桜庭一樹読書日記

2010.02.05

また桜庭一樹読書日記 【第8回】(3/3)[2010年2月]

元旦
【元旦】たった一人だけの足跡がてんてんと残る、山陰の駅。夕方四時ごろ。寒かった!(桜庭撮影)

『京島原の女郎に、江戸吉原の張りを持たせ、長山丸山の衣装を着せ、大阪新町の揚屋にて遊びたし』

 島原の女子のどこがええのや。顔の造作がちまちまして、そらお人形さんのように綺麗かもしれへんけど、生きてる人間の温かみがちいともあらへん。あんなんと遊びはったら、骨まで凍るのとちがうか。それに京の女子の性の悪さは天下一品やないか。まあ、ええべべどすなあ、いいながら、ちょいとまくって裏地を見る、というのが京の女子や。さわらば落ちん風情に見えて、おなかの中は真っ黒くろ。お金と物しか眼に入らんし、本当の情など、かけらもない。
 吉原の張りとは何やねン。(略)
 丸山なんてよういうなあ。あないにでこでこ飾った、きんきらきんの衣装、恥ずかしゅうてよう着んわな。

〈騙されへんで〉


――「張りの吉原」

1月某日

 細かい用事をまとめて片付けて、おもむろに、缶詰にはいる。『伏』のラストスパートである。連載といいつつ、書き下ろし長編のときと同じように一気に書いてるのだ。
〈週刊文春〉デスクのS尾氏(往来でスーツを脱いで、ネクタイもほどいて、ワイシャツまで脱いだら遠吠えする犬のTシャツが出てきた人)に、

S尾氏「現在、連載中の浅田次郎先生は、さすがに、連載の一回一回に必ず見せ場を用意して、盛りあげて書いてくださるんですよー」

 と聞いて、うーん、うーん、と頭を抱えていたら、そのとうの浅田先生からは、

浅田先生「『単行本になったときに直せばいいやー』と思わずに、一回一回入魂して書きなさい。それから、作家は体力も必要だから、からだを大事に」

 とアドバイスをいただいて、うーん、うーん、と考えていたら、プレッシャーで、日に日に白目が、青みがかった透明になってきた。
 一回一回、見せ場がありつつ。激しく入魂。
 うーん。うーん。
 と、それはともかく。
 夕方、今日の分の執筆を終えて、近所の喫茶店に行く。コーヒーを飲みながら、プリントした原稿をチェックしていたら、隣の会話がなんとなく聞こえてきた。
 この店のお客さんは静かな人が多いけど、BGMがかかっていないせいか、誰かが話しだすと案外、よく聞こえる。二十歳前後の、全員、洗い髪でセットしてないという、無頼な(?)女の子三人組が、ソファにあぐらをかいたりソファの背に体育座り(落ちそう)しながら、わぁわぁと、イケメンの話をしていた。ふーん……。
 えっ!
 と、思ったら、そのイケメンとは“イケてるメンタル”のことだった! 世間的に浸透してるの? それともこの三人だけ? ともかく、洗い髪を振り乱し、知人の男の子たちを一刀両断しては、誰のメンタルがいちばんイケてるか会議中だった。
 結論から言うと、マツケンという謎の男子が優勝(?)した。それにつけても容姿の話が一切出ない。

女子1「そういや、ドラエ元気?」
女子2「……あ、マツケンからメールきた」
女子3「もっとグレートティーチャー、もっとGTTがさ、この正月、例の彼氏を、ついに両親に紹介したらしいよ」
全員 「勇気あるー!!」

 ……ど、どんな彼氏?
 あと、みんなあだ名がへんだ……。
 みんなメールをしだして急に静かになった、心の隙を縫うように、通路をはさんで向かい側に座る三十代のサラリーマン二人組(でも仕事はちがいそう)が語る、えらく深刻な声も聞こえてきた。

男1「結局さ、損得で判断してると、自分も、人の損得にやられるんだよ。だから、べつの気持ちで……」
男2「ウーン、でも、日々、手一杯じゃない? 仕事も、人間関係も、ウーン……」
男1「だけど人生はもっとうつくしいはずなんだ!」

 えっ、どうしたの、と思って顔を上げてよく見ると、男1はぽっちゃりして、睫毛がゾウリムシみたいに長く、瞬きするたびバサ、バサ……している。もう一人はこちらに背を向けている。背中がえらく痩せていた。

男1「この世にはね、二つの世界があると思うんだよ。目に見える価値と、それと重なる、もう一つの、見えない、ええと……うまく言えない。あっ、わかった、つまり、デビルマンみたいにさ!」
男2「デ、デビルマン~……?」

