ラウンジ

2008.10.06

容疑者タケウチの返信【書下ろしエッセイ】 竹内真[2008年10月]

 警察が、僕の行方を追っているらしい。
 なーんて書くとミステリーの冒頭みたいだけど、実話である。僕は轢き逃げ事件の容疑者になっちゃったようなのだ。
 事件現場は僕が以前に住んでいた家の近くで、逃走車両は僕の車と同じ車種だったらしい。警察は目撃証言から車種を特定して所有者をリストアップし、その全員を対象にした捜査を開始した。そして捜査員が竹内真という男に会いに出向いたというわけだ。
 しかし容疑者タケウチは、車の購入後に転居していた。捜査員は彼の転出先を割り出したが、そのマンションの一室を訪ねてもいつも留守な上、その部屋に割り当てられた駐車場に車の姿はない。これは轢き逃げ犯が事故車両と共に逃走中とも受け取れる状況である。
 やがて同じ住所に住む同居人の存在が浮上した。捜査員は同居人から容疑者の居所を聞き出すべく、その人物の勤め先に電話をかけたが、外回り中とかで連絡がつかない。ではまた電話しますと伝言したのだが――災難だったのは、その容疑者の同居人である。
「警察が電話してきたけど何があったの?」
 そんなこと聞かれたって、僕は身に覚えなどない。再び連絡があるまでは本人も不安だったし、同僚から心配されまくって大変だったそうだ。次の連絡が入ってようやく事情が分かり、タケウチの状況について証言すると共に僕の方にも連絡してくれた。
「タケウチの連絡先を教えるのは、本人に確認してからってことにしといたから」
 警察からまた電話をもらった時に教えることにしたのだそうで、実にありがたい配慮である。仮に僕が犯人だとしても、捜査が迫ったことを知って逃走できたかもしれない。
 いやもちろん、僕が犯人ってわけではない。僕は春夏秋は某リゾート地の山荘で暮らし、冬場だけ友人のマンションに居候するという身の上だったのだ。一月一日の住所で納税を行う都合で住民票もそのマンションに置いていたのだが、そのせいで容疑が深まったり同居人に連絡が行ったりしたのである。
 幸い逃走する必要はないので、警察には僕の連絡先を伝えてくれるように頼んでおいた。――んがしかし、ふと我に返って自分の車を眺めたら、ふっと不安になった。
 なにしろ運転が下手なので、ボロ車にはあちこちにぶつけたりこすったりした跡がある。警察の鑑識の方で、「これは事故の痕跡」などと判断するようなことはないだろうか? このあたりは野生の猿が出没する土地柄なのだが、駐車中の車にそそっかしい猿がぶつかって鼻血を出したりしてたら、そこから「血液反応が出た」ってことになったりはしないだろうか? こないだ久々に洗車してたら別荘地のスタッフが通りかかったので挨拶したけど、これは「隠蔽工作をしているのを第三者が目撃」ってことにはならないだろうか?
 誤認逮捕の末に犯人に仕立て上げられたりしないか心配だったし、現実の捜査に触れたら何かのネタにできないかなって下心もあったので、こちらから警察に電話してみることにした。しかし間の悪い時は間が悪いもんで、今度は担当捜査員が捕まらない。捜査中なのか休暇中なのか知らないけれど……この場をお借りして「僕は無実だー」と訴えることで、警察への返信にかえたいと思っております。

(2008年10月)

竹内真(たけうち・まこと)
1971年新潟県生まれ。慶應義塾大学卒。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞をそれぞれ受賞。主な著作は『じーさん武勇伝』『自転車少年記』『カレーライフ』『ワンダー・ドッグ』『ビールボーイズ』『シチュエーションパズルの攻防』など。

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