会議室の酒盛り……
【会議室の酒盛り……】夕方五時。ワインとポテチとサキイカ、観葉植物の上にはうねる蛇……。ちょっとシュール……? (桜庭撮影)

 都会でビルが建ちならぶ様子をみて「ビルが地面から生えてきた」と思う人はビル好きで、「ビルが地面に刺さってる」という人はビルに対して否定的な人でしょう。前者はビルを生き物にたとえるだけの親近感を持っているということだし、後者にとってビルは天から降ってきた侵入者だと言えます。

「もう大人になったから、魑魅魍魎が追って来なくなって本当に喜ばしい」

――『ハルミンの読書クラブ』

6月某日

 夕方、『製鉄天使』の打ち合わせのために東京創元社に出向く。あれっ……点検中とのことでエレベーターが停まってるので、四階まで階段で駆けあがる。会議室に顔を出して、K島氏と打ち合わせしていると、ほどなく、なぜか赤ワインのボトルを何本も抱えたSF班K浜氏が勢いよく入ってくる。

K浜氏「はいこれー。サインしてー」
わたし「む? なんでしたっけ……あっ、そうか、これかー」

 思いだした。先月のパーティーのときに記念につくってもらった「赤朽葉葡萄酒」だ。うち用にも二本もらって帰ってきて、あとせっかくだから読者プレゼント用に何本かとっとこう、ついでにサインも入れよう、と相談してたんだった。そうだった。
 打ち合わせしながらボトルにサインもしていると、I嬢がグラスをたくさんと、ポテトチップスと、サキイカを抱えて勢いよくやってきた。せっかくだから一本空けよう、と言ってるうちにどんどん人が増えて、I垣女史、国内ミステリ班のK原氏(ダンディ修行中)、ドM氏、海外ミステリ班のM澤氏、そしてそれから……なぜか、社長の沖縄土産の長~い蛇のおもちゃと全身で戯れながら、F嬢も参上する。
 夕方五時だけど、この際、飲んでしまうことにする。大勢で乾杯して、ぐいぐい飲む。「けっこううまいなー」「いける、いける」「このポテチの袋、パーティー開けしていいですか」「Fさん、ところでその蛇はなに?」「ふふふ、これはですねー……」などと普通に酒盛りしているあいだに、どんどん酔う。「桜庭さん、この子、今年の新人編集者ですー」「よろしくお願いします。海外文学担当になるのでいま勉強中です」「そうですかっ、ぜひF嬢みたいな立派な編集者に、そして小説のマニアに育ってください」「ん、呼びました? あっ、桜庭さん、この蛇、じつはそこにももう一匹いるんですよー。ほら、観葉植物の上に、クリスマスの飾りのようにウネウネと!」「ギャッ! Fさん、どうしてこんなところに蛇を飾ったんですか、会社の会議室なのに……」「ふふふ、それはですねー……」と、騒いでいる間にワインが一本開いたので、そろそろお開きになる。その後、打ち合わせの続きを……って、だいぶわけわからなくなってるよ! ともかく、物語の大筋は変えずに、ぜんぜん関係ない小エピソードを幾つかあいだにはさんでみようか、というような相談をする。刊行は、10月ということになる。
 それから、いつもの飯田橋の鳥どりに移動。最近の読書の話をする。

わたし「時代小説のアンソロジーで、おもしろいのがあったんですけど」
K島氏「なにっ、時代小説!(と、身を乗りだす)桜庭さん、読みましたっけ」
わたし「いや、そんなには。昔、とつぜんターボがかかって『剣客商売』シリーズを一気読みしたぐらいかな……。新潮文庫で、長屋が舞台になってるいろんな作家さんの短篇を集めて、なんとか長屋、ってそれぞれタイトルをつけたシリーズなんですけど。えぇと、その一冊目の、なんとか長屋って本が、どれもハードボイルドっぽくて渋くて、おもしろかったですよー。池波正太郎や山本周五郎に混ざって、松本清張の「左の腕」っていう時代短篇が載ってて、あれっ、時代小説も書いてたんだ、いいじゃん、ってびっくりしたり」
F嬢「なに長屋って本ですか、それ」
わたし「それが、さっきから考えてるんだけど、ぜんぜん思いだせない……。なぜなら、酔ってるから……。お、がついたんですけどね。あ、『思いやり長屋』だったか!」
K島氏「そ、そんな長屋、みんな住みたくないですよ! ほんとにそんな素っ頓狂なタイトルでしたか?」
わたし「うーん。そう言われるとちょっとだけちがったような……。収録作のハードな内容とも、あってないし……」

 夕方から飲んでるせいでぼーっとしてきて、よくわからない。
 それから、話題があっちにこっちに転がって、母系家族ってなんだろ、みたいな話になって、K島氏による、武家社会と商人社会の違い、の説明を聞いて目からうろこが落ちる。武家は男性が中心にいて家を存続するんだけど、商人のほうは女性が家を守ってて、家の中でもすごく強い。でも時代小説に出てくるのは武家社会のほうが多いから……。と、聞くと、そうか、お侍さんが出てくるお話が武家のほうの生き方で、近松の心中物とかに出てくるちょっと情けない若旦那とかが商人のほうの文化なのかなー、と思い至る。へぇ。
 もっと考えたいけど、すげぇ酔っててよくわからん。本のタイトルもまだ思いだせない。
 それから地下鉄にゴトゴト、ゴトゴト揺られて帰って、急に風呂に入るのは危険なので、床でゴロゴロ、ゴロゴロする。あっ、みつけた、転がってる長屋の本。タイトルは……。
 おぉ。
 なんてことだ。
 『親不孝長屋』でした。ぜ、ぜんぜんちがった……。
 とりあえずK島氏とF嬢に、正しいタイトルを、若干、恥じ入りながらもメールする。眠いなぁ。酔いすぎてて小説は頭に入ってこないので、『ハルミンの読書クラブ』(浅生ハルミン/彷徨舎)をぱらぱらとめくりながら、酔いが醒めるのを待った。短い文章だけど、出だしがどれもおもしろいな……。
 そういや、前、誰かが“シバリョー占い”の話をしてたなぁ、と急に思いだす。文春の編集者、紋別君だったっけ……? 確か、司馬遼太郎のどの小説が好きかで性格がわかる、みたいな説だった。わたしは『燃えよ剣』だったなー。すごい剣士のほうが、戦って奥の奥のほうに行っちゃうから、死に近づいて、早死にする、みたいなところが、かっこいいー、と、ぐっときたんだった。
 とか、思いだしながら……。
 あれ……。
 と、そのまま、寝ちゃった……。



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