ラウンジ

2017.06.30

「レイコの部屋」傑作選 vs.山田英春さんの巻(装丁家)

隔月刊でお届けしている『ミステリーズ!』に不定期連載中、編集部Fが出版業界のプロフェッショナルからいろいろ知識を授けてもらうインタビューコーナー「レイコの部屋」より、よりぬきで『Webミステリーズ!』に再掲いたします。
 
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 何とまだ生きていた「レイコの部屋」、今回はもうすっかり物置となった我が部屋を出てきらきらした場所へ行きました。
 ちなみに「きらきらした」は単なる形容ではありません。綺麗な石がいっぱい置いてあるので物理的にきらきらしているのです。
 というわけで、装丁家・石コレクター・壁画研究家の山田英春さんにお話を伺いました。山田さんは人文書・ノンフィクションなど、幅広い本の装丁を手がけられるほか、石のコレクターとしても大変に有名で、『巨石』(早川書房)、『不思議で美しい石の図鑑』『美しいアンティーク鉱物画の本』(創元社)などの著作もあります。
 そんなわけで復活「レイコの部屋」、人生に疲れたときに、そっとページを開いてください。

レイコの部屋 第二十一回
  vs.山田英春さん(装丁家)


 ――今回は、本にとって欠かせない「装丁」のお話を伺うため、装丁家の山田英春さんの事務所にお邪魔しました。半年も間が空くと初心に戻るもので、非常にスタンダートな滑り出しです。
山田さん(以下、山)「デザインとは何か、装丁とは何か、というような難しい質問は苦手なんですが」
 ――大丈夫です。「レイコの部屋」ではそんな高踏的なことは訊きません。
 実際に編集者がどのようにデザイナーさんとお仕事をするか、その模様をリアルタイムでお伝えするため、もともと私が山田さんにご依頼していた装丁の打ち合わせも、ここでこなしてしまおうと思います。『彼女たちはみな、若くして死んだ』という翻訳作品で、MWA犯罪実話賞受賞のジャーナリストが、若い女性が被害者となった十の犯罪に材をとって書き上げたノンフィクションです。創元推理文庫より二〇一七年六月刊行予定です。
 あ、打ち合わせの前に山田さんご自身のことをお話しいただいたほうがいいかも。まず、デザイナーになったきっかけをお教えください。
山「最初は人文・社会科学書の出版社の編集者として働いていました。一九八五年、新卒で新評論に入社しました。ここは編集作業だけでなく、装丁も一部編集者がやっていました」
 ――山田さんは、もともとデザインの勉強をされていたんでしょうか。
山「ミニコミ誌を作ったことがあったので、多少印刷の知識はありました。大学の専攻は日本史です」
 ――あれ、たしかICU(国際基督教大学)卒業でしたよね。それで日本史……?
山「ICUは教養学部ひとつだけしかありませんが、専攻で選んだ社会科学科の中でなるべく単位が……とか色々な事情が(笑)。卒論は北一輝(注・国家社会主義者。二・二六事件の思想的背景に影響を及ぼしたとして処刑された)で書きました」
 ――ダカラナンデ?
山「たまたまそのとき読んでいて面白かったというだけで書いた」
 ――指導教官がよく許してくれましたね。
山「学内でも優しいことで有名なイギリス人の先生を選んで『いいですか?』って訊いたら『イイデスヨ』って言ってくれました。その先生、明治維新の専門で、僕、一度も授業取ったことがなかったんですが」
 ――まあ、無事卒業できたと……で、新評論に入社して、編集のみならず装丁まで、ということでしたが。
山「入社の翌日にカバーの版下を引き、写植を貼る仕事をさせられて、なんだこれはと思いましたが(レイコ注・版下とは、製版のための台紙のことで、いまでは九十九パーセントフルデータで作成されているもの。手作業で作る場合は文字やイラスト・写真のアタリ、罫線やトンボなどをいちいち指定しなければなりません。説明が大変難しいのですが、一朝一夕でできる作業ではない)」
 ――入社翌日で引けちゃうんだ版下。
山「そのうち、だんだんキャラクター的に編集が合っていないというか、サンヤツ(注・三段八割広告という新聞広告の通称)をはじめけっこう自由なことができた『朝日ジャーナル』の一頁広告や、他の編集者の担当本の装丁などが、得意だというだけの理由で回ってくるうちに、こっちのほうが向いているかな、と思い始めました」
 ――入社翌日の版下作成がすべての始まりだったと。
