鮎川哲也ワイン
【鮎川哲也ワイン】同じく鮎川賞のお土産、鮎川哲也写真付き白ワイン。レア。開けたら最後なので、いまのところ誰も飲んでないみたい。(桜庭撮影)

10月某日

「ばかな恋愛したことない人なんて、この世にいるんすかねー」


――『ふがいない僕は空を見た』

「見ての通りですが、説明しますと蟻が集合して携帯電話に偽装してたのです」


――『竜が最後に帰る場所』

地獄の一丁目で、まだ小野菊は笑っているのだ。


――『漂砂のうたう』

パーティーは、まだまだこれからだぜ!


――『悪の教典』

 雨の週末。
 土曜日の、夕方と夜の中間ぐらいのあいまいな時間である。ここ一週間ほど人に会わずに、篭もって書いていた〈小説現代〉新連載の原稿第一回が上がったので、担当さんにメールで送って、それからあわてて、角川書店K子女史のあいふぉんに連絡した。
 すると、K子女史は「いま、見知らぬ町で道に迷っております!」と、はきはきと電話に出た。
 週明けの月曜に、アニメ化される『GOSICK』のアフレコ初日があるので、それまでに缶詰が上がっていたら顔を出せます、とお話していたのだ。「月曜行けますー」「そりゃよかった!」と、待ち合わせの時間と場所を約束していると、電話の向こうで「ぎゃっ」と低い悲鳴が響いた。

わたし「どうしました!? 尻尾を踏まれましたか」
K子 「尻尾はないです。確かに、K島氏にはあるけども……。じゃなくて、いま鳩のフンに頭を直撃されました。あぁもう、ただでさえ道に迷ってるのに……。周りもどんどん暗くなるし……」
わたし「鳩……。そういえばわたし、昔、うっかりチリチリパーマをかけたときに、髪がフワッとしすぎてて、鳩のフンが落ちてきたことにまったく気づかなかったことがあったんですよ。そのままバイト先の喫茶店に真顔ではいっていって、カウンターの隅に座ってた常連のおじさんに『こんにちは、いらっしゃいませー』って言ったら『頭にウンコついてるよー』って返事が。あぁ、暗黒の過去……」
K子 「むっ。わたしも、外回りの営業やってた時期に、鳩のフンをくらって着替えたりしてて遅刻して、焦りすぎて、怖い上司に『知らない小学生に鼻血を擦りつけられていて遅れました!』ってへんな言い訳をしたことが。鳩のフンとのちがいがわからぬ……」
わたし「……」
K子 「……」
わたし「今回、引き分け(?)ですね」
K子 「なにを言ってるんですか。いままさに頭にウンコがついてるんですから、今日はわたしの勝ちー」
わたし「むー……(くやしい)」

 電話、切れる。
 あいふぉんのカレンダー機能を開けて、月曜の予定を書きこんでいると、おっ。こんどは創元のSF班K浜氏からメールがあった。「『書店はタイムマシーン』(読書日記2巻)文庫のゲラの最終確認が月曜デッドラインなんだけど、これそう?」むむっ? もういちどK子女史に連絡して、アフレコを夕方までにしてもらって、そのあと創元でゲラチェックすることにする。
 ついでに「さっきK子女史の頭に鳩のフンが落ちてきた」と教えると、K浜氏からなぜか「鳩のフン? 時代遅れだなー」と返事がくる。えぇっ……?
 パソコンに向かって、缶詰中に溜めてしまったお仕事メールにまとめて返事を書いていると、さっき原稿を送った〈小説現代〉担当のT井氏より連絡が入った。担当だったK村女史が「群像」に異動になって、もともと〈週刊現代〉「リレー読書日記」を連載していたときに担当だったT井氏が異動してきて、新担当になったのだ。たしか文春の紋別君(『私の男』連載時の担当、紋別出身)と大学が同期で、同じゼミか隣のゼミだったと聞いたような……。どうだったかな……。
「いま出張先にいて読めないので、月曜に読みます!」という。
 しばらくすると「ちいさいながら読みました! 面白いです!」というメールもきた。ちいさいながら……? しばらく考える。もしかすると、携帯電話の画面で読んだという意味だろうか、80枚近くあったのにな、と閃いたとき、またメールがくる。「わかりづらい人間ですみません。さっきのは字がちいさいという意味でした!」おぉ、やっぱり……。ありがたい……。
 さてメールの返事をぜんぶ書き終わって、パソコンを消して、のんびりと散歩に出ることにした。
 傘を差して、ぷらぷらと近所を歩きながら、鳩のフンが古かったり、ちいさいながら読んでくれたり、あとK島氏の脳内「深夜プラス1」のマスターが笠智衆だったり……けっこうシュールな世界だよなぁ、と思った。
 近所の本屋に着いた。
 新刊の棚を歩く。ウワッ、山尾悠子のベストアルバム廉価版みたいなのが出てる! 代表的な短編を集めて、本人の自作解説付きで、1800円のお買い得だ……。(三年越しで悩みに悩んで、二ヶ月前に8800円の箱入り『山尾悠子作品集成』を買ったばかりなのだ……)長らく迷っていてついに買った本に限って、いつもこれだ! いや、でも、間口が広くなって新しい読者が手に取ってくれるようになるから、いいことだ……。青年たちよ、(箱入り8800円を抱きしめて泥炭に倒れる)わたしの屍を越えていけ! あっ、でも踏むな。
 と、いつもの目で書棚を眺めた後、はっと我に返って、国内の新刊を注意深く見た。
 新人賞の選考のことで、いろんな人と話したり相談したりしながら、ここ数週間、つらつらと考え続けてることがある。
 選考委員になると「新しい風を!」とか思うけれど、ではほんとうに新しい小説がやってきたときに、自分はちゃんと、ナイスポーズで、びしっと青年の顔を指差し「おい、そこの君……。風だッ!」と言えるのかな。
 わたしは昔の本と外国の本が好きで、ほっとくとそっちにばかり行ってしまうけど(いまも、奥のA27の棚に行きたいよー。足が勝手にカサカサ、カサカサ、と動きそう……)、歴史を知ることや、スタンダードを愛で、学ぼうとすることと同時に、いま書かれているものもちゃんと読んで、これは面白い、これはウーン? と普段から運動として自然に感じてないといけないんじゃないかな、と思ったのだ。
 注意深く、ゆっくりと、きらきらと国内新刊があふれる棚を歩いていく。フレッシュな生肉売り場みたいに、新鮮だ。天井からのライティングが眩しい。棚から棚へ、落し物をさがすようにうろうろする。
 小説は……。
 小説はどこだろうか?

(2010年11月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』など多数。読書日記第2弾『書店はタイムマシーン』文庫版は11月27日発売。


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