ラウンジ

2018.06.27

「レイコの部屋」傑作選 vs.ワシントン真澄さん(ハイカソル編集長)前編

ミステリーズ! 75
 隔月刊でお届けしている『ミステリーズ!』に不定期連載中、編集部Fが出版業界のプロフェッショナルからいろいろ知識を授けてもらうインタビューコーナー「レイコの部屋」より、よりぬきで『Webミステリーズ!』に再掲いたします。

*************

「レイコの部屋」、今のままでいいと思いますか?
「an・an」を始めとする、2016年星座別運命判断を熟読していたところ、獅子(しし)座は激動の年で、大きな運命の変転があるとかなんとか……つまり獅子座の女・レイコが運営するこの部屋も荒波に呑まれるのは必定。
 ということで、4年も好き放題やっといてお前今更という感じですが、さらに! 役に立つ出版渡世術を目標にしていきたいと思います。そして「激動の年」という恐ろしいキーワードに対抗し、世界を相手に戦えるグローバルな視点と力を身につけるため、看板に偽りなく世界規模のお客様をお招きしました。
 現代の日本作家の小説、主にSFを英語に翻訳して販売するレーベル・ハイカソル(HAIKASORU)の編集長、ワシントン真澄(ますみ)さんにお話を伺います。
 ちなみにこのレーベル名は、P・K・ディック『高い城の男』の原題The Man in the High Castleの一部をカタカナ発音にしてローマ字で表記したものとか。
 では更生第1回「レイコの部屋」、ご堪能下さい。

