桜庭一樹読書日記
2009.12.07
また桜庭一樹読書日記 【第6回】(2/3)[2009年12月]
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波乱万丈の一年が終わり、また新たに過酷な一年が始まる。また今年も渾身の力をふりしぼって巨大な壁に立ち向かい、気をゆるめれば怒涛の海に投げこまれそうな一本の網を渡り、一歩ふみ間違えれば深い谷底につき落とされそうな嶮しい山を登る。なぜ、そうするのだろう。苛酷と知って、なぜまた挑むのだろう。壁が、網が、岩山が、他ならぬ自分であったことを、彼女は知っていただろうか。(略) ――『身がわり 母・有吉佐和子との日日』 | |
| 11月某日 大阪のサイン会の翌日。 夕方までお仕事して、新宿東口の《椿屋珈琲店》に向かった。『GOSICK』 時間ぴったりについて、アイスラテを注文したところで、わたしのiPhone(ちなみにまだ使いこなせてない)に、角川の担当K子女史からメールがくる。 「いま編集長のH内といっしょに、東口の《面影屋珈琲店》につきましたー。B1にいます」 あっ、いけない! 《椿屋》と《面影屋》は外観も中もよく似ていて、なんというか、キャラがかぶってる喫茶店である。あわてて電話して、《椿屋》のほうですよー、というと、K子女史、ぎゃっと叫んで電話を切る。 待つこと、三分。 アイスラテがきたのですすっていると、勢いよくドアが開いた。おおきな四角い鞄(ゲラが入る特大サイズの。編集さんはみんな持ってる)を未開の国の飛び道具のようにブンブン振り回しながら、黒ずくめの服装をしたK子女史が飛びこんできた。あ、こっちですー、と手を振るわたしの目前を、黒い風となって走りぬけていく。背後で店員さんに「待ち合わせなんですけどーっ!」と叫ぶ声が聞こえた。通りすぎたK子女史の黒い背中と、笑顔で手を上げたままの青白いわたしを、後から入ってきたH内編集長が、びっくりした顔で見比べている。 わたし「こ、ここにいます……」 席に着くと、H内氏があきれたように、 H内「桜庭さん、K子はね、《面影屋》からここまで(百メートル弱?)で、三回も転んだんだよ。もう大人なのに」 何事だ!? なんだかわからないけど、打ち合わせをそっちのけで、昨日の失敗とやらを聞く。 わたしが大阪で『製鉄天使』サイン会をやっている同じころ、同じ大阪の別の書店で綾辻行人先生の『Another』 K子「まちがえてG司さんにべつの切符を渡してたらしいんです。で、一枚足りなくって」 いろいろあってなんとか新大阪駅につき、綾辻先生を……。 K子「まちがえて、同じ書店の別のチェーン店にお連れしてしまったんです」 いろいろあって無事にサイン会の会場に着き……。 H内「こらーっ、なにやってんだーっと怒ってたら、綾辻先生が『いやっ、K子さんはきっとお腹がすいてたんだよ。お腹がすいてるときはみんなそうだ』とむりくりに庇われるので、K子はあやういところを助かったんだ」 その“世界とのボタンの掛け違い”が、一夜明けた今日も、おそらくまだ続いているらしい。 わたし「そういや《メリー・ポピンズ》シリーズのどれかにそんな話がありましたよ。朝、いつもは左足からベッドを降りるのに、右足から降りちゃって、そのせいで一日、世界との間でなにかと調子が悪い、みたいなエピソードが」 その後、打ち合わせ諸々を終えて、お店を代えて軽く飲む。梅酒のロックと(大好き。だいたいこれか生グレープフルーツサワーを飲んでいる)、牛すね肉の煮込みと、絹さやの玉子とじ。 iPhoneがまだわけがわからない、という話題から、H内氏が「それより先に、アマゾンで本を買えるようになったほうがいいんじゃないか。いまのままじゃすごく不便だ」と言う。するとK子女史が「いやっ、桜庭さんはいまのまま、毎日本屋をうろうろ歩いているほうがなんとなくいいです」と反旗を翻す。 二人がこっちを見ているので、えぇと、と考える。どっちでもいい……。とりあえず、 わたし「でも、どうしてもほしいと思う本はなんとなく手に入るんです。絶版のサスペンスがみつからないと、ふと知人がくれたり」 と、言いつつ、世界の機械化にあわせて進化するのがめんどくさいだけなのかも……。うーむ……。 と、首をひねりつつ帰ってきた。 風呂に入って、出てきて、件の古本屋で買った『身がわり』 これは文庫が出たばかりのはるか昔に読んで、すごく好きな本だったのだけれど、いつのまにか玄関本棚から消えてしまった。で、先日、ふっと古本屋で再会したのだ。ここは一冊百円だけど四冊買うと二百円になる。いつも、二冊ぐらいほしいのがあるんだけど、それだともったいないから、寒くても(ワゴンは外にある)ねばって四冊選ぶことにしている。で、『消えた娘』(レイノルズ)、『赤と白の賭け』 そういえば、昔、読んだときは、著者が書いたときと同じぐらいの年で、それに自分は作家じゃなかった……。 作家・有吉佐和子の娘が書いた母との日々は、周囲の大人にも子どもにも常に母のことを指摘される子供時代から、自我をみつけようと育っていき、その途上でとつぜん母に去られるところまで、よくぞここまで、というほど的確で、エモーショナルだけどきゅっと抑制も効いて、筆致が、とにかく、上手い。 祖母、作家の母、なにものでもない私、の、三人きりの女系家族。祖母は母を支えるために、娘はそれを越えるために、愛情はあるが苦しい日々を送る。そして母がとつぜんいなくなると、祖母の中で、母の神格化がはじまる。そうしてその祖母もやがて亡くなり、娘が、残った。 刊行されてからずいぶんたった今、もういちど読むと、あぁ、ここから娘の物語は始まったのだなぁ、と気づいた。そして、はたしてそれも書かれたのだろうか……書かれたなら、その本もあのワゴンに現われてくれないかな……と、思いながら本を閉じた。 |
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