ラウンジ

2010.11.26

『折れた竜骨』刊行記念 米澤穂信インタビュー(1/2)[2010年11月]

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■『折れた竜骨』が生まれるまで
――最新作『折れた竜骨は12世紀のイングランドを舞台にした、異色の長編ミステリです。本書はどのような経緯で書かれることになったのでしょうか。
米澤穂信(以下米澤) この作品の原型となった作品を書きあげたのは、いまから十年前、『氷菓』(角川文庫)で作家デビューする直前のことになります。当時は主に《日常の謎》ものを書いていたのですが、ちょっと気分を変えて、特殊設定ものへの憧れをこめて書きました。インターネットで公開もしていたんですよ。
――一度書いた作品をこうして新たな形で甦らせるのは、初めての経験ですか。
米澤 はい、そうです。以前書いた短編のネタだけを再利用したことはありますが、長編そのもののリメイクは初めてです。原型はいま読むとやはり習作に過ぎないレベルでしたので、全面的に見なおしました。実質、プロットのみを再利用した、一からの書きなおしですね。
――その、当時書かれた原型とは、どんな作品だったのでしょう。
米澤 同じ筋立てとトリックを使った、まさに“原型”といった感じの長編でした。分量はずっと少なくて、400字詰め原稿用紙で250枚程度でしたね。あるとき担当編集者と雑談していて「昔、こういう作品を書いた」と話題にしたら、「それは面白そうだ、ぜひ読ませてください」と思いがけない反応を返され、それからいろいろあってこうして甦ることになりました。
――分量のほかにはどんな差異があるのですか。
米澤 原型はハイ・ファンタジー、つまり完全な異世界が舞台で、エルフやドワーフ的な亜人種も出てくるような作品でした。ただ、そのままの設定でリメイクしてしまっては、いまの私の読者に喜んでもらえるかどうか心もとない。そこで、だいぶ悩んだすえに、魔法が存在するという点で現実とは異なる、パラレルワールドの中世イングランドに舞台を変更することにしました。ランドル・ギャレットの『魔術師が多すぎる』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や山口雅也先生の《キッド・ピストルズ》シリーズ(創元推理文庫ほか)などの先例があるので、パラレルワールド設定ならミステリファンにも受け入れてもらえるのでは、と考えたのです。
――いまの形に書きあらためるにあたり、登場人物に変化はあったのでしょうか。
米澤 ほとんどの人物は同じ役割で登場させていました。
――舞台となる時代が12世紀になったのは、どういう理由からでしょう。
米澤 本書には幽霊船が出てくるのですが、その船を映画などでよくあるガレオン船にしてしまうと、時代は新大陸発見以降、舞台もカリブ海になってしまいます。陰鬱たる中世のイメージを活かすためには、バイキングに出てきてもらうしかないと考え、彼らを登場させられる時代を選びました。もうひとつの理由は、小説読者には比較的馴染みのある時代だと思ったからです。ミステリでいえば、エリス・ピーターズの《修道士カドフェル》シリーズ(光文社文庫)がまさにほぼ同じ時代を舞台にした作品ですし、同時代人として獅子心王リチャードやロビン・フッド、サラディンなどがいるので、歴史小説でも多く扱われており、読者にもイメージしやすいはずだと。それに、この時代だとイスラムは先進国で、魔術など怪しげな術の本場として設定しやすかったというのもあります。
――中世の風俗はもちろん、主な舞台となるソロン島についてもディテールが克明に描かれています。資料集めや調べものはさぞかしたいへんだったのでは?
米澤 念のために言っておきますが、ソロン島は実在しません(笑)。調べものですが、基礎的な知識はある分野でしたので……おそらく、『さよなら妖精』(創元推理文庫)のときと同じくらいの手間だったかと。
――それはいままでで一、二を争うほどたいへんだったということなのでは……。どのような資料に当たられたのですか?
米澤 参考文献にあげていますが、他にもそれこそ幸村誠『ヴィンランド・サガ』(講談社)も読みましたよ。

■作品の内容について(その1)
――本書『折れた竜骨』は舞台設定こそ異色ですが、殺人事件が起きて探偵役がその謎をずっと追っていくという意味では、米澤作品中最も直球勝負なミステリであるとも言えます。
米澤 ああいう設定にしたのには、お約束てんこ盛りのミステリを書くことへの照れもありました。読むのは大好きなんですが、なんらかの、リアリズムではない別種の設定を導入しないと、「探偵による解決」を自分の中で正当化できないんです。その感覚はいまも変わっていませんね。もし、『氷菓』ではなくこちらでデビューしていたら、「殺人事件が起きて、それを探偵が解決する」オーソドックスな作品を好んで書くパラレルワールドの作家・米澤穂信が生まれていたかもしれません。
――中盤で起きる第二の事件の謎も「これぞミステリ!」という強烈なものです。
米澤 その第二の事件ですが、じつは原型には影も形もなかったんですよ。
――えっ、そうなんですか!?
米澤 はい、「このへんにミステリアスな事件が欲しいよね」と編集者さんに言われて、今回書きあらためる際につけ加えました。ゼロから作品を作りあげるのと、途中までできているものを仕上げるのとでは、使う脳味噌の部位が違うので苦労しましたが、この新たな謎が加わったことで、ぐっと内容がよくなったと思います。鮎川哲也先生に短編を長編化した作品がいくつもありますが、先生もこんなふうに感じていたのだろうか……と思ったりもしました。
――そういえば鮎川先生も長編化に際して、事件の数を増やしていましたね。そして本書の肝となる要素が〈魔法〉です。この世界の一般人にとって、魔法とはどんな存在なのでしょうか。
米澤 実態はよくわからないけど、身近にあるもの――といった感じでしょうか。史実でも、魔女審判が大々的に始まるのはまだ先のことなので、教会も黙認しているような状態です。いわば、“距離のある親近感”を持って接していたという。
――「魔法が存在する世界のミステリ」ならではの、執筆の際の悩みなどはありましたか。
米澤 原型はハイ・ファンタジーでしたので、魔法を単一の理論体系としてまとめることができたんです。だから、「ここでは魔法が使われていない」と書くだけで、それが事実として保証された。だけど、パラレルワールドのイングランドが舞台とあっては、宮廷魔術は使われていないとしても、じゃあケルトやサラセンの呪術は使われていないのか、日本の陰陽道はどうなんだ……と、可能性に際限がありません。どこまでが魔法による現象なのか、魔法では何ができて、何ができないのかといった記述には気をつかいました。舞台を変えたことで、いちばん苦心したのがこの点です。本書はミステリなので、あくまで論理で解明されなければならない。あらかじめきちんと条件を提示しておかないと、フェアプレイの精神に反してしまいますので。
――まさに「魔法が存在する世界のミステリ」ならではの苦労ですね。
米澤 魔術は出てきませんが、西澤保彦先生の『七回死んだ男』(講談社文庫)や『ナイフが町に降ってくる』(祥伝社文庫)などの特殊設定ものが、やはり非常に気をつかってデータを提示していたことが頭にあったので、この点には特に注意しました。
――魔法だけでなく、魔術の道具もいろいろ凝ったものが出てきます。
米澤 英米の伝承にあるものから自分で考えたものまで、いろいろ出しました。中には魔法かどうか疑わしいものもありますが。例えば〈レ・ヴォーの粉〉は、現代の鑑識が使うアルミニウム粉末と同じ働きをするものですからね。



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