レイコの部屋第18回
 vs.ワシントン真澄さん(ハイカソル編集長)前編


 ――まず外枠から伺います。ハイカソルには現在、編集者は何名いるんでしょうか?
ワシントン真澄さん(以下真)「私が編集長を務めているほか、ニック・ママタスという小説・一般書籍部門専任の編集者が1人います。ハイカソルは、漫画の翻訳出版やアニメソフトの販売、関連商品のライセンス事業を手がけるビズメディアVIZ Media(サンフランシスコにある、小学館、集英社、小学館集英社プロダクション三社の子会社)の1部門です。メインのビジネスである漫画の担当者は10人以上いますが、ハイカソルは2人しかいません。しかも二人ともハイカソルの仕事だけをしているだけでなく、その他にジブリ作品のアートブックや、『NARUTO』のノベライズの編集などもしています。また、私はビズメディアの出版制作部門の責任者をやりながらの兼任です」
 ――具体的にどういった作業から、本作りが始まるんでしょうか。
真「まず私が北米のマーケットに合致しそうな候補を複数選び、内容をニックと討議して翻訳するタイトルを決めます。その後、日本の出版社を通して著者と翻訳契約を結んで、翻訳を依頼し、そこから具体的な本作りに入ります。翻訳者への依頼以降の作業は、基本的にニックに任せています」
 ――訳稿が入ったら、編集者が読んだのちに校閲にかけると思いますが、会社に小説をチェックする校閲者はいるんですか?
真「校閲のことをアメリカではコピーエディターと呼んでいます。ビズメディアには専任部門があるので、漫画の仕事が空(あ)いている時を見計らって校閲を頼んでいます」
 ――しかし、編集側の専任者が二人でよく続きますね。翻訳事業は、翻訳権の取得や翻訳者の手配、二カ国語をチェックできる人材の確保など、国内作品の出版とは性質の違う大変さがあります。マンパワーも資金も必要になる仕事と思いますが。
真「あまり幅を広げすぎると、より人手が必要になりますが、刊行点数を絞ることで必要な手を減らせますし、現在の規模で採算が取れることを最優先に考えています。編集制作に関わるコストとリソース(人材)をおさえた出版のフローを組み立てたことが、ここまで続けられた理由ですね。
 ハイカソルの日本SF翻訳書は、2009年に刊行を始めましたが、企画自体はその2年ほど前から立てていました。もともと私は漫画の制作部門で、漫画からの派生物(アートブックやノベライズ、関連本)を作っていましたが、『鋼(はがね)の錬金術師』『NARUTO』などのノベライズを担当したことをきっかけに、もともとは小説が好きだったので、漫画やアニメに関係のない小説も翻訳刊行できないかと考えるようになりました。それで、日本のSF小説の英語翻訳部門を提案したんです。出版候補作を挙げるとともに、ブランド、マーケティングなどの企画書をまとめて社内で検討してもらい、独立したインプリント(レーベル)を立てることを承認してもらえました」
 ――日本のSF小説は、コアなファンが購入する漫画に比べ、顧客層が見えにくい気がします。社としては、収益を上げる以上にブランディングの面で、日本の小説の翻訳という事業に意味があると考えたのでしょうか。
真「2007、8年辺りはリーマンショックが起きる直前で、アメリカの経済が頂点の時期でした。2002年ごろから販売部数を増やしてきた日本の漫画出版が最大に伸びた期間でもあり、会社としてももっと色々やってみよう、可能性を広げようということで承認されました」
 ――SFを中心に刊行している理由は何でしょう。
真「SF・ファンタジーであれば、それまで中心に出してきたアニメや漫画に隣接するジャンルなので、社のブランド的に説得力がある。そして、これが意外に大きいのですが、書店チェーンにおいて、SF・ファンタジーは漫画・コミックと同じバイヤー(注・オンライン書店を含むアメリカの大手書店の本社には、文芸、ミステリ、ノンフィクションなど、ジャンルごとにバイヤーがいて、担当分野の購入タイトルと冊数を決めて各地の販売店に配本する。そのためアメリカの出版社と取次は、このバイヤーへのセールスが最大の仕事となる)が担当することが多いため、無理なく新規に始められること。そして、私自身が元々SFファンだったことが最大の理由かもしれません」
 ――スタッフも、小説の編集に特化した人が必要になりますよね。それで真澄さんのほかにもう一人実作業を担当している、ニックさんの入社が決まると。
真「ビズメディアの編集者は、基本的に漫画が好きでこの会社に入って、漫画だけを手がけてきた人たちなので、小説の編集をするのは難しいと思いました。そして、新しく来てもらう編集者には、私にできないことを全部やってもらう必要がありました。
 まず翻訳小説の編集作業ができる人。そして翻訳を検討する小説の内容を、私とクロスチェックしてくれる人です。実際私はアメリカのSFを知り尽くしているというわけではないので、私自身がすごく面白いと感じた作品でも、北米の市場で評価されるかどうか、あるいはすでに使われているアイデアではないかとか、多面的に意見を求められる人が欲しかった。また、アメリカのSFファンダムに属していて、作家やファンをよく知っている人であればなお良かった」
 ――日米双方の言語に理解があり、かつジャンルに詳しい人。それはハードルが大変高いですが、コストを抑えて運営するには不可欠な条件ということですね。