山「その後、終電帰宅が頻繁になり、勤めて四年経った頃にはストーブに載せていたヤカンをひっくり返して足に大火傷したり、バイクで事故を起こしたり、裁判所の証言台で居眠りしたり、これはまずいということで四年目に退職を決意しました。その後、出版社の製作部の募集などを探したのですが、なかなか……」
 ――中途より、社内の配属や異動で製作に入ることのほうが多いですよね。小さい版元では編集と兼任することも珍しくない。
山「結局、前職で付き合いのあったデザイナーさんの紹介で、三人前後で回している家族経営のデザイン事務所に入って、三、四年ほど勤めました。当時はバブル最盛期で、すごくお金の掛かった企業のパンフレットや入社案内を作っていました」
 ――無意味な箔押しやエンボス加工が使われているやつですね……殺意しか湧きません(レイコ注・単行本に使う資材や加工は、凝ったことをすればするほど製作原価が高くなるので、書籍ではなかなか使えない)。
山「ただ、ここは長く勤められるような環境ではなかったので、九十年代初頭、結局三一歳で独立というか、事務所を出て妻の実家の一室で仕事を始めました。月二冊は仕事がありそうだな、というくらいのいい加減な目算で辞めてしまったのですが、先述のデザイナーさん以外にも、色々な方に声をかけてもらって、雑誌の広告デザインも含めてなんとかやっていました」
 ――その頃、もうデジタルには対応されていましたか。
山「全貯金と失業保険でMacを買いました。あの四角いQuadraで……時代を感じますね。その頃、一ギガのハードディスクが十万円でして、「ギガ」って怪獣図鑑でしか見たことない単位だなと」
 ――東京創元社で最初に仕事をお願いしたのはわたしですえっへん。藤原義也さん(レイコ注・国書刊行会OBで、現在はフリーの編集者として華麗に活躍中。国書刊行会とは日本が誇る特殊出版社。実はレイコの古巣でもある)にお願いして取り次いでいただき、グロラー『探偵ダゴベルトの功績と冒険』の装丁を依頼しました。以後、弊社ではホレーニア『両シチリア連隊』『少女地獄 夢野久作傑作集』、レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』、創元推理文庫の海野十三作品集、チェスタトンのブラウン神父シリーズ新装版などなど、大変お世話になっています。ちなみに、藤原さんとは国書時代から?
山「実は藤原さんが独立してからのお付き合いなんです。国書刊行会さんとの最初のお仕事は、たしか九九年だったかな、現在某K社に移られたSさん(レイコ注・偉大な編集者でレイコも大変お世話になりました。カンガルーの唐揚げをご馳走になった)に依頼されたハーマン・メルヴィル『ピエール』の新装版でした。この打ち合わせのときに、大好きなシュヴァンクマイエルの本がSさんの担当で国書から出ると聞き、これは導きだと思って、どうしてもやらせてほしい!と頼み込んだ(笑)。それが同年刊行の『シュヴァンクマイエルの世界』です。中のレイアウトも含めてオールDTPですね」
 ――この頃のお仕事はやはり堅い本が中心でしょうか。私は人文書を担当したことがないので、作り方がまったく思い浮かびません。
山「人文書の装丁については、本の内容を聞いて、こちらでテーマに関連した素材を探してきたり、図版を作って提案することも多いです。編集者サイドからビジュアルを積極的に提案してくれる人もいますけど」
 ――最近ではフィクションの装丁も多く手がけられていますが、文芸、とくにミステリなどのジャンル文芸は、人文書にくらべると、描き下ろしのイラストをあしらう機会も多いと思いますが、いかがでしょう。
山「仕事の仕方はかなり違いますね。もともと自分の手元にある材料でまとめていたこともあって、イラストレーターさんにお任せする分、広がりがある本作りになるというか……自分の発想では出てこなかったものが見られるので、やはり楽しいですね。
 ノンフィクションや人文書は、内容からはなれて大胆に作ることはまずないですが、小説の装丁は、想定する読者層によってけっこう飛躍した作り方ができる。創元推理文庫『少女地獄 夢野久作傑作集』などは、従来のイメージとは違う、新しい雰囲気の本になったと思います。こういう作品の可能性が広がる試みは、工夫のしがいがありますね」
