桜庭一樹読書日記
2009.10.05
また桜庭一樹読書日記 【第4回】(2/3)[2009年10月]
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「宛名はどうなっていたか知ってる?」 ――「孤独の円盤」 | |
| 9月某日 〈週刊文春〉での連載に向けて、毎日、昼から夕方まで、延々、机に向かっている。初めての時代物だ……。 で、この日は担当のフリル王子ことS水氏と、挿絵をお願いする画家さんとの打ち合わせに出かけることにした。 出かける前にメールチェックすると、フリル王子から「ちなみにわたくしは例のTシャツを着ていく所存であります」という、短くて硬い感じの連絡がきていた。 はて、Tシャツって、なんだっけ……? あーっ、思いだした! その画家さんの絵がプリントされた特製Tシャツで、遠吠えする狼のアップがドーンと胸を飾る、インパクト大のやつだ。こないだ打ち合わせしたときにくれた。 ガサゴソと探してきて、着る。上がTシャツなので、バランスを考えて下はジーンズにして、近所をうろつくようなかなりラフな格好にて出かける。 待ち合わせた中目黒の改札で、フリル王子をみつける。おっ、王子は狼の遠吠えTシャツの上から古着風のレースのふわふわジャケットを羽織り、ベルトのバックルはおおきな白馬。貴族の上履き風の靴もフリルつきで、重装備である。となりに、デスクのS尾氏が、こちらは普通のスーツにネクタイ姿で立っている。 と、歩きだした途端にS尾氏が「今日は秋にしては暑いですね……」とつぶやきながら、スーツのジャケットを脱ぎ、「あぁ、暑い……」と、ネクタイをはずし、「暑い、ほんとうに……!」と、なんと白のワイシャツも脱ぎ始めた。ぬ、脱ぎすぎですよ! 往来で! と、ハラハラする。 すると、なんと……。 ワイシャツの下から、遠吠えする狼のおおきな顔が現れた! その上から、黙ってジャケットを羽織った。 ずーっと真顔であった。 ジーンズ、フリル、スーツとばらばらのテイストながら、無言のうちに、完全にペアルックの怪しい三人組となった。 結果的に、その格好で、作家と編集者が三人並んで画家さんと打ち合わせすることになる。途中でそのことをころっと忘れて普通に話していたけれど、別れ際に画家さんに「あの、その、Tシャツ、着ていただいて……」と震え声で言われたので、ハッと思いだして赤面した。 そのまま文藝春秋に行き、一階のサロンで、またペアルックの件をころっと忘れて堂々と打ち合わせする(文春の編集さんや先輩の作家さんや、いろんな人が、前を通り過ぎていった……)。 それからS尾氏は編集部にもどり、フリル王子と二人で割烹みたいなところに行った。 フリル王子はもともと〈文學界〉にいて、その後、〈CREA〉など雑誌の編集部に異動になって、そのころ読書特集でお世話になったりした。そしていまは〈週刊文春〉で読書ページなどを担当しているんだった、と思う。純文学とお酒がめっぽう好きで、全身をフリルで覆いつくしている。 顔はおそらくきれいなのだけれど、じゃあイケかというと、断じてちがう。と、そういえば去年か一昨年、同じ文春の紋別青年に、午前二時ごろ、近所の止まり木にて、巨峰と日本酒のカクテル片手に、わたしは一人、熱弁をふるったことがあった。 わたし「イケは、美人と比べて歴史が浅いため、定義が難しいところだと思うんですけど。わたしが思うに“異性にモテんと眉毛をひっこ抜いたりチャラチャラした軟弱な服装をしたあげく、その企みに成功した、不埒な輩”のことではと。しかしS水氏はおそらく、モテのためにお洒落してるんじゃなく、己が己自身でいるためのフリルなので、顔がきれいで服装がお洒落だからといって=イケじゃない。つまりですね、あのフリルはわたしにとっての空手とか、なにか、そういうものだと、信じるわけです」 わたしのイケ論を、興味深く聞いてくれる人は、この世にひとっこひとりいない……。 まぁ、それはともかく、割烹にてフリル王子と、最近の本とか映画の話をする。連載の最初四回分のゲラを出して打ち合わせしたりしていて、二時間ぐらい経ったとき、ふとカウンターから顔を上げて、板前さんたちの顔を眺めながら、気づく。 いまも、ずーっとペアルックだった……。また、忘れてた……。 あきらかに仕事の話を真顔でしている二人の、謎のペアルック(しかも遠吠え中の狼柄)が、人の目にどんなふうに映っているだろうかと首をかしげる。 まぁ、でも、あまり気にしないことにして帰宅して、夜。 風呂に入って、出てきて、文庫になったスタージョンの短編集『不思議のひと触れ』 スタージョンは、はるか昔、ばらばらの能力を持つ五人の孤独なミュータントが、“五人で一人”になることで人間以上の存在になっていく――という、長編『人間以上』 抑圧された子供のひとり遊びが、影とともに立ち上がって母親に迫っていく「影よ、影よ、影の国」と、ジャズバンドを舞台に、場末のサリエリとモーツァルトを描いた「ぶわん・ばっ!」が気に入った。それと、みんなが知ってる怪奇現象をネタにした「もうひとりのシーリア」と、「孤独の円盤」もおもしろい。 それにしても、ぜんぶ、孤独の話なんだなぁ。孤独が喪失を生む話と、出会いによって軽減される(解決するわけじゃない気がする)話が交互にきて、著者自身も、その二つの実感のあいだをユラユラしながら生きて死んだ人なのかな、と思う。 ずいぶん昔に読んだ『人間以上』の、ミュータントたちが一人ひとり出会っていく、いろんなシーンを、波に揺られるように思いだしながら、いつのまにか寝た。 |
推理小説の専門出版社|東京創元社
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