桜庭一樹読書日記
2010.01.06
また桜庭一樹読書日記 【第7回】(3/3)[2010年1月]
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「でも、心配しないで。私の秘密には終わりがないから」 ――『悲しみを聴く石』 | |
| 12月某日 クリスマスイブである。 有明でプロレスを見た後、夫と、近所の立ち飲み屋「ホルモン横丁」で、梅酒を飲みながら、牛の腸とか豚の頭の肉(の味噌漬け?)を無言でじゅーじゅー焼いている。 本を読みすぎたのか、なんなのか、今年中にやっておくべき仕事がまだ片付いてないし、書店でみつけて、ほくほくと買ってきた辻原登の新刊(『抱擁』 あと新刊では、ほかに、アフガニスタン出身でフランスに亡命した男性作家の作品『悲しみを聴く石』 表題の意味は、ペルシャ神話に出てくる魔法の石のこと。人に言えない悲しみをその石に打ち明け続けると、石が飲みこんでくれて、ある日、パリーンと割れる。そのとき人は悲しみから解放されるのだ、という。ストーリーは、戦場から植物状態でもどってきた“英雄”の夫に、妻が自分の秘密や悲しみを毎日語り続ける、するとある日、夫がパリーンと、なる……。 著者は、アフガニスタンで開催されるはずの文学会議が、参加予定の若い女性詩人が夫に殺されて中止になった、という事件にショックを受けてこの物語を書いた、らしい。初めは妻の文学活動を誇りに思っていたはずの夫が、その活躍を見るうち、次第に家の恥だと憎むようになって、ついにはぶち殺してしまい、自分も自殺を図って意識不明になった。そう聞いて、「自分がその妻だったら、眠り続ける夫に、きっと悲しみと怒りを語り続けるだろうなぁ」と想像しながら書かれた本だ。 ヒロインが子どものころ、父のかわいがる鶉をとつぜん猫にやってしまうエピソードや、舅と交じわす奇妙に神話的な問答などが、床に広がる不吉な血のようにじわじわと染みてくる。ずっとダリー語を使い続けていた著者は、初めてフランス語で書いたこの小説でゴンクール賞を受賞し、話題となった、らしい。 まぁ、ともあれ……。 そんなこんなで、書いたり読んだりしているうちに、また、一年が終わろうとしている。 みんないっしょに、またもや、つぎの年に行くのだ。 来年はどんな小説を書くだろうか。どんな本が読めるだろうか。また、狂ったように活字に漬かって過ごすのだぞ。死ぬまでこうやって生活してやる、ざまぁみろー、こわくないぞっ、と、ひとりで、にたにたする。 昨日か一昨日のこと、夕方のニュース番組で、今年は不景気もあって、クリスマスも年末年始も、豪華な外食や海外旅行などより、巣篭もりの傾向が強い、と言っていた。そういやK子女史からも「今年は海外とか行かない……。年末に篭もって読むために買った本が、すでに段ボールで届いてる」と、連絡があった。K島氏も「家具の配置を読書用に変え、コタツから手の届く位置に、未読本を高さ一メートルほども積んだ。あとはミカンを買うだけ」と言っている。子どもの秘密基地のお話みたい! このぶんだとF嬢や、SF班K浜氏&三村美衣夫妻辺りも、きっと、読書用の秘密基地を鋭意建設中だろう。それに、《紀伊國屋新宿本店》の書店員さんによると、「読む本がなくなっても安心~、だってうちは元旦から営業してるから~」とのことだ。 立ち飲み屋「ホルモン横丁」は、クリスマスイブだというのに、なぜかやけに盛況だ。何年か前、女友達四人で「イブだからチキンを食べようぜ!」と渋い軍鶏鍋屋に繰り出したらガラガラだった、という記憶が、ふと、反芻された。回りで、ビールやサワーを飲みながらひとつの樽(テーブル代わりに店内のあちこちに転がってる)を囲んでるほかの客を見回すと、なぜだろう、全員、示し合わせたように男の子三人組で、しかも内一人はかならずメガネ、という謎の法則を発見する。そして女の客はわたしだけだ。久々、の、紅一点。 厨房を覗きこむと、きちんと磨かれて、清潔だ。ずっと年下の、いかにもヤンキーっぽい店長が、いちごのクリスマスケーキを必死の形相で切り分けていた。腸や心臓を調理するときの手つきとは別人のようにプルプル、プルプルしてるので、なにごとだろ、と思って見ていると、バイトの子たちに配るケーキを、なんとしてでも平等に切ろうとしてがんばってるらしかった。いちごを数え、スポンジのあまりのやわらかさにビビりながら、アルミの皿に載せては、奥に運んでいく。遠くで、バイトの女の子から、きゃんっ、ケーキっ、と歓声が上がった。夫が隣で「家に帰ったら、冷蔵庫にケーキがあるよ」とかなんとか言っている。三人組で内一人メガネの法則について隣に熱心に話してみた。が、ちゃんと聞いてるのかどうかはよくわからない。 なにか、世の中の真ん中の、経済がぐるぐる回ってポマードがぎとぎとして、夜は墓場で社交界、みたいな大変な世界の、外に無事に逃れたような、不思議と気楽な、でも、どこかしらさびしい夜である。 歩いて帰宅して、しばらくすると、飲みすぎた(サワー2杯)夫が床に倒れて寝てしまい、ついで、レバーがあわなかったのか、それとも豚の頭の肉か、なにか、お腹が痛い、痛い、痛いー、ともがき苦しみ始めた。「頼りにしてるから、ほんとうにだめそうだったら、救急車を呼んで……」「いいけど……?」さすがにこの状況で本を読むとまずそうなので、なぎ倒された茶色い稲穂のように床にのびる様を、手持ち無沙汰に、じーっ……と、いつまでも、見ていた。 今年も、もうすぐ、終わる。 新しい年がまたゆるゆるとやってくる。 (2010年1月) | |
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■ 桜庭一樹(さくらば・かずき) 1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『青年のための読書クラブ』『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊は、読書日記第3弾となる『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』。 |
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