3月は(ちょっとだけ)
パンク・ロックの月である。

髑髏王子
【桜庭一樹写真日記◎髑髏王子】買った。いま書いてる原稿のイメージにぴったりのストラップ。(桜庭撮影)

ところが
「その ガイ の 方 は」
と お宿 の おかみ は 尋ねる
「その 外部 の 方 は トーストは
めしあがれますか」  (差別用語を避けてるみたいな様子。さすが京都)
納豆 と 言おうとして まちがえたの鴨
それとも時代が変わったの

――『傘の死体とわたしの妻』

 一仕事終わった、土曜日である。金曜の夜中に原稿をメールで送り、ばったり倒れて、「フフンフーン……」と鼻歌だけ小声で歌い、寝て、翌昼過ぎにむっくりと起きあがった。復活。米を炊き、肉を焼き、野菜を茹で、タレをかけてどんぶりで食らう。映画でも見るかとようやく夕方、家を出た。
 紀伊国屋書店新宿本店に行くと、あれ、一階に多和田葉子コーナーができていた。須賀敦子や塩野七生と並んでいるので、これは好きそうだー、と思って足を止めた。なにか買おうと物色し始めたものの、どれもおもしろそうで、しばし悩む。現代詩『傘の死体とわたしの妻』(思潮社)、小説『アメリカ 非道の大陸』(青土社)を「ヨシ、これだーっ!」と選んでから、ふっと弱気になった。こういうのは最初の出会いが肝心で、はずれから読んでしまったら、もうだめなのだ。ついつい、ひよって(?)芥川賞受賞作の『犬婿入り』(講談社文庫)も買った。
 知り合いの書店員さんをみつけたので立ち話していたら、通りがかりの男性が「あれ、桜庭さんですか。ぼく海猫沢めろんです」と言ったのですごい驚いた。清涼院流水さんの新作でホストの役(……て、どういうことだ?)をするのでメイクして撮影した帰り、と言っていた、ような、気が(どういうことだったろう……?)。本好きの人らしく、「佐々木丸美の復刊、万歳」という話題になる。あと、わたしが読みかけのまま部屋の隅に放置している『神は銃弾』(ボストン・テラン/文春文庫)は最後まで読むとおもしろいらしい。そうだったのか、反省。神林長平氏の『麦撃機の飛ぶ空』(ヒヨコ舎)(「麦撃」のラストシーンが大好きだ!)から、ヒヨコ舎の話題になり、『ファッキン ブルー フィルム』(藤森直子/ヒヨコ舎)を勧められ、「ではお元気で」と挨拶して別れる。書店員さんに「いまの人も作家だった。この本ありますか」と、奥から探してきてもらって、買った。
 映画のことはすっかり忘れて、大荷物で帰宅した。大好物の風呂に入って『ファッキン ブルー フィルム』を読み始めたら、一ページ目に人間椅子になりたい男が出てきたので、とつぜん『家畜人ヤプー』(沼正三/幻冬舎アウトロー文庫)のことを思い出す。風呂から上がってうろうろと探すものの、探すとなるとみつからない。なにしろ狭いワンルームにいるので、本棚に入らないのは、冷蔵庫の上、下駄箱の中、クローゼットの服と床のあいだ、食器棚、出窓などにランダムにおいてあるので、なにもかも常にみつからない。ときたま、自分の本さえみつからない。ヤプーのことはあきらめて、とりあえず多和田葉子に移る。現代詩は法則とか読み方とか知らなくて、大人になって久々の、わからないものをまんま受け取る、という言葉の原始的体験なので、なんだか快感で、さいきん、ちょっと、ビビりつつ、心ひかれたりする。蜂飼耳(好き)の『食うものは食われる夜』(思潮社)以来かも……。ビビりつつおもしろかった。小説のほうも、長くないので一気に読んだ。自分で選んだ本のほうが好きだった! ひよったりせずに自分を信じればよかった、俺が俺を信じず誰が俺を信じるんだ、と、部屋の隅でお面もかぶらず一人反省会をしてから、眠いのでもう寝た。

(2007年4月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。作風は多彩で、とりわけ閉塞状況におかれた少女たちの衝動や友情を描いた作品に独自の境地を見せている。東京創元社から05年に刊行した『少女には向かない職業』は、著者が満を持して放つ初の一般向け作品として注目を集めた。著作は他に『君の歌は僕の歌』『赤×ピンク』『荒野の恋』『ブルースカイ』『少女七竈(ななかまど)と七人の可愛そうな大人』『赤朽葉家の伝説』など多数。エッセイ集に『桜庭一樹日記』がある。