真「新しいことを立ち上げる時、難しいのはワークフローをどうするかということです。コストと収益とのバランスを考えると、できるだけ少人数で合理的に運営できることが望ましい。壮大な企画を立てて人をばんばん雇い、結局うまくいかなくて止めてしまうというのは何としても避けたいと思っていました。
 本を出すには、契約を結ぶ段階を含めれば最低3年以上、時間がかかると5年あるいは10年のスパンで考える必要がある。段取りが悪くてすぐに止めてしまうことのないよう、無理のないフローを社内に構築したという自負はありますが、これは読者や日本語版の版元や作家さんとは直接関係のない話ですね」
 ――いえいえ、翻訳書が刊行されるのは大変光栄なことですが、なにぶん距離も遠い場所で仕事が進み、エージェントが仲介してくれるとはいえ、母国語以外の言語を使ってやり取りするという大変さがあるのは事実です。そういう心細い中で、海外の版元さんがしっかりした経営のところだと、すごく安心感があります。
 ちなみに今のお話を伺って、日本で今注目されている「ひとり出版社」を思い出しました。
真「会社内にある『ひとり出版社』みたいなものです。ただ、組織内小出版社というほうが正確かも。少人数ですべてをまかなっている小出版社と違い、ハイカソルは所属している会社、ビズメディアのシステムをそのまま使えます。社内インフラやファイナンス、セールス、マーケティングなどの部門はすでにありますし、そこは大きな違いですね。コツはメインの事業のフローを妨げないよう、できることは極力自分たちでやりつつ、通常の事業の中にさりげなく組み込んでゆくこと」
 ――採用の話に戻りますが、ニックさんみたいな人が、まあ良く見つかりましたね。どうやって見つけたんでしょうか。
真「なんと一般公募です(笑)。ビズメディアはサンフランシスコにあるんですが、出版社が集まる土地柄ではなく、実は公募するにも不安がありました」
 ――それはわかる気がします(本とか読まなくても、みんな日向ぼっこして生きていけそうな感じ……)。
真「日本に喩(たと)えると、東京ではなく大阪でもなく、規模的には名古屋にあたるでしょうか。出版の中心地ではない場所で、まず応募自体があるかどうか……希望者が来ても、こちらの望む人材かどうか、やっぱり不安でした。アメリカの出版の本拠地といえばやはりニューヨークで、大手のペンギンランダムハウスとかハーパーとか、そういう社がある街は人材の幅が違います。ビズメディアの名前を見て、漫画が大好きな、いわゆるOTAKUは応募してくれるんですが、それはハイカソルの求める条件と違う。で、そこにボストン在住でClarKesworld Magazineというオンライン雑誌(レイコ注・アメリカのSFオンライン雑誌でも有数の名門雑誌。海外SF担当者I亀曰(いわ)く「『こんな作品は応募しないで』コーナーの注意書きがあまりに素晴らしい」とのこと。みんな暇なときにSubmissionのページを見てみよう)で編集者をしていたニックが応募してきたんです。彼は企業に属していた編集者ではないのですが、SFやホラーを読んで育ち、自分自身でも小説を書いている。そして漫画やアニメに特に興味があるわけでなく、日本文化にも身びいきがない、そしてアメリカの出版業界とSFシーンに精通している。その視点で忌憚(きたん)なく『面白い』『面白くない』を判断して欲しいと思ったら、そう頼むまでもなく、これがまたずばずば言う(笑)」
 ――まさに望んでいた人材(笑)。
真「あまりにも意見が違うとそれも困りますが、刊行を考えていたタイトルを20作くらいに絞ってサマリーを用意して、読んでもらって意見を聞いたら、ほぼ私が予想していたのと一致していました。落とす場合の理由も明確で――初紹介作家を短編集から始めるのはダメとか――好き嫌いに囚(とら)われない理由の説明がある。この仕事が性に合っていたのか、もう7年ほど一緒に仕事しています」
 ――ニックさん、おいくつなんですか?
真「たしか円城塔(えんじょうとう)さんと同い年だ、と話していたような」
 ――ここでアメリカの編集者の仕事ぶりについて伺ってみたく思います。日本の編集者はかなり小説の内容にコミットするというか、踏み込んだ相談を作家さんと重ねることが多いですが、アメリカではどうでしょう?
真「私は翻訳出版が主なので、そのあたりの事情には明るくないのですが」
 ――どうでしょう、突如としてこの場に現れたSF編集担当K浜さん?
K浜「作家は所属しているエージェントにまず渡して、そこで意見が入ると聞きます。だいぶ前の例だけど、P・K・ディックの場合は、戦後に有名なエージェントになったスコット・メレディス、略してスコメレに渡った後、出版社のドナルド・A・ウォルハイムが叩いていた。まあ、主に削る作業なわけですが。ただある程度作家が成功すると、エージェントは経理事務所の役割に変わって、作家はお金の話はエージェントに、作品の話は出版社側の編集者にするようになるって、そういえばJ・P・ホーガンが言ってた」
真「たしかに見聞きする範囲では、内容に踏み込んで話をする人は多いみたいですね」
K浜「Tor booKsのSFの仕事をしているフリー編集者のジム・フレンケル(注・80年代、インディーズ出版社ブルージェイ・ブックスでディック作品をトレード版で復刊していた人です)は知り合いなんだけど、ヴァーナー・ヴィンジやジャック・ウィリアムスンの作品を手がけた人で、何度も原稿をやり取りしたと言っていた」
