桜庭一樹読書日記

2009.11.05

また桜庭一樹読書日記 【第5回】(3/3)[2009年11月]

誰だ
【誰だ】イラストレーターの佐久間氏による、薙刀F嬢のキャラクター! たいへんなことになっている。(桜庭撮影)

「これからどういう世の中になるかわかりませんが、自分は生きる事に致しました。短い間ではありましたが有難うございました」


――『往きて還らず』

10月某日


G司「ここが電源!」
わたし「えっ!」
M宅「えっ?」

 夜、七時。
 麻布十番の、薄暗い、地下のポルトガル料理屋。
 開くと屏風みたいな、巨大なメニューをほったらかしで、角川のG司編集長と、M宅氏と、わたしの三人が顔をつきあわせている。目の前には二つのiPhone。わたしが買ったばかりのと、G司氏が華麗に使いこなしてるやつだ。ちなみに同じの。

M宅「ちょっと、桜庭さん。もしかして、たったいま、電源の場所を知ったんですか。確かに「えっ!」って言いましたよ。僕は聞いた」
わたし「いやっ、その、勝手に待機モードに入るので、切ったことがなくて……」
G司「ぼくは君になにを教えればいいのだろう」
わたし「これ、これ(振り回す)……なんに使うんですか!」
M宅「桜庭さん~、それはね~、電話をかけるのに使うんですよ~(←って、半笑い)」

 角川文庫から新装版が出た『GOSICK』の打ち上げがてら、編集長に使い方を教えてもらうことになったのだが、どうも、のっけから旗色が悪い。
 追いつめられ、叫ぶ。

わたし「ちがう。つまりわたしは、この機械の……これによってもたらされる……新しい世界観が知りたいんだ!」
G司「せ、世界観……」
M宅「世界観って……」
店員さん「あの、ご注文、まだですか~?」

 あわてて三人、適当に飲み物を頼む。まずシャンパンのハーフボトル。それから適当なところでポルトガルワインに切り替えよう、ということになり、また四角い魔物にもどる。

わたし「つまり、これはパソコンと携帯電話の混ざったような新しい機械で、だから、これによってなにがどう便利になって、価値観が変わって、文化がどうなるのか……。って、それよりまず、いったい誰が、なにに使ってるのか」
M宅「そして~、電源がどこにあるのか~」
わたし「くそっ、たしかに電源の存在は知らなかったけど。そんなことじゃない……」
K子「遅くなりましたー。って、なにもめてるんですか」

 編集部に居残りしていたK子女史も到着する。赤ワインのボトルがきて、肉の塊がきて、白ワインに変えて、侃々諤々、白い魔物談義をする。
 iPhoneはちっちゃいパソコンみたいな感じなので、パソコンは使ってるけど携帯電話にはどうもなじめない、年配の人にもいいツールなんじゃないかな、とか考える。
 わたしも、プロットを作ってて調べものしたいけど、パソコンをわざわざつけるのはなー、というとき、これで調べたり、メモ帳にアイデアを残したり(書いておかないとすぐ忘れる)、ちょっとずつ、一歩、一歩、進んでは、いる……(電源も無事に発見したし……)。
 しかしこのタッチパネルが、名前を触っただけで電話かけちゃったりして、危ない。三人の編集さんの番号を登録しながらも、うっかりかけそうになる。その様を「あはは~」と笑いながら見ていたM宅氏だが、G司氏がトイレに行った隙に、編集長のiPhoneを少年の目をして興味深そうにいじり始め、

M宅「あっ」
わたし「どうしました?」
M宅「誰かにかけちゃった」
わたし「げっ」
M宅「切った!」
わたし「ほらっ、タッチパネルって危険なんですよ。あ、なにしてるんですか。大丈夫ですか」
M宅「なにか録画しちゃったよ……」
わたし「えー」
M宅「ぎゃっ」
わたし「つ、つぎはなんですか」
M宅「なにかを消しちゃったかもしれない!」
わたし「はやくiPhoneを離せ!」
K子「きゃーっ」

 K子女史がなぜか、並々とついだばかりの白ワインのグラスを倒した。びしょびしょに濡れる白い魔物。
 死のような静寂。
 と、G司氏が足取りも軽くもどってくる。

G司「どうした、三人とも、へんな笑顔で」
三人「な、なんでも……」

 結局、世界観はともかく、基本的な使い方、便利な機能、注意点を教えてもらって、また、休憩とした。
 それと『GOSICK』の売り上げデータを見せてもらったり、今後の相談をしたりした。あと、なぜか『ブレードランナー』の豆知識も披露しあった。
 やっぱり酔っぱらって、帰宅。
 書評で気になって、探した団鬼六の長編小説『往きて還らず』を読んで、途中で酔いが醒めたのでお風呂で沢木耕太郎の映画評『世界は「使われなかった人生」であふれている』を途中まで読んで、出てきてまた小説にもどった。
 『往きて還らず』は、著者が父親から聞いたものの「ぜったい書くな」と言われた戦時中の話を、小説にしたもの。3人の特攻隊員と、一人のうつくしい女。「俺が死んだら、こんどはおまえがあの女を妻とし、守れ」一人目の言葉通り、女は特攻隊員が死ぬたびに夫を変えるが、どの夫もすぐに飛び立って死んじゃうのだった……。  さっきお風呂で読んでた沢木耕太郎が、『17歳のカルテ』の映画評で“犯罪事件の報道などで登場する、ある種の精神科医は、どんな人間のどんな行動も理論で説明できると思ってるよう”だけど、“人間というものは本質的に理解できないものかもしれないという、畏れ”こそが映画である、というようなことを言ってた。小説のほうを読み終わって、それを思いだして、いいこと言ってた、と風呂まで沢木耕太郎を取りにいった。
 わたしも、よく、理屈っぽくいろいろ考えるけども、でも小説も理屈を書いたり読んだりするものじゃない。ある現象があって、それを理論にして、分析して、とずーっとやっていると、最後に「どうしても理論では太刀打ちできない、不思議でおそろしいもの」が、ちょっとだけ、残る。それが小説の核だ。だから、その一粒をみつけて糧にするために、ずーっと、ずーっと、一人で延々と考えてるのだ。理屈というのは、その一粒をみつけるため、現実をふるいにかける網でしかないもん、と思う。
 『往きて還らず』のヒロインは、ずっといかにもヒロインらしくふるまってたのに、最後に、男たちにも、おそらく本人にも、そしてきっと著者自身にもわからない“ある行動”を取る。で、コロッと死んじゃう。理屈では誰にも説明できないけど、畏れとともに、あっこれが人間だっと腑に落ちる謎として、読んだ人の心に生々しい傷を残して去る。
 こんなふうに書けたのは、きっと、著者が長い時間をかけて、彼女の行動の謎について考えて、考えて、ついにそのおっかない一粒をみつけたからなんだなぁ、と思った。
 いい本だったー、と、本棚のいいところにしまって、寝た。

(2009年11月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『青年のための読書クラブ』『荒野』『ファミリーポートレイト』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊は『赤朽葉家の伝説』のスピンアウトとなる長編『製鉄天使』

バックナンバー