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2010.11.27

長谷川晋一/『東京創元社 文庫解説総目録[資料編]』巻頭言

これは一種の玉手箱

東京創元社 代表取締役 長谷川晋一 shinichi HASEGAWA

 

mokuroku.jpg  わたくしごとを少々。

 17歳の高校生のとき、生まれてはじめてお茶の水の駅に降り立ちました。そして駿河台下の、そのころも巨大であった三省堂書店の迷宮のごとき書物の森を、緊張と興奮に身をわななかせつつ徘徊したものです。やがてカラフルな背表紙がぎっしり並んだ文庫の棚の前で、仰天と驚愕の念に打たれて立ちすくみました。40年も昔のことです。

 これが、創元推理文庫との最初の出会いでした。見たことも聞いたこともない作家や作品。自分みたいな子供が手を出してもよい本なのだろうか……それは隅田川以東の、くすぶったような下町で暮らす世間知らずの初(うぶ)な少年が、海外のエンタテインメント小説に耽溺するきっかけでもありました。

 それからというもの、親からもらった昼食代をこつこつ貯めては空腹に耐えながら、学校帰りの駅前の小さな書店で1冊、また1冊と創元推理文庫を買い集める日々が続きます。本[資料編]の小社年譜を覗いてみると、創元推理文庫が既刊500点に近づいている1970年あたり。文庫の値段もだいたい200円前後だったでしょうか。

 徒(あだ)しごとはさておき。

 [資料編]をぱらぱらめくっているうち、うっかり一読者に戻ってしまい、思い出話をしてみたくなりました。そんな気にさせる本書には、タイムマシンで時空を遡行しているかのような趣(おもむき)があります。

  《世界名作推理小説体系》(1960―62)の「刊行のことば」に、「推理小説は20世紀の新しい文学であります。(中略)今や推理小説に親しむことは現代人の必須の教養とさえなりました」の文言が見えます。このいささか時代がかって挑発めいた言葉からは、当時の小社の出版に賭ける強い意気込みが伝わってきます。

 そしてその意気込みは今日もなお、国内外のミステリやSF、ファンタジー、ホラーといったジャンル小説を中核に据えて出版活動に取り組む東京創元社の、バックボーンとなって息づいているのであります。

 [資料編]には、文庫以外の全集や叢書、単行本の詳細な書誌データ、小社年譜は言うまでもなく、その時代時代における斯界(しかい)の先達による熱のこもった座談会やエッセイ、インタビューにアンケート、記事などが満載で、まさに温故知新の醍醐味、思いもかけぬ発見に満ちております。これは一種の玉手箱であり、古くからの愛読者の方はもとより新たな読者の方にも、一出版社の「人生」とも言うべき半世紀を超えるその道程の、その歴史の移り変わりの一端を汲みとっていただければ幸いです。
(2010年12月吉日)


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