 デビルマン~?
 うーん。
 言いたいことはなんとなくわかった、かも。
 再び、洗い髪の女の子たちがしゃべり始めて、サラリーマン二人組の声は遠ざかっていった。

女子1「この、わきあがる力の正体は、なんだろう!?」
女子2「おなかすいてんじゃないの?」
女子3「ヨシ、なんか食べに行くか~」

 洗い髪三人組は、真っ黒なバッファローの群れのように、鈍い足音を轟かせて去った。
 この日は、書きたまった200枚ぐらいの原稿を読み続けたので、けっこう長くこの喫茶店にいた。
 しばらくすると、辺りの顔ぶれが変わって、会社帰りに待ち合わせて、これから晩御飯に行くところ、みたいな若い男女二人組が増えていた。
 近くに座る、二十代後半ぐらいのきれいでおしゃれな女の子と、眼鏡の真面目そうな男の子は、どうも昔からの友達らしい。女の子が、婚活中で、こういう異性と出会って、と話すので、眼鏡の男の子が、フンフン……と相槌を打つ。
 どんなやつ、と聞かれて、

女の子「金城武とふかわりょうを足して二で割った感じで、髪がボサボサなの」
男の子「えっ……と……?」

 うまく浮かばない上に、愛情や興味を感じないなぁと心の中で不安に思っていると、眼鏡の男の子も「す、好きなわけ? そいつのこと」と聞いた。女の子が首をかしげて、おや、なにか否定的なことをつぶやきそうだ……と思ったとき、知人をみつけたらしく手を振って、別の席についたばかりの、同じぐらいの年格好の女の子二人組に走り寄っていった。
 しばらくしてもどってきて、

女の子「あのひと、彼氏? って聞かれたからさぁ……」
男の子「か、彼氏だよって、言っちゃいなよ~(←と、さりげなさを装い)」
女の子「やだよッ!(←バッサリ!)」

 や、やなのかよ~……。
 男の子といっしょに、メンタルが急速に弱ってぐったりしていると、反対側の隣にも、あわただしく、男女二人組が座った。隣の二人よりもちょっとだけ年上で、スーツ姿で、なんだかてきぱきしている。
 こちらは、どうも、お互いの会社が不景気で合併したばかりで最近同僚になったらしい。会社の人たちの噂話がずっと続いてるので、ぼんやりと聞きながら、こちらもつられて仕事モードにもどり、仕事を続ける。
 と、女の子が「来週の親睦会、また『牛のよだれ』予約しちゃったけど、大丈夫かな」という。男の子は、いいんじゃない、と返事の後、

男の子「ところで、木村さんって人、よく働くよね。ほっとくと、毎日、22時ぐらいまでいる」
女の子「そうだっけ。あっ、そうかも」
男の子「俺、最初さ、自分が木村さんよりも働いた日は手帳に◎つけるようにしてたんだけど、とても無理で、すぐやめたんだよね」
女の子「えーっ!?」
男の子「俺、木村さん、死ぬような気がする」

 木村さん、それは、働きすぎなんじゃ……と、つられて、女の子と一緒に顔をしかめてしまう。
 それぞれに、年の初めの、多種多様だけども奇妙に同時代の仲間っぽくもある、人間模様である。
 って、そんなことしているうちに、八時をとうに過ぎてしまった! 荷物をまとめて、だらだらと帰る。
 この日は、文庫売り場をぶらぶらしていて買った、角川文庫のアンソロジー『吉原花魁』を読んだ。いちばん最初に載ってる隆慶一郎の「張りの吉原」からおもしろくて、もうグイグイはいっていった。
 引退した大阪の太夫が、吉原の女にあるという“張り”という精神を知りたくて、つてを頼って吉原花魁の番頭新造(マネジャーみたいなもの)として再就職する。そこで上方とはちがう人びとの精神を、心の謎を解く探偵のように、さぐっていく……。
 隆慶一郎は、長くシナリオライターとして活躍した後、『吉原御免状』で時代小説デビュー。話題作をたくさん書いたけど、わずか五年で急逝してしまった。
 すごくよかったから、『吉原御免状』『一夢庵風流記』も読んでみようかなとメモして、あと、きっとK島氏が詳しいだろうからこんどお勧めを聞いてみよう、とか、あれ、編者の縄田一男さんって、前読んで面白かった新潮文庫のアンソロジー『思いやり長屋』……ちがう、またまちがえた!……『親不孝長屋』と同じだ、『時の娘』の中村融さんもだけど、プロのわざだよなー……と、思ったところで……もう時間切れ。明日も『伏』の続きを書くので、壁の時計を見上げて、ウンとうなずき、もう寝た。

(2010年2月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『青年のための読書クラブ』『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊は、読書日記第3弾となる『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』


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