 ――さて、ここで今回の主目的である、装丁打ち合わせを始めましょう。えーと、ざっくりした流れですが、まずはゲラをデザイナーさんに読んでいただいてから、編集者が企画意図や売り方を伝え、写真がいいか、イラストがいいか、イラストならどなたにお願いするか(先に編集者のほうで依頼しているケースもあります)、などなど具体的な相談に入ります。
『彼女たちはみな、若くして死んだ』はヴィクトリア朝から一九三〇年代にかけて起きた犯罪を題材とした実話集です。
山「読んでいて、そこまで古い感じはしなかったですね」
 ――なので、山田さんが手がけられた『映画の奈落』(国書刊行会)などのモノクロ写真を使った硬質な方向がいいかなあと。
 この原書自体の編集方針は、カバーの女性の描かれ方や編集部による前書きを読むと、若い女性が巻き込まれた犯罪について、下衆な興味をそそらせる意図があるとしか思えないのですが、著者のボズウェルさんは丹念に調べ、誠実に事実のみに焦点を当てて書いていて、内容自体は文芸性すら感じられるものになっているので、あまり扇情的な雰囲気にはしたくないんです。現代にでも十分読まれる価値があるということを伝えたいのと、文芸性を感じさせつつ、同時にノンフィクションらしい佇まいを出したいのですが。
山「写真ですかね。女性のビジュアルが見えたほうがいいですか?」
 ――はっきり顔は見えないほうがいいかも。
山「タイトルは『彼女たちはみな、若くして死んだ』で決まりでしょうか。インパクトのある題なので良いと思いますが」
 ――はい。なのでぜひタイトルを立てていきたいですね。一応、装画の候補になりそうな写真を何枚か持ってきました。ストックフォトサービスで作品をイメージしたキーワードで検索して見つけたものです。
山「(ぱらぱら)あ、この女性の脚と犬の組み合わせ、いいですね」
 ――わたしもそれ、気に入っています。
山「女性の脚が適度に太いのもいい。一般人っぽい」
 ――その感想は予期していなかった(笑)。
山「僕も少し写真探してみますね」
 ――お願いします。でも、こういうストックフォトで探していると、今の人類が必要とするとは思えない写真がいっぱいあって不思議な気がします。
山「僕も『一ヶ月ダウンロードし放題』みたいなサービスで、ついつい使うわけでもない写真とか落としちゃいますね。落ち葉に埋まっている髭面のおっさんの写真とか(レイコ注・本当になんでそんな写真を選んだんですか)……まあ、珍しくて面白いから取っておくんですけど、たぶんどこにも使いようがない」
 ――さて、書籍の装丁のほか、山田さんにお話を伺うなら、石のコレクションに触れないわけにはいかないでしょう。ちなみに、いつ頃から石の蒐集を始められたのですか。
山「石に目覚めたのは、同僚の奥さんに勧められた、ロジェ・カイヨワ『石が書く』(新潮社)を読んで、ものすごい衝撃を受けたからです。この本は七五年刊ですが、読んだのは八〇年代後半、二十四、五歳の頃だったかな……最初は鉱物の販売イベント(ミネラルショー)に足を運ぶ程度だったのですが、二〇〇〇年代に入り、インターネットという悪い道具を手に入れてから歯止めが……この頃仕事もすごく忙しくなって、自由な時間が無くなり、欲求不満がすべて石に……(笑)」
 ――蒐集に必要なすべての条件が揃ってしまった(笑)。
山「夜中に仕事が終わって、ちょっとネットを覗くといい塩梅に海外で取引が始まっている(笑)」
 ――でも、ネットでの取引、しかも海外だと、カジュアルに騙されそうで怖いです。
山「それはもう何回も騙されていますよ。お金振り込んだのに送ってこないとか(さる売り手による詐欺話を聞いたが、真に恐ろしいのは詐欺ではなく山田さんだったということしかここには書けない)本当に酷い奴がいるんですよ」
 ――そこまでしないと手に入らない物なのか。その熱意はどこから?
山「冷静になれない時期が一、二年続きましたね(ごくごく冷静に)。一番面白かったのはイエメンの瑪瑙の業者がアップしていた、見たことのない石がどうしても気になって。本当に小さな写真だったんですが、その頃頭がおかしくなっていたので、抑えきれずに、あんたの石が買いたいと連絡したんです」
 ――イエメン? 瑪瑙とおっしゃいましたが、どんな石なんでしょう。
山「イエメンは昔から石の取引で有名で、モカ港経由でヨーロッパに届けられた瑪瑙はモカ・ストーンと呼ばれていました。で、メールしたら、『百ドルで五キロ送るよ』という非常にsimple(超発音がいい)な返事が来たんですが、銀行からイエメンに送金しようとしたら断わられて。仕方ないから普通の封筒に百ドル入れてそのまま郵送しました」