 ――おじいちゃんには優しくしてあげないと(注・ウィリアムスンは98歳まで現役だった)……では翻訳者についてですが、小説の分野で、日本語から英語への翻訳を専業としている人はいますか?
真「専業の人はほとんどいないと思います。現在仕事してもらっている翻訳者は、技術や経済分野、ゲームなどの英日翻訳を本業とするかたわら、小説も手がける、という人が比較的多いでしょうか。エンタメ小説翻訳専業は付き合っている範囲ではいないですね。他には、大学で教えている人や、字幕翻訳を手がけている人もいます。酉島伝法(とりしまでんぽう)さんの「皆勤の徒」や田中芳樹(たなかよしき)さんの〈銀河英雄伝説〉を訳しているダニエル・ハドルストンは佐賀県在住で、中学か高校の英語の先生をしています」
 ――なるほど、アメリカ在住である必要はないですね。
真「全員、英語ネイティブの人たちですが、日本在住の人とアメリカ在住の人、半々ぐらいでしょうか。イギリスに住んでいる人もいます」
 ――そういえば、北欧の言語の翻訳者は、北欧在住の方がけっこういます。
真「翻訳者について日米で決定的に違うのは、日本の訳者はもともとSFの熱心な読者だった人がファンジンなどで翻訳を発表していくうちに、やがて職業翻訳家になるケースが多いことだと思います。アメリカではそういう人はほとんどいないですね」
K浜「ちなみに、日本でファンジン出身の翻訳者が多かったのは過去のことで、現在は翻訳学校で教わって、そのまま先生に弟子入りしてリーディングから仕事を始めることが多いです」
真「そうでしたか。エンタメ作品では、そのコースも英日翻訳では、アメリカにはないですね。欧州語など需要のもう少し高い言語の翻訳だったらあるのかも」
 ――しかし、エンタメ専門の翻訳者がほぼいない中で、現在ハイカソルでお仕事なさっている訳者さんたちとどうやって出会ったんでしょう。
真「ほとんどが同業者や友人、知人関係からの紹介です。初期のころに多数の作品を手がけてもらったアレックス・スミス(現Bento BooKs代表)は、荒川弘(あらかわひろむ)さん原作の『鋼の錬金術師』ノベライズシリーズ翻訳で一緒に仕事したのち、宮部(みやべ)みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』の翻訳をしてもらったことがきっかけです。お互いに信頼関係を築きながら、5、6人の訳者に順番にお願いする形で、丸6年続けてこられました。アレックス以外の翻訳者は、ほぼ、長編小説翻訳が初めてという人たちでしたが、いっしょに作業を繰り返す中で、経験値が飛躍的に伸び、仕事の段取りや質も向上したと思います」
 ――たとえば、コミックの日英翻訳を手がける人で、小説の翻訳にシフトする人はいないんですか?
真「漫画の仕事をメインにしていて、小説翻訳もやるという人も少数ですがいます。桜庭一樹(さくらばかずき)さんの『赤朽葉家の伝説』を訳したジョスリン・アレンがそうです。コミックの翻訳を手がける人は、小説翻訳を手がける人より飛躍的に数は増えますが、やはり小説の文章の密度と難易度から言って、簡単に移行はできない。でも、漫画は漫画で、口語のセンスなど、小説とは異なる別の素質が必要ですね。特にオノマトペの処理はテクニカルで、いきなりには訳せない。小説の翻訳は、当然ながらまず文章が書ける人でないと駄目ですね。漫画とは訳す量も違い、かなり長くて時間がかかるので、自分でスケジュール管理ができることも重要です。コミックは瞬発力で訳せてしまうところがあるので……」
 ――ちなみに、小説を訳したとき量はどうなりますか?英語から日本語に訳すと、分量はたいてい1・5倍にふくらみますから、減るのかな?
真「減りませんよ、たぶん増えます(笑)。作品によってかなり違いますが、まず減ることはないと思います」
 ――なぜでしょうね?どっちの方向でも増えるのは質量保存の法則に反している(笑)。
K浜「日本語は圧縮原語だって言われるからね、英語に訳すとなると色々補(おぎな)う必要があって、結果的に増えるんじゃないかな」
 ――圧縮言語って、具体的にどういうことですか?
K浜「もともと日本語は短い文章の方が洗練されているとされる。たとえば、不要な主語や目的語を削ったり……」
 ――「彼は言った(ヒー・セッド)」「彼女は言った(シー・セッド)」を省(はぶ)くとか。
真「英語では、確かにそういう言葉を補わなくてはいけない。センテンスが長い文章は、文を切って訳していく必要がありますし。また、日本語だと一文字で済む表現もありますが、英語では必ずしも一語に置き換えられない。おそらく複数の単語になってしまう」
K浜「たとえば、宮内悠介(みやうちゆうすけ)さんの『刹那。』で改行とか」
 ――Moment(笑)。
K浜「無理でしょう(笑)」
真「やはり作品のタイプや文体にかなり左右されますね」
K浜「眉村卓(まゆむらたく)さんの『だが。』で改行とか。格好いいけど、英語ではありえない」
『ミステリーズ!vol.75』2016年2月号より転載)

(2018年6月28日)



ミステリ・SFのウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
バックナンバー