み始めた。
 著者ジャスティンは、映画の脚本家を目指す青年。28歳のある日、彼女にフラれて家もなくなり、10年ぶりに、サンディエゴの実家にしぶしぶ帰ることに。父さんの毒舌ぶりはあのころと変わらないけれど、大人になったぶん、その裏にある信念や優しさにも気づく。実家のリビングにPCをおいて働く傍ら、父さんの毒舌をツイッターに投稿していたら、あれよという間にフォロワーが爆発的に増えて、そのうちなんと、CBSでのドラマ化の話まで舞いこんで……。
 ジャスティンの記憶にある、父さん特有の毒のあるユーモアは、昔から一貫している。たとえば、ジャスティンがまだチビのころのある朝、

【いじめっ子対策】
まあ、ガラの悪い連中はどこにでもいるもんだ。おまえもそういうのに出くわしたら覚えておけ。体がデカイから手強いとはかぎらない。要するに、問題はケツの穴の大きさよりもクソの量だ


 で、高校生のころの記憶を紐解くと……。

【卒業記念ダンスパーティーに最初に誘った女の子にフラれて】
それは残念だったな。ところで、おれのウエストバッグを見なかったか? ……ちゃんとおまえの話を聞いてるだろ? 残念だったなって言ったじゃないか。何だって言うんだ。ウエストバッグを探しながら、おまえに同情しちゃいけないって法律がどこにある?


 大人になってからも、

【誕生日に何が欲しい?】
バーボン・ウイスキーかスウェットパンツだ。それ以外ならゴミ箱に直行だからな。……もっと発想豊かな品物を贈りたいだと? 発想はいらないから、おれにバーボンとスウェットパンツをよこせ


 発言がいつもどこかにふっ飛んでいるので、寝転がって気楽に笑いながら読みすすめてしまうけど、息子が鬱病治療薬を処方されたときの全力の闘いぶりや、科学の宿題でずるをしたときの激しい対応、自信を持て、おまえにはできる、と叱咤し続ける姿勢からは、たぶん本来の、でもいまではあまり周りで目にすることのない、強い“父性”が感じ取れて、懐かしいはずなのにひどく新鮮だ。だからおかしくって、寂しい。貧しい家で生まれて、社会の底辺から力ずくで這いあがってきた父さんと、対照的に、経済的に恵まれて育って繊細な青年になった三人の息子たち。強い父と、弱い息子。両者の共通点は、ユーモアを解する、というところだ。
 これ、無事にドラマになるといいなー、日本でもやらないかな、と思いながら、お酒も回ってるしばたんと倒れて……寝ちゃった。



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