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事務所にある石のコレクション。もちろん一部にすぎない

 ――大胆すぎる。
山「そしたらしばらくしてイエメンから荷物が送られてきたんです」
 ――ハラショー。
山「いや、その荷物がえらく小さくて、どう見積もっても五百グラムくらいしかない(笑)」
 ――じゅうぶんのいち(笑)。でも相手がイエメンにいるから追及しようがない。
山「石も写真とはまったく違うものでした。話が違うじゃないかと怒りのメールを送ったら『今はこれしかない。もう少しまとまった金を出してくれたら石を用意する』というわけのわからない返事でした。他にも、石十キロ、と注文してもバケツとか梱包材とか含めて『たしかに十キロ送った』と言い張られる。石だけで十キロと確認しているのに(笑)」

r_001.jpg  ――凄まじい攻防ですね。
山「まあ、そんなわけで石のことしか考えられない時期もありました。カイヨワの『石が書く』は名著なので、復刊されるといいなと思っています」
 ――ここまで人生を捧げた人を見ると、名著であっても復刊することに道義的責任が発生しそうな気がしてためらわれる(笑)。
 せっかくなので事務所に飾られている石のコレクション、撮影していいですか。あの仮面、(上段写真)弊社翻訳ミステリ担当のS嬢(レイコ注・ミネット・ウォルターズやフェルディナント・フォン・シーラッハの本を作っている優秀な編集者。お父さんが不思議な仮面を蒐集している)がここにお邪魔したとき『うちにもある!』と驚いていた仮面でしたっけ?
山「それはパプアニューギニアの仮面じゃないかな。Sさんのお父さんは神棚にしてると聞きましたが、博物館とかにあってもおかしくないはずのものです。ここにあるのはアフリカの仮面ですね」
 ――アフリカで買われたんですか?
山「(落ち着いた表情で)通販で買いました」
 ――(笑)あ、この石はジーン・ウルフ『ピース』(国書刊行会)の装丁に使われたものですね?
山「いえ、それはこの石です(ごそごそ)」

r_004.jpg  ――綺麗ですね。これはシダの葉っぱかなんかが入っているのでしょうか。
山「一見葉っぱに見えますが、マンガンが樹枝状に結晶化したものですね」
 ――ラベルが同封されている。デンドリティック・アゲート、インド・ウッタルブラデーシュ産とありますね。
山「『ピース』のカバーには、卵の形の中に、この模様をはめ込みました」
 ――こうして見ていると、追い続けたくなる気持ちがちょっとわかるかも。あ、その石は何ですか?
山「これはバリッシャー石といって、ユタ州で採掘されたものです」
 ――青い脳みそみたい。
山「有機的ですよね」

r_002.jpg
異星人の脳みそといわれたら信じますね、この石。

 ――綺麗というより、宇宙の不思議な生き物を見ている感じですね。風景のように見える模様の瑪瑙とか、地球の自然が作りだしたのではなく、別の惑星のものと言われたほうが納得できる。
山「この石そのものは最近購入したものですが、『石が書く』で触れられていて欲しくなった石で、すべてのきっかけと言えるかもしれません」
 ――まさに始まりの石。カラーでお見せできないのが残念ですが、皆さん悪の道具インターネットで検索してみてください。今日は有り難うございました。
 あと『彼女たちはみな、若くして死んだ』も無事に発売されましたら、ぜひ手にお取りください。

 東京創元社編集部は今日も花盛り。おまけの編集部日記です。

 本文にも出てきたS嬢のパッパは、飼っていたフェレットを撫で回しながらずっと「猫になーれ、猫になーれ」と呟いていたという。ただものではない。

 東京創元社の校閲部出身、その酒豪ぶりから「日本酒のファンタジスタ」の異名をとるスーパー校正者Tさん(むかーし二〇一三年九月号「本の雑誌」にTさんとの思い出を「校閲様が見てる」というふざけた題で書かせていただきましたが、ほぼノンフィクションです)。久生十蘭『魔都』の校訂について担当の若者・F木をだいぶ絞り抜いたようで、その修羅場はさながら現代の『フルメタル・ジャケット』、まさに校正者ブートキャンプとして編集部にも伝わっていた。F木は心なしか精悍な面持ちになって帰ってきた気がするが、やつれていただけかもしれない。
 ちなみに『魔都』の装丁も山田英春さんです。

山田英春さんのことがもっと知りたい方はこちら!
http://lithos-graphics.com/design/(書籍の装丁)
http://www.lithos-graphics.com(石の蒐集その他)
http://d.hatena.ne.jp/lithos/(ブログ)
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『ミステリーズ!vol.82』2017年4月号より転載)


(2017年6月